ガッルーラへ
ストックが切れまして、明日以降更新が滞ってしまいそうです・・・。
マリアは、びっくりするくらい今の自分は何も持たないことに改めて気がついた。
出立のための荷造りをしようと思ったのに、詰めるべき荷物も、もっと言えば鞄さえ彼女は持たなかったのだ。
命辛々、身ひとつでここまでたどり着いて雇ってもらたことに改めて感謝の念が絶えないのであった。
そして、生き残ったと言う事実を改めて感じていた。
山の中で襲われて亡くなった人たちはちゃんと故郷に戻って家族の人の手で埋葬されたんだろうか。
そんなこともぼんやりと思ってこっそり心の中で手を合わせた。
マリアはペドロに新規雇用されることを受けて、一頻りお世話になったところに顔を出して挨拶をしていた。
「全く嬢ちゃんうまいことやったな!体に気をつけて頑張るんだぜ」
「いじめられたらすぐに戻ってくるんだからね」
皆口々に体や、これからの待遇を気遣ってくれる。
マリアは優しい皆の心遣いに精一杯の感謝の言葉を告げて、最後にはフリンにも挨拶をしてペドロたちと一緒に領主邸宅を目指して首都ガッルーラに向かっていた。
フランティート家からガッルーラまではそう遠くない。
ペドロも従者たちも馬で駆けて来ているので、当然追加になったマリアの分の馬はなく、どうするかと言う話になったのだが、マリアは伯爵令嬢だったので乗馬ができず一頭貰い受けて帰ることができなかった。
そして、横乗り用の鞍など優雅なものは当然ついていないので後ろに乗って腰を抱えて乗ることになったのだが、体格の良い護衛たちの後ろからマリアが頑張って腕を回してもしっかり掴み切れずにいたので少し進んだだけで落馬仕掛けた。慌てて護衛がつかんで助けてくれるけれど、その時の親猫に咥えられる子猫の気分ったらないわ、と呟いてそれを聞いた皆が肩を震わせていた。
それならば従者はと言うと、小柄すぎてマリアが万が一落下したときに対処し切れないと言うことで、結果ペドロの馬に乗せてもらうことになったのだった。
マリアは最初こそ、おっかなびっくり怖がっていた。馬がかけていくと本当に体が跳ねてしっかりしがみついているつもりでも気を許すと振り落とされてしまいそうなのだ。
何度も護衛のときに落馬仕掛けているので、その時の重力の感じもものすごくリアルで怖い。
だから、余裕なくギュッとペドロにしっかり抱きついて、ペドロの方はと言うと物凄い力で抱きしめられるなんて滅多にないし胸は当たるしでなんだか集中し切れなくて周りの護衛たちからニヨニヨされるのをキッと睨み返すので精一杯だった。
それでも、ただただ怖いだけではなくて休憩のときに覗き込んだ馬の優しそうな瞳に吸い込まれそうになって、マリアは馬への愛着が湧いて体を優しく撫でてやった。
「重いのに乗せてくれてありがとうね〜」
ーーーうま、ありがとうね〜
妖精も口真似して馬の周りを飛び回っている。
ついでにほんのり馬に回復魔法もかけてくれていた。
しばらく乗っていればマリアも慣れてきて景色を楽しむ余裕が出てきた。
「わぁ・・・なんて美しいのかしら」
過ぎゆく森や町並みを見てマリアは毎回感動しっぱなしだった。
そんなマリアの様子を見て、ペドロとの会話も言葉少なだがポツポツした。
「マリアはどこから来たの?」
「ア、アルバセーテの方からです」
「えっ、そんなに遠くから?どうやって・・・?」
「そ、その・・・、家族とうまくいかなくて新しく仕事を見つけようと心機一転、新天地を目指して旅をしていたところでフランティート家とご縁があったというか・・・」
マリアの心臓はバクバクしっぱなしだ。
嘘は言っていない。マリアは嘘はつかないポリシーを持っているから、というか嘘をつくとあとで帳尻を合わせるのが非常に困難なので、嘘は言わないようにしている。
家族とうまくいかないという話を聞いて、ペドロが口を噤んだのでマリアの身の上話はそこで終わった。
ちょっと気まずくなってしまった空気感を紛らわすようにペドロが色々と教えてくれる。
小さな町を通り抜けたときに、ふと目についた新しい教会を見つけて嬉しくなっていった。
「あの教会は5年前にようやく建てることができたんだよ。
小さな教会だから気が付かないかもしれないけれど、ささやかながらステンドグラスが綺麗なんだ」
「そうなんですか・・・ぜひ機会があったら見てみたいです。きっと隣接していた孤児院の子供たちの心も癒してくれますね!」
ーーーよくパッと見て孤児院がわかったな。
ペドロはハッとしたがマリアは後ろにいるから表情が見えない。
やっぱりマリアは普通の庶民の女性ではないことは明らかだ。
気になって気になって、今度は宿場町として栄えている街を通った後に暫くいった山の斜面にある畑を見つけて聞いてみた。
「あの山肌に見えるのはなんだかわかる?」
「いえ・・・丁寧に手入れされている畑のようですが・・・なんですか?」
「あれは葡萄畑なんだ。この土地の葡萄は特に糖度が高くて高品質のワインが作れるのだよ。
ここは秋になると収穫祭の時期にはワイン祭りも開いていて、いろんなところからたくさんの人が集まってくるんだ」
「あぁ、だからこんなに街道も広く宿場町として栄えているんですね。一体これを支える産業はなんだろうと思っていたのですが謎が解けました!」
ーーーやはりかなり高度な教育を受けているな。
豪農の娘か、大商人の娘か・・・
貴族の娘にしては随分数字や政治に明るそうだから違うだろう。
でも、修道院の子供達、と言っているあたり慰安したことがあるんじゃないだろうか。
豪農の娘や大聖人でもいかないことはないが流石に下心がありありでないと慰問なんてしないだろうしなぁ。
ーーーだとすると貴族の娘の線も残るな。
だが、貴族の娘で家出なんて聞いたことがないし、そんなことがあればなんらかしらの情報が回ってきそうだが出奔したなどという話は耳にはしていない。
さてさて。この娘、どんな曰く付きの娘なのだろうか。
とペドロが思い倦ねているうちにあっという間に城塞都市に到着した。
南東辺境伯が住む首都はかなり大規模な城塞都市である。石造りの壁が高くそびえて街全体をぐるりと囲っていて堀が巡らされている。
城門まで馬を進めると護衛がさっと進んで何かを話して少し戻ったところで城門が開いた。
「おかえりなさいませ、ペドロ様!」
「あぁ、変わりないか」
街に入るなり気楽に街の人から話しかけられた。父は滅多に視察にはいかないいかにも貴族然とした人だったから、この距離感にマリアは心底驚いた。目を白黒させていると、二人は楽しく話を続ける。
「はい、おかげさまで。今回も豊作ですか?」
「あぁ、今年もパンの心配をしなくて良さそうだ。しっかり金を稼いで嫁に使えよ。」
「ははは!そりゃ、ありがてぇことでさぁ。」
そこまで話すと、マリアがペドロの後ろにひっついているのを見つけて、揶揄うような視線を向けて言う。
「あれ、旦那、視察ついでに女もお持ち帰りですかい。お若いことで。」
「これはそうではなくてうちの城で働かせようと思ってな。」
「へぇ。見目麗しいお嬢さんを働かせるなんざ、男が廃りますぜ。
そんなんだからモテない辺境伯なんて二つ名がついちまうんでさぁ。」
「手厳しいな。て言うかなんだその二つ名。」
「おっ、呼ばれちまった。じゃ、旦那、また。」
ここまでが一区切りの会話を、この後何回も城に戻るまでお約束のように話しかけられる。
マリアは、それを聞きながら、
ーーーモテない辺境伯ってなにかしら。なんでこんな素敵なペドロ様がモテないなんて不名誉なことを言われているのかしら。
あぁ、ここにテレサがいたら聞いたのになぁ。
ーーーそれにしても一体ペドロ様はどれだけ女遊びが激しいんだろう、いつものことのような感じで言われているけれど・・・
ペドロの隣にたくさんの女性が侍っている様子を思い浮かべてみると、胸の奥がズキンとした。
「・・・ペドロ様は、女性がお好きなようですね。街の皆様の様子からよく伝わってきます。」
思わずそんな嫌味を言ってしまった。
ペドロは、従順にしていたマリアがそんなことを言うなんてとビックリした。
「ははは!若いマリアには汚らわしく感じるのかな?まぁ、よく知らんが「モテない辺境伯」らしいからお察しだろうがな。」
そう悠々と言った。
なんて言い返したら・・・と思っていたら、大きな塔が目に入ってきた。
城塞の中心に据えられた主塔である。
城塞自体は200年ほど前に建てられたとされている石造りの重厚な城である。
館を中心として五つの張り出し櫓があり、ぐるりと城壁が囲っているが、四角を基調とした建物群に上部は三角錐の飾りが丁寧に誂えてあり、まるで冠のようだな、とマリアは思った。
城壁には匍匐性の植物の緑が美しく、マゼンタの花が映えるところもあって全体的になんて美しい城なのかしら、とこっそり息を飲む。
中庭を抜けて館の入り口までつくと、執事やフットマンが待っており、ペドロが馬から降りるとマリアが降りるのを手伝い、馬の手綱をフットマンに預けて館に入っていく。
後ろから従者が荷物を抱えて急ぎついていく。
その様子を見て、マリアも慌てて着いていく。
「グレゴリオ、こちらはマリアだ。視察先で会ったのだが、この館に貰い受けることになった。
取り急ぎ、休息を取らせるように。今後の配属は追って指示する。」
執事は丁はい、とだけ端的に答えたのちペドロを見送った後マリアの方を見た。
「ようこそ。私はグレゴリオ。この館で執事をしている。まずは、ハウスキーパーのマルタに顔見せをしたいところだが、旅で疲れただろうし汚れも付いたと思うので、水あみして服をあらためなさい。」
そう言うと、手近なハウスメイドを一人呼んで、マリアを案内させた。
さっと寄ってきたメイドはマリアをメイドたちの控えの塔に案内してくれた。
「私はアマリアと言います。名前が似てますね!これからこちらにお勤めされると言うことですけど、よろしくお願いします。
メイドのものですがこの制服を使ってください。綿布はこちらに。
私たち使用人は風呂は頻繁には使いませんが、今回はかなり汚れが目立ちますので石鹸とお湯で汚れを取ったほうが良さそうですね・・・」
濃い茶色の髪と大きな瞳が人懐っこいアマリアは、マリアよりも少し年上に見えたので23-24歳といったところだろうか。
うーんとアマリアは唸ると、ランドリーに向かった。
そこで石鹸とお湯を分けてもらって隣接する休憩部屋で体を擦ってきれいにするといいと言うと、仕事に戻っていった。
マリアはペコリとお辞儀をすると、さっさと休憩部屋に入ってお湯が冷めないうちに綿布を浸して硬く絞って、石鹸を泡立てて体を洗い擦っていく。
休憩部屋と言っても屋外に通じる廊下の両脇を雨風凌げるようにして作られた簡易なものなので、床に多少お湯が溢れたところで問題ない。
お湯のおかわりももらってしまったけれど、さっぱりしたところでお礼を言ってメイド服に着替える。
久しぶりに石鹸を使って、パリッと洗濯された服に袖を通した。
当たり前だった生活を手放して、その日生きているのでも精一杯だったけれど恋をして何の縁か恋しい人の館にいる。
昔、子供だった頃には多少あった地元の子供と遊んだりする中でほんのり感じた淡い恋心が懐かしい。
転げ回って一日中遊んでも、たっぷりのお風呂に浸かって、それさえ嫌がってメイドや侍女たちを困らせて。それも楽しんでいた。
汚れた綿布を手にして、強烈に思った。
ーーーああ、私、随分遠いところにきた。
それと同時に、ここまできたんだから、なんとかペドロともっと関わらなくっちゃ!
命短し恋せよ乙女。
恋する乙女は時間を無駄にしない。くよくよしない。
もう後戻りはできないのだ。
そんなマリアを祝福するように妖精たちが周りを飛び、
ーーーまりあー何をきても可愛いー
と囃し立てるのだった。




