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女性が奮闘する物語

箱入り男爵令嬢ですが、それが何か問題ですか?

作者: 悠木 源基

互いに想い合い、助け合う婚約者同士が、理不尽な婚約解消を求められ、苛めを受ける。しかも男爵令嬢は悪役令嬢の汚名まで着せられる。しかし、当然彼女は納得が出来ない。何故私が悪役令嬢? 誰にも嫉妬も苛めもしていのに。むしろヒロイン? いや、それも違う!


「君も、もうそろそろもっと広い世界を見るべきだと思う」

 

 月に一度の訪問の際に、婚約者のショーン様が突然こうおっしゃった。

 

「トーミリエ、君が世界一優秀な家庭教師の元で学んでいる事は知っているよ。既に君の知識量は計り知れないものがあるという事も。そして今更王都の学園に入っても学問的には得るものが少ないだろうという事もね。しかし、本以外の生きた知恵も必要だとは思わないか?」

 

 彼は少し、いや大分言い辛そうにこう言葉を続けた。

 

「ほら、諺にもあるだろう? 『井戸の中の(かわず)大海を知らず』って」

 

 つまり、私が自分の領地から一歩も出た事がないから、視野が狭いとおっしゃりたいのですね?

 ですが、我がロックアップ男爵家の領地は王国一広いのですよ。独立してもおかしくないくらいに。もちろんご存知でしょうが。

 

 我が領土は海あり山あり、谷あり、湖、沼、大河、平野と自然に恵まれ、林業、農業、漁業、それに伴う工業が盛んです。

 金銀銅鉄などの鉱山、あっ、ダイヤモンドやルビーなど、地下資源も豊富です。

 温泉や美しい景観の観光地にも恵まれています。それ故に国内外からいらっしゃるお客様とも交流をさせて頂いて、情報は学園で学ぶものよりも最新で、それこそ生きた学問をしていると思うのですが・・・

 

 ほら、先程の井戸の諺には、『・・・されど空の青さを知る』という続きがあるじゃないですか。

 限られた場所にいるからこそ、深い所までわかるものだと。

 

 私はわざわざ王都まで出かけて行って、学園に入りたいとは思っていません。去年学園を卒業した姉と在学中の妹から話を聞く限り、この私にはあまり役に立つとは思えませんので。

 

 しかし、大切な婚約者にこう言われてしまえば、私は学園に編入しなければならないでしょう。

 

「また君と一緒に勉強がしたいんだ。せめて卒業までの一年くらい君と学園生活を送りたい。そして卒業パーティーで愛する君とダンスを踊りたいんだ」

 

 だなんて。

 

 

 しかし、婚約者が強引に私を誘った真意はそんな甘いものじゃなかったと、王都の王立学園に編入してすぐにわかりました。まあ、多少予想はしていたのですが。

 

 私が学園に編入して以来、婚約者のショーン様はずっと私の側から離れようとはしません。レストルー厶以外はずっと一緒。しかし、それは私を守る為などではありません。その証拠に寮に戻る時は、私の方がショーン様を男子寮へ送ってから女子寮へ戻るのですから。

 

「まあ。そんなにショーン様にぴったりとくっついているなんて、淑女としてみっともないですわよ」

 

「いくらショーン様を取られるのが心配だからって。伯爵家と男爵家では身分の差がありますものね」

 

「おうちの方が大変なら、わざわざ王都へ出ていらっしゃらないで、田舎の方でお待ちになればよかったのに。何故あと一年お待ちになれなかったのですか?」

 

 私は女子寮に戻ってくる度に、サロンで女子の集団に囲まれます。

 

 何故この王都に私が来たのかと言えば、婚約者に懇願されたからです。そう、あなたがたから逃れて勉強をしたいと・・・

 

 私は幼い頃から護身術を習っていて、なかなかの腕前だと自負しています。しかし、それで婚約者からボディーガードを頼まれたというわけではありません。ショーン様も武闘大会で優勝するくらいお強い方ですから。

 

 それにそもそも、私が体術、剣術、槍術、そして吹矢まで嗜んでいる事など婚約者はご存知ないですしね。

 実は姉がまだ幼い頃、身代金目的で誘拐されかかった事があって、それ以後我が家の二ダース程いる兄弟達は、皆護身術を習わされたのです。護衛だけでは身を守り切れないと。

 

 兄弟が二ダースいると言いましたが、両親から生まれたのは姉と私と妹、そして年の離れた弟だけです。他の二十人の兄弟達はまあ、正式には実の兄弟ではありません。精神的には本当の兄弟だと思っていますが。

 先の戦争で夫を亡くし、子供を抱えて生活に貧窮している寡婦となられた方々を、父が領土のポイントとなる地の責任者として配置して、仕事を任せたのです。

 そして父は、片親でも差別されないように、その子供達の後ろ盾になっているだけです。

 世間では(いや母親までも)、領土全体にハーレムを形成していると勘違いしているようですが。

 私は彼女達の間を巡って領土内の情報を収集し、そして必要な情報を適切に広める係をしていました。まあ、父の補佐役的なポジションですね。

 

 そんなロックアップ領の重要ポストにいる私を攫って借金苦の領土に連れて行くのですから、ショーン様はそれはそれは必死に勉学や武道に励んでいらっしゃいます。(ショーン様の家は伯爵家ですが極貧です)

 その結果、学園に入学してからずっと首位をとり続けていらっしゃるようです。(まあ、ショーン様なら当然ですが)

 その上ショーン様は黒髪に濃いエメラルドグリーンの瞳をした、いわゆるイケメンなんだそうです。確かに整ったお顔で私は大好きなのですが、美醜には拘らないたちですので、もしショーン様が鬼瓦のような顔をなさっていたとしても、私は好きになったとは思いますが。

 

 まあ、私の好みはともかく、ショーン様はとにかくおもてになるのです。授業を受けている時以外はご令嬢達に付き纏われ、声をかけられ、手紙を渡され、デートに誘われ、黄色い声をあげられ・・・

 彼が悪いわけではないのに、図書館や食堂も出入り禁止になってしまったそうです。それで先生方に何度も注意をしてもらったそうですが、事態は一向に収まらなかったようです。

 

 その上男子生徒からは妬まれて友人もできないし、なかなか相談する相手もいなかったので、かなり辛かったそうです。そしてそんな彼に友人ができるきっかけとなったのが、なんと私の存在だったそうです。

 

 いつまでたっても纏わりつくご令嬢達に、入学してから三年目のある日、ショーン様はとうとう我慢ができなくなって、皆様方にこうおっしゃったそうです。

 

「もういい加減僕に付き纏うのはやめてください。僕には婚約者がいるので、婚約者以外の女性と交際するつもりはありません。

 そもそも婚約者に相応しい人間になるためにこの学園に来たのです。ですから、お願いですからもう勉強の邪魔をしないでください」

 

 もう学園中大騒ぎになって、ご令嬢達の態度は変わるどころか、余計に騒々しくなってしまったようです。

 ただ、婚約者や好きなご令嬢を奪われる心配がなくなった男子生徒の方は、急に態度を軟化させ、その結果ようやく友人が出来るようになったのだそうですが。

 特にバッハーマ侯爵家のご次男のヒルマン様とはすっかり意気投合したそうで、彼と行動を共にする事で、再び食堂や図書館も使用できるようになったんだそうです。

 まあ、そうは言っても当然ながら、年がら年中友人にくっついているわけにもいかなかったので、まだまだ大変だったらしいのです。

 

 ショーン様は早めに婚約者がいる事を公表したかったらしいのですが、私の名前が調べられたら当時在籍していた姉にまで迷惑がかかると思って言えずにいたそうです。

 そして結局はその心配の通りになったようです。

 

「とにかく凄かったわよ。大勢の女生徒に何重にも囲まれて。ショーン様の婚約者は私ではなくて妹だと説明しても、そんな事一切関係なし。

 妹さんってどんな人なんですかって根掘り葉掘り聞こうとしてくるし。それを知ってどうするの?って思ったわ。一億ペンドうちに支払えるっていうのかしらね?」

 

 以前、夏休みになって学園から戻ってきた姉がそう言っていました。生々しいからお金の話はやめて!

 そう。何故私とショーン様が婚約したのかと言えば、そもそも隣の領地の主であるショーン様の父親イイラント伯爵様が、我がロックアップ男爵家に資金援助を依頼しに来られたのがきっかけだったのです。

 

 六年前にこの国では大きな災害が続けざまに起こりました。度重なる大雨、洪水、崖崩れ、大風、それらに伴う農産物の不作・・・

 

 ただでさえ、その数年前にようやく戦争が終了したばかりで、国中が疲弊していたというのに。

 特にショーン様のイイラント領は山国で、被害が思いの外大きかったのです。しかも元々主産業が林業と養蚕業と畜産業くらいで、大した産業もなく、貧しい領地だったので、領土を復興するための備蓄金がなかったらしいのです。その上借金したくてもどこも貸してはくれなかったのだそうです。

 

 イイラント伯爵様は領民を守るために領土を国へ返還しようなさったそうですが、

 

「そんな不良債権などいらん。自分達でどうにかしろ」

 

 と言い捨てられたそうです。

 その時伯爵様は国王から、どうとでも好きにして構わない、という言質をとりつけたそうです。ですからついでに、後で言いがかりをつけられないようにと一筆書いて頂いて、それを持って私の父、ロックアップ男爵の元にやって来たのです。そして頭を下げられたのです。どうか自分の領地領民をロックアップ領に併合してもらえないだろうかと。

 

「不良債権を私に押し付けて自分達だけ逃げ出したいという事ですか?」

 

「とんでもないです。できましたら私達家族も一領民として働かせて頂きたいと思っています。貧しい土地とは言え、先祖代々守ってきた土地を捨てて逃げ出すような真似だけは決していたしません」

 

 そしてイイラント伯爵様の確固たる決意を聞いた父ロックアップ男爵は、併合するのではなく復興のための融資を申し出たのです。そして資金回収のためだと言って、再建案まで提供しました。

 この事にイイラント伯爵様及び領民達は、ロックアップ男爵である父に深く感謝しているそうです。口にこそ出しはしませんが、領民の方々は領主様の次に、私の父に永遠の忠誠を誓っているそうです。国王陛下ではなく・・・

 

 この時、ショーン様は私同様まだ十歳にもなっていませんでしたが、私の父に向かってこう言いました。

 

「融資して頂いたお金がもし父の代でお返しできなくても、必ず僕がお返しできるように頑張ります」

 

 と。

 

 実のところ、父は親の負の遺産を子供にまで引き継がせようとは思っていなかったようです。しかし、彼の心意気に感心し、見所があると思ったようで、借金返済はともかく彼を育ててみたいと考えたらしく、こうショーン様に提案しました。

 

「借金を返そうと思うなら、ひとかどの人物にならねば無理であろう。いずれは王都にある王立学園に入るとして、その前に優秀な教師陣から学ぶ必要がある。

 我が領土にある初等学園は国内外から優れた教師を招致している。この地に留まって学ぶ気はないかね?」

 

 学問好きで好奇心旺盛なショーン様はこの申し出にすぐに飛び付いたのです。そしてショーン様はロックアップ男爵家の客人となり、私達姉妹と学園へ通う事になったのでした。

 

 三姉妹のうちで私がショーン様と一番仲が良くなりました。同い年だったし、本や勉強や実験好きなところが似ていたからでしょうか。

 私は自分の領地の事をショーン様にも好きになって欲しくて、ロックアップ領の話を色々と語り、ショーン様も大好きな故郷の話を私にしてくれました。

 私は少々事情があって領地から出られませんでしたが、いつかイイラント領へ行ってみたいわ、とショーン様に言うと、彼は私の両手を取ってこう言いました。

 

「まだ僕の故郷は貧しいけれど、出来るだけ早く復興させて、いずれは豊かな領地にしたいと思っているんだ。トーミリエ、手伝ってくれないか?」

 

「もちろん手伝うわ。友達じゃないの」

 

 私がこう答えると、ショーン様は首を横に振りました。そして顔を赤らめてこう言ったのです。

 

「ただの友達じゃなくて、僕のお嫁さんとしてイイラント領に嫁いで来て欲しいんだ。借金まみれの貧乏伯爵家の息子が、豊かな領地のご令嬢をお嫁さんに欲しいなんて、図々しいという事はわかっているんだ。でも、僕、トーミリエとならどんな困難でも乗り越えて幸せになれると思うんだ。だって、僕はトーミリエが大好きで、ずっと一緒にいたいんだもの」

 

 そう。まあ、こんな感じで十一歳の時にプロポーズをされ、私達はショーン様が王都の学園に入る直前の十三歳の時に婚約しました。

 私の父からその話が持ち上がった時、イイラント伯爵夫妻はびっくりして飛んで来ました。そして父に向かって米つきバッタのような勢いで何度も頭を下げていました。何故でしょう?

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 しかしショーン様が言った通り、私はやはり箱入り娘で世間に疎かったんでしょうね。王都がこんなに治安が悪い場所だとは思いもしませんでした。そして学園内で平気で人の物を盗む人がいるなんて考えもしませんでしたよ。しかも高位貴族のご令嬢が。

 転入そうそう私は胸元の白フクロウをデザインしたブローチを、華美すぎると言われて取り上げられました。

 その日の私は、上質だけれどシンプルなデザインのワンピース姿で、飾りはそのブローチだけだったので、取り上げた侯爵家のナタリア様の方が、私の何十倍も派手でしたのに。

 

 それに都会では情報が歪んで伝わるようです。それは情報に人の悪意が加わるせいなのでしょうか? そのせいで私は王都の王立学園に編入した途端、悪役令嬢の烙印を押されてしまいました。

 それにしても、高等教育を受けていらっしゃるというのに、何故皆さん揃いも揃ってこうも理解力や読解力がないのでしょうか?

 

 当初私は悪役令嬢の意味が判らなかったので妹のヒラリーにどういう意味なのかと尋ねると、彼女から数冊の恋愛小説本を手渡されました。私はそれを三十分ほどで全て読破した後、頭を捻りました。

 

 悪役令嬢というのは婚約者に纏わりつく、自分よりも爵位の低いヒロインに嫉妬した挙げ句に色々な苛めをするそうです。そしてその結果、卒業パーティーなどでその罪を断罪されて婚約破棄され、追放とか、修道院送りとか、投獄されるそうです。

 

(つまらないあんな苛めをしたくらいで罪が重過ぎません? その程度の苛めや嫌がらせなら、この学園の半数の女子生徒が毎日していますよね)

 

 ヒロインとは大概が平民育ちの男爵令嬢で何故かピンクの髪の毛が多いようです。美人というよりかわいい系で甘え上手で、健気で人の庇護欲を誘う。貴族らしくない考えを持っているところが新鮮に映るらしく、多くの男子学生にもてますが、女子の友人はいないそうです。

 

(う〜ん。非常識な女の子が好きなのなら、そんな子は他にも沢山いるでしょうに、何故そのヒロインだけもてるのかしら? ヒロインが魅了という魔力持ちだったという設定の話もあったから、それならまだ理解できるのだけれど。

 

 それにヒロインと両思いだという婚約者だけならまだ理解出来るけど、取り巻き連中まで一緒に悪役令嬢を断罪するのは理解出来ないわ。そんな事をして彼らに何の得があるのでしょう? 男同士の友情か、誤った正義感なのか。結局彼らも婚約破棄され、廃嫡されたり騎士団へ強制連行されるし)

 

 本を読んでも私は全く納得ができませんでした。何故私が悪役令嬢なのでしょうか。

 確かに私はショーン様の婚約者ですが、高位貴族の令嬢ではありません。たかだか男爵令嬢なんですから、間違っても高位貴族の方なんか苛めたりしませんよ。

 故に人前で断罪される理由がありません。

 

 それに私はピンクブロンドの髪をしています。これって、むしろヒロインポジションではないのですかね? 途中で編入してきたわけですし。しかし、私は婚約者のショーン様だけを愛しているので、人の婚約者を奪おうとするわけがありません。故に当然ザマァされる謂れもありません。

 

 ザマァされるのはむしろ、私という婚約者がいるのがわかっているのに、ショーン様に纏わりついて勉強の邪魔をしたり、私にいちゃもんをつけたり、嫌がらせをしている高位貴族のご令嬢達の方ではないのでしょうか。

 

 学園に編入してからこの半年の間に、私がどのような嫌がらせを受けてきたのか、正直全てを覚えているわけではありません。ですが嫌な事をされた日は、嫌がらせをした人の名前や事柄をその都度ノートに書き入れています。

 つまり、記憶力が人並み以上だと自負している私ですら覚えていられないほど、私は毎日のように嫌がらせを受けているのです。まあ、その内容は小説に書かれてあるようなつまらない事ばかりで、大抵は避けられていますけれど。

 

 私が信じられないのは、その嫌がらせのほとんどがショーン様と一緒にいるところで行われる事です。まあ、私達が滅多に離れないから仕方がないのでしょうが。

 寮の方ならいくらでも嫌がらせを出来ると思われるかもしれませんが、寮には侍女もいますから、却ってやりにくいのですよ。

 だからといって、目の前で自分の婚約者に嫌がらせをするような女性に好感を持つ男性って、そうそういらっしゃらないのではないかしら。まあ自分の事って案外わからないものですよね。恐らく私も。

 

 しかし、今日、私を寮のサロンで取り囲んでいらっしゃるご令嬢の皆様はいつもと違い、目が爛々と輝いています。そしてまるで鬼の首でもとったかのような勢いで私に迫ってきます。

 どうやら私とショーン様の婚約に至った経緯を知ったらしいのです。いくらなんでも情報を入手するのが遅すぎます。私が編入してからもう半年は経ちますわよ。侯爵家とか伯爵家でこのレベル、この体たらくで、この国は本当に大丈夫なのでしょうか? ショーン様の婚約者がロックアップ家だとわかった時点ですぐにでもわかりそうなものなのに。

 

「お金の力で伯爵家の嫡男と婚約しようなんて、なんて卑しいのでしょう」

 

(身分だけではご自分と領民を守れませんのよ。お金は大事です)

 

「さすがは成り上がりの男爵家ですわね。恥という言葉をご存知ないようですわね」

  

(成り上がりですか。我が家が成り上がりなら、貴女方はなんなのでしょうかね)

 

「イイラント領の発展が目覚ましい事に目をつけてお金を融資するなんて、なんて嫌らしいのでしょう」

 

(いや、我が家の支援協力があったから急激に発展しているのですが)

 

「将来有望なショーン様に貴女のような田舎の令嬢は似合いませんわ。なんですの、その流行遅れの質素な服装は!」

 

(田舎の令嬢…まあ、それには反論できませんわね。ただしそれを言うなら、ショーン様の方がもっと田舎の令息ですが。

 皆様は山の中でもお暮らしになれますかね? 私も行った事はないのですが、ロックアップ領のオークッジという山間部の町へ行った時、ショーン様が故郷によく似ているとおっしゃっていましたから、相当な田舎、いや山の中だと思います。そんなところで、今の皆様のようなきらびやかな装いをなさっていても浮くだけだと思いますが。ドレスの裾も泥道で汚れますし)

 

「貴女くらいの平凡顔の令嬢がショーン様に本当に釣り合うと思っていらっしゃいますの? 自ら身を引こうとは思いませんの?」

 

(思いませんね。自分の容姿に自信があるというわけではありませんが、好みは人それぞれですから、他人からあれこれ言われても困ります。ショーン様の好みが私なら仕方がないじゃないですか)

 

 私が心の中で色々とツッコミながらも、表面上令嬢らしく澄ました顔で黙っていると、私の正面に立っていらしたソーナット侯爵家のナタリア様が、こう言いました。

 来週の期末テストの後で星祭りの夜会が催されるので、その時に皆様の前でショーン様との婚約を解消しなさいと。

 意味がわかりません。

 私が小首をかしげると、人巻きの外側にいらしたホフスト伯爵家のイボンヌ様が小さいけれどはっきりした口調でこうおっしゃいました。

 

「婚約解消だなんて、関係のない方が口を挟む事ではありませんわ」

 

「関係ないですって。私達は同級生ですわ」

 

「同級生っていっても、クラスメートでも友人でもないじゃないですか。それにたとえもし本当に友人だったとしても、他所の家の婚姻関係に口を出す権利はありませんわ。

 それではもし私が貴女に婚約者と別れなさいと言ったら、貴女はお別れになるのですか?」

 

 イボンヌ様はその場にいた子爵令嬢に向かってこう言いました。すると彼女はブルブルと頭を左右に振りました。子爵令嬢は自分より爵位の低い私には理不尽な事を平気で言えても、自分よりも爵位が上のイボンヌ様には何も言えないご様子です。

 

「貴女、最近ずいぶんと偉そうじゃないの? ずっと私に苛められてきたくせに」

 

 苛めているって自分で言ってしまいましたよ、侯爵令嬢。いいんですかねぇ。確か貴女のお父上は文科大臣で、我が国の教育機関等には一切苛めなどないと、毎年国王陛下に報告なさっていましたよね。

 しかしイボンヌ様がずっと苛められてきたという事は、五年間ずっと大臣は嘘の報告をなさっていたという事になるのですが。

 

 私が編入してきたばかりの頃、たまたまイボンヌ様が苛められているところに遭遇してお助けしてから、私達は友人となりました。

 イボンヌ様はおとなしい性格の優しい方ですので、侯爵令嬢のナタリア様に言い返す事ができず、苛めの対象にされてしまったようです。

 しかし彼女と少し接しただけで、彼女が頭脳明晰だという事はわかりましたので、彼女にこうアドバイスしました。

 

「おとなしく黙っていると相手は図に乗り、エスカレートします。ですから冷静に理論的に言い返してください。相手に理解されなくても構わないので。むしろわからないくらいの方がいいのです。人間って、自分が理解出来ない事を言われると不安になって怖くなりますからね」

 

 まぁ私が大人しくしているのは、単にタイミングを計っているだけです。ショーン様を邪魔する方々に一斉に静かになってもらうために。


 そして、最近ではイボンヌ様はもう苛められてはいません。むしろ今までの事を侘びて、友人になって欲しいと言ってくる人達が増えていらっしゃいます。そしてその方達は漏れなく私とも友人になって下さいました。ナタリア様側の情報を教えて下さるので、とてもありがたいです。

 

 もちろん私に近づいてくる方々の中には私の家の事を知っていて、卒業した後の繋がりを期待しておられる方もいるのでしょうが、貴族や商売をなさっている家の方なら当然です。親御さんもその為にわざわざ高い学費を支払ってまで、知的レベルのそれ程高くないこの学園に子供を入学させているのでしょうから。

 むしろ私や妹にわざわざ敵対してくる方々の気がしれません。彼らは学生なのに自国の歴史を学ばないのでしょうか? 新聞の経済面や社会面をご覧にならないのでしょうか?

 

 そして例の侯爵家令嬢だけでなく、公爵家のご子息まで彼女達と同レベルだった事に私は驚きを隠せませんでした。

 

 期末テストが終了し、前期後期の中休みに入る前夜、学園の講堂で『星祭りパーティー』が開かれました。

 

 ソーナット侯爵家のナタリア様をエスコートされたトッティ公爵家のご令息オスカー様が、私と妹とイボンヌ様が会談をしているところにやって来てました。そしてこんな失礼な事を言い出しました。

 

「婚約者がいるのにエスコートしてもらえないなんて、君がショーンの名目上の婚約者って噂は本当なんだね」

 

「ねっ、私の言った通りでしょ」

 

「ねぇ、君さ、ショーンをナタリアに譲ってくれないかい?」

 

「何をおっしゃっているんですか? ナタリア様は貴方の婚約者でしょう?」

 

 私が呆れてこう尋ねると、オスカー様はキラキラした微笑みを浮かべてこう言ったのです。

 

「僕達は生まれながらの婚約者同士で、幼馴染みとしての情は持っているのだが、お互いに異性としての好みが違うんだ。だから前々から婚約解消をしたいと思っていたのだが、片方に非がある別れ方は両家にとって不味いだろう。だから、僕だけではなくナタリアにも新しい婚約者が必要なんだ。ショーンなら将来を嘱望されているし、領地経営も右肩上がりだというし、申し分ないと思うのだよ」

 

 と。彼の目線の先には、とある子爵令嬢の姿があります。オスカー様と噂があるご令嬢ですね。

 

「ご自分の幸せのためなら、幸せなカップルを壊しても構わないという事ですか?」

 

 イボンヌ様がこう尋ねると、ナタリア様は意外だわという表情をなさった。

 

「幸せなカップルですって! 私達同様にただの政略結婚のための婚約なのでしょう? ロックアップ男爵家がご用立てたという融資は、わが侯爵家でご返済させて頂きますわ」

 

 ナタリアの言葉に妹のヒラリーが眉毛を釣り上げました。

 

「一億ペンド、いえ、残高七千万ペンドをうちに支払うとおっしゃるのですか? 父は領民に迷惑をかけられないからといってポケットマネーでご融資しましたが、ソーナット侯爵様もポケットマネーでうちに返済出来るのですか?」

 

「七千万ペンド? ポケットマネー?」

 

 ナタリア様が真っ青になりました。

 

「もし支払って頂けるとしたら、それはそれで問題ですよね。脱税疑惑が浮かび上がる案件ですものね」

 

 と私も言ってやりました。

 

「君達の家って一体・・・」

 

 オスカー様もナタリア様同様に顔が青く変化しました。すると、オスカー様の後方からヒルマン様が顔をひょっこり出して、ニヤニヤ笑いながら言いました。

 

「君も公爵家の後継者なんだから、歴史くらいもっと勉強しろって、昔から俺があんなに忠告してやったのに、無駄だったなぁ」

 

 ヒルマン様はバッハーマ侯爵家のご次男でショーン様の親友ですが、オスカー様の幼馴染みでもあるようですね。

 

「お前、この国がとある三兄弟によって建国されたって事は知ってるよな。だから王家の紋章である白フクロウは三兄弟の末裔の家しか使用できないって。

 そのうちの一つの家はもう既に断絶しているから、今の王家と対等な存在といえば残りのもう一つの家しかないんだが・・・

 そう言えばこの前、ナタリア嬢が白フクロウを用いたブローチを身に着けているのを見たんだけど、あれはどうしたの?」

 

 ヒルマン様の話を聞いてオスカー様はさらに顔を青くしました。いや、彼だけではなく、ナタリア様も、そして彼女のいつもの取り巻き令嬢達も。

 

「まさか… だってたかが男爵家じゃないか」

 

「ロックアップ家は爵位や特権や称号に重きを置いていないのです。爵位などはいらないと思っているくらいですわ。しかし我が家の独立を恐れている王家から代々お願いされて、仕方なく爵位を継いでいるだけです。

 我が家は王都にタウンハウスを所有していないので、我が家を見下す貴族の方もいらっしゃるようですが、参加できないのではなくて、参加しなくても構わないと王家から承認されているからなんですよ。社交がしたければ相手の方をご招待すれば済む事ですからね」

 

 私がこう言うと、妹のヒラリーも言葉を続けました。

 

「トーミリエお姉様が今まで王立学園に来なかったのは、兄弟が多くて金銭的に苦しいからだとか、姉が引きこもりだったからという噂があるようですが、姉はここへ来る必要性がなかったから入学しなかっただけです。

 姉はとうの昔に学園で学ぶ内容なんて修了していて、父の代理でロックアップ領内を駆け巡って仕事をしていたのですから。

 今年になって編入して来たのは、このままではご令嬢達に邪魔をされて思うように勉強ができない。助けて欲しいとショーン様に頼まれたからですわ。ショーン様は、王立学園でしかできない研究をなさっていますから。

 一番上の姉は料理や嗜好品、私はファッションの勉強をするついでに王立学園に入学しましたが、ここで学ぶレベルは我が領土の初等学園並でしたわ。

 そうそう、オスカー様はお父様が財務大臣をなさっているのに、我がロックアップ領が納める税金が、国庫の三分の一を占めている事をご存知ないのですか?」

 

 妹の嘲るような笑みを見て、オスカー様、ナタリア様だけでなく、私や妹を今まで見下したり、嫌がらせをしてきた者達は真っ青になりましたよ。

 

 講堂の中はシーンとなりました。すると、ヒルマン様がいつもように飄々とこう口を開かれました。

 

「トーミリエ嬢、ショーンからの伝言だよ。『ついに成功した! ようやく君に捧げるピンクゴールド色の繭ができた!』だってさ」

 

「それは本当ですか、ヒルマン様!」

 

「ああ。本当だ」

 

 家庭教師からすばらしいと評価を受けているカーテシーを皆様に披露した後、私は急いで講堂を出て養蚕研究所へ向かいました。 

 

 二年前に、ショーン様はモスグリーン色の繭玉を生み出しました。そしてその繭玉から作られた絹糸で織られた絹生地(シルク)は、淡いモスグリーン色に光り輝いていて、染色したものとは比べようもないほど美しい生地に仕上がりました。

 それは昔、私が発した何気ない一言から、ショーン様が思い付いて研究を始めたものです。

 

「最初から繭玉に色が付いていたら、染色する手間が省けるのにね。桑の葉っぱは緑色なんだから、緑色の繭玉になればいいのになぁ」

 

 って。女の子なのにロマンの欠片もない言葉ですよね。でも、ショーン様はそれにヒントを得たそうです。お役に立てたのなら嬉しいです。

 

 そしてその絹生地の評判はあっと言う間に国内外を席巻したのです。まあ、私がいつものように領土内にふれ回り、外国のお客様にせっせと売り込んだ成果も多少はあるかもしれません。

 国の内外から注文が殺到した事で、イイラント領は大分活気が戻ってきたようです。もちろん縫製工場のある我がロックアップ領もその恩恵を受ける事ができました。

 そしてショーン様はその成功に驕ることなく、さらなる研究の準備をしながら、私にこうおっしゃったのです。

 

「次はピンクゴールド色の繭玉を生み出して、その絹糸で織った絹生地でトーミリエのウェディングドレスを作ろう。世界一美しい君の為のドレスを…」

 


 私はこの学園に入学して既に半年経ちましたが、いつもショーン様に用事がある所だけを連れ回されているので、学園内をまだよくわかってません。しかし養蚕研究所ならこんな暗闇でも迷わずに行けると思います。だって愛する婚約者と毎日二人で通った場所ですもの。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 そして今日は早くも王立学園の卒業式です。私はショーン様に続く次席として卒業しました。

 たったー年でしたが、箱庭から出てきて良かったと思います。愛する婚約者のショーン様の側にずっと居られて、彼の素晴らしさを再確認出来ましたし、イボンヌ様やヒルマン様のような一生の友にも出逢えましたから。

 

 卒業パーティーで、私はモスグリーン色の美しい光沢のあるドレスを着て、ショーン様と踊りました。

 

「今日まで助けてくれてありがとう。僕は君には助けてもらってばかりだな。

 ピンクゴールドのウェディングドレスが出来上がったらすぐに結婚式になるけれど、これからもずっと僕を助けてください。そして今度は僕にも全力で君を助けさせて下さい。お願いします」

 

「うふっ、なんだか変なお願いですね。でも、これからは本当に全力で私を助けてくださいね。箱入り娘が初めて箱庭から出ていくようなものなので、やはり少し不安ですから」

 

「まあ正直君なら心配は要らないとは思うけどね。なにせ同じ箱庭でも君のところと比べたら、うちの領土なんてせいぜいマッチ箱みたいなものだからね」

 

 ショーンはそう笑いながら、私の身体を大きくクルッと回した後で、思い切り私を抱きしめたのでした。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 王立学園の卒業式には、ナタリア様とその婚約者のオスカー様、そしてお二人の取り巻きの方々は参加されていませんでした。

 

 あの方々は半年前に再教育が必要だと陛下に認定されて、世界中の貴族のご子息ご令嬢を厳しく教育し直すという事で有名な、隣国の山の中にある学園へ転校されましたから。

 例のお二人と子爵令嬢の婚約がその後どうなったのかは存じません。興味がございませんので。

 

 そして文科大臣のソーナット侯爵様が、ご嫡男の方に爵位を譲られて引退なさいました。新しい大臣が就任されて、この学園も少しはましになると良いのですが。

 目先の利く家の方からは、我がロックアップ領にある初等学園に留学したい、そんな問い合わせが急増しているそうです。


 私とショーン様は、いつかイイラント領に、王立学園の養蚕研究所のような施設を作りたいと思っています。その施設が出来れば、きっと虹色の絹生地(シルク)だって夢ではないでしょう。


 あとそう言えば、国王陛下が、ご家臣や貴族の方々に向かって歴史の重要性を力説し、もう一つの王家を敬う事を忘れるなと警告なさったそうです。

 まあ、うちの方は今更敬われなくても一向に構わないのですが・・・



読んで下さってありがとうございます。


後半を少し書き換えました。申し訳ありません。

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