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新しい家族

養子縁組の書類にサインをした翌日、マリアはデルガード子爵と妻のジョセフィーナと共に、屋敷のこぢんまりとした庭園を散策した。


「私たちの領地は農地からの収入が安定していなくて、子爵と言っても結構貧乏子爵なんだ。」

小さめの庭園なので、子爵が戯けながら肩を竦めて言う。

マリアは全く気にしておりませんとニコニコしながら散策を楽しんでいる。



四阿で、紅茶を飲みながら三人でのんびりと話をした。

デルガード子爵とジョセフィーナの間には、なかなか子供ができず、流産を繰り返し、ようやくミアという女の子が生まれた。

二人は目に入れても痛くないくらい可愛がったが、生まれた時から体が弱く1歳になる前に亡くなってしまったのだという。

夫婦の落胆ぶりは酷く、デルガード子爵の兄弟から養子の話も出たが、ミアを失った直後に子供がいる環境が耐えられなくて断ったのだそうだ。

少し前になって、ようやくミアの死を受け入れたものの子供のいる未来を描くことは諦めていたという。


「ミアが生きていれば、今頃はマリアより少しお姉さんくらいの年頃だったんだよ。」


そう言って、マリアを眩しそうにデルガード子爵は見つめる。


「あぁ、すまない、マリアをミアの形代にするわけではないから。

 マリアはマリアだ。

 縁あって我が家の娘になってくれるのだ。これからは家族として、接してくれると嬉しい。」


今まで、暖かな言葉を家族から投げかけられたことのなかったマリアからしてみると、他人のデルガード子爵の方がよっぽど優しく父親らしかった。


昔このことを思い出して、思わずポロリと涙がこぼれる。


「す、すみません・・・私・・・こんな風に温かく接してもらうことがなかったもので・・・」

慌ててハンカチで涙を拭うマリアを見て、ジョセフィーナはそっとマリアの肩を抱く。


「ありがとう。

 わたくし達の元に来てくれて、本当にありがとう。」


そう言って、ぽんぽん、と背中を叩いてくれる。

マリアは年甲斐もなく、ポロポロと涙が溢れてしまって、しばらくジョセフィーナに甘えてしまうのだった。

そんなマリアを二人は優しく穏やかに見つめるのだった。


マリアは、まだ自分の過去をこの二人に告げることが怖くて言えなかった。それでも、自分が書類上養子縁組を組ませてもらうことに深く感謝をして、休みのたびに必ずここを訪れよう、と固く心に誓った。





ペドロは、その間子爵に断って領地をあちこち見て回っていたのでマリアがこの家族にうまく馴染めたことを知らなかったのだが、屋敷に残って控えていたフィデルはその様子を見ていた。


ーーー思いがけず、不遇な家族から抜け出して、このように新しい家族が与えられて、新たな人生を別の人間として生まれ変わることができる瞬間に立ち会ってしまった。


マリア嬢とペドロ様がこの先どうなるにせよ、この養子縁組は三方良しの良縁だったな。

我ながらいい仕事した。



そう、誰からも褒められないフィデルは自分を褒めていた。




◇◇◇

その日の夜、ペドロとデルガード子爵は執務室で今季の収穫量と向こう3ヶ月の領地経営の施策について話し合った。

この子爵の領地は稲作が中心なのだが、バレアレ海沿岸に近い湖から水を引いていることもあって、たびたび塩害にあっている。そのために、塩害にあった年の歳入が減り、都度都度経済対策をするものの、なかなか備えや未来に対する投資が出来ずに領地経営が苦しかった。

今回マリアの養子縁組の話がなければ、デルガード子爵の代で一旦本家に領地返納しようと思ったのは、難しい土地柄を託しても残せる財産もほとんど現在の子爵家にないからだった。



「今年は塩害もなさそうで、気候もよかったから豊作だったな。

どこも今年の収穫祭が楽しみだ、と明るい表情だった。」


ペドロがワインを傾向けながら言う。


「そうですね。ほっとしています。

 マリアが娘になってくれるのであれば、彼女がいずれ婿養子をとってこの子爵領を嗣ぐ。そのためにはもう少し頑張らないといけませんね。マリアは、年齢も年齢なので適当な頃合いの婚約者も来年・再来年には見繕わないといけないのかと思うとせっかく娘が出来たと思ったのにもう嫁ぐだなんて、なんて忙しい娘なんでしょうね」


とデルガード子爵がふっと笑う。



ペドロは、頭をガツンと殴られたような気がした。


ーーー来年・再来年には婚約・・・?やっとこれから侍女として自分の目の届く範囲におけると思っていたのに・・・?


でも、女性の婚期をいたずらに逃すようなことは出来ない。

期待させて、責任を取らないとなると、マリアが来たこの子爵領も領地返納が先送りになるだけだ。


ペドロは、躊躇した。

自分の気持ちにようやく気がついた。

なぜ自分がこれほどまでにマリアに固執したのか。


そうか、ほんのりとした淡い恋心を持っていたのだ、と強烈に自覚した。


マリアがもし子爵令嬢として婿養子を得て穏やかな人生を歩むならそれも彼女の幸せの一つの形かもしれないーーー


そんなヘタレ精神を発揮してペドロは自分の気持ちを押し隠した。

マリア自身は、自分の出自を言うことが出来なかったが、この日の夜ペドロはデルガード子爵に身辺調査結果を共有した。


「そうですか・・・カスティーリャ伯爵の御息女・・・道理で立ち振る舞いが洗練されているわけですね。それでは貴族令嬢としての基本的な教育はいらなさそうですね。

と言っても、基本的に侍女としてガッルーラにお勤めするとなると教育できる機会もそうそうないのですが、平民の出ではないと言うだけでも貴族の心構えは少なくとも教え込まずとも良さそうで安心しました。


家族からの愛情薄く育ったと言うのは・・・納得します。

今日、あれは、家族として温かな言葉を初めてかけられたと涙していましたから。

お話しいただいてありがとうございます。

マリア自身の口から、いつか話してもらえるように関係づくりをゆっくりして行こうと思います。」


真摯なデルガード子爵の様子を見て、ペドロはつくづく今回の一件は有意義だったなと思うのだった。





◇◇◇

翌日、マリアが領地のことを聞きたいというのでデルガード子爵の書斎でざっくりとどのような領地かの話をした。


「塩害、ですか・・・」


マリアは少し考え込んだ。


妖精がマリアにささやく。

ーーー冬もお水、田んぼに入れとけばいいー

ーーー入れとけばいっぱいお米取れるー


マリアは、あぁなるほどと妖精たちに向かってニッコリ笑いかけた。


そしてすでに色々と試されたかもしれませんが、と前置きをしてから、意見してみた。

「もしかしたら、水田に冬場も水を入れておくと良いかもしれません。

冬に地中の塩分が表層に出てきて塩害をもたらすのであれば、水を常に入れておくことで塩分量が急激に高まることがなくなるのではないでしょうか。」


「なるほどな。・・・確かに一理ある。一部水田で今年から試してみよう。」


義父に、自分の意見を聞いてもらうことができてマリアは、こんなことでも嬉しくなるのだった。

実際に収穫量が増えるかどうかは試してみないと分からないが、やってみる価値はあるのではないかと思った。



「マリアが次に来るときには一緒に実験地を見に行こう。」

そう言うと、子爵がパチンとウインクしてくれた。


「はいっ!今から楽しみですわ!」


領地経営に積極的な姿勢を見せてくれるマリアを頼もしく思いつつ、元気いっぱいな、若い娘にハハっと笑顔になる。




「もう明日には帰ってしまうと思うと寂しい限りだが、書類だけでなく直接会うことができて本当によかった。」

「私もです。デルガード子爵。」

「お父様とは呼んでくれないのかな?」

「・・・!は、はい、お、お、お父様・・・」

またしても大きな瞳に涙をたっぷりため込んだマリアを見て、

「やれやれ、私のレディは、大きいのに小さな娘が中にいるような泣き虫さんだなぁ。」

と頭をぽんぽんした。




午後からはデルガード子爵とジョセフィーヌと三人でゆったり過ごした。

好きな食べ物や好きな本、こっそり抱いている夢を話しながら、次のお休みにはマリアの夢だった湖畔散策をしようと話した。夏の湖もいいが秋の紅葉の湖も綺麗なんだよという話に、今から早くも休みが待ち遠しい。




こうしてマリアは温かな新しい家族を得た幸せを胸に翌日出立したのだった。

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