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伯爵令嬢が死ぬまで

設定を書き込んでいたらほとんど設定で一話が終わってしまいました・・・

感想いただけますと、とても嬉しいです。

ーーーこのまま、いっそ死んだことにしよう。


マリアはしばらく呆然としていたが、痛む身体をやっとの思いで起き上がらせるとそう呟いた。

もう日が暮れてしまう。

とにかく、獣に襲われないようにどこか一夜をしのげる場所を探さなくては・・・


気を失う前に聞こえたたくさんの悲鳴と、馬の嘶き、山賊の怒号が耳にこびりついて離れない。

私の輿入れについて来ていた人たちはきっと皆死んだのだろう。


継母は宝石の類は必要最低限しか持たせてくれなかった。私自身身、着けているものほとんどお金になりやしない。このまま領地に戻ることは難しいだろう。身分を証明するものが何もない中、迎えが来るまで、貴族令嬢の私が何もかもひとりでなんとかするなんて現実的でないことくらい私にだって分かる。

仮にうまく連絡がついたとして、きっと数ヶ月後にまたこの道を同じように馬車で来るだけだ。


それなら・・・


このまま、いっそ死んだことにしよう。

そうして、あのカスティーリャ伯爵家を捨ててしまおう。






◇◇◇

マリアはアルゴン王国の貴族、カスティーリャ伯爵の長女としてこの世に生を受けた。

マリアの母である公爵令嬢イサベルは、父カルロと政略結婚をした。公爵令嬢ではあったが、次女だったイサベルは姉とは違い、王家や公爵家同士の婚姻を義務付けられていなかったので、のびのびと育ってそれはそれは明るい人だった。艶々とした金色の豊かな髪と、オリーブのような美しい深緑は公爵家特有の色合いで、社交会の華のひとりだった。


マリアはそんな母が大好きで、貴族の子どもと言っても幼子らしくいつもべったりとくっついていた。そんな母だったが、マリアの弟になる嬰児出産の際、産後の肥立ちが悪く呆気なく儚くなってしまった。マリア4才の時である。

それだけでなく、マリアの弟も死産だったためマリアはそれはそれは深い悲しみに包まれた。


母との間に男子を設けられなかった父カルロは、すぐに愛妾だったクロティルデ男爵令嬢を娶った。クロティルデは再婚した際には、愛妾時代に産んでいるフェリペ(2才上)、イアン(1才下)を連れて嫁ぎ、その後もエリザベート(5才下)、マルタ(8才下)の4人の子供を設けている。


クロティルデは幼い頃からカルロと好き合っていたが、公爵令嬢のイサベルとの政略結婚でカルロとの結婚ができなかったので愛妾として不遇の時期を過ごしていた。


カルロは16才のクロティルデとの初めての子供を喜んでくれはしたが、翌年には正妻にマリアが生まれており、また亡くなったとはいえもう一人妊娠出産されていたこともあって、イザベルに対する激しい嫉妬に苦しんだ。そして、嫉妬からマリアを酷く嫌っていた。


イサベル自身は結婚前から愛妾とその子どもの存在は知っていたが、政略結婚だったのでカルロを愛していなかったのでさして気にかけていなかったのも、クロティルデの劣情に拍車をかけた。カルロはクロティルデと子どもを設けているが、他所にも何人も愛人がいるが子供は認知していない。クロティルデはそんなカルロへの苛立ちをもマリアにぶつけて発散していた。


マリアはイサベルの遺伝を受け継いで、緩やかなウェーブのかかった艶やかな蜂蜜のような金色の髪にオリーブのような深い緑の瞳を持っていて、幼い頃から茶会に参加すればその明るさが好かれいつも人に囲まれていた。


そして、そんなマリアの姿をクロティルデは目に入れるのも嫌がった。濃茶の髪・瞳のカルロ、クロティルデとその子供達とは見た目が全く違ってひとりだけ浮いていた。


クロティルデはカルロの前であからさまにいじめる事はしなかったが、優遇したり自分の子と平等に扱おうとは特にせず、自分の子供だけをかわいがった。結果、伯爵家の雰囲気は侍女やメイド下男に至るまでクロティルデに同調し、マリアはぞんざいな扱いを受けていた。


それでも、伯爵令嬢というポジションは変わらないので、クロティルデはできるだけ遠方の高齢の後妻にマリアを送り出そうと躍起になっていた。しかし、ただ同然でマリアという駒を消費するのも惜しい、という損得勘定が邪魔をしている間にとうとうマリアが結婚適齢期も後半に差し掛かる18才になってしまった。なかなか、「遠方・高齢・金持ち」という"優良物件"はないのだ。


―――だって、いいかなと思っていてもすぐに死んでしまうのですもの。こういう物件は本当に水物だわね。


とクロティルデがフェリペに言っているのをマリアはこっそり聞いたことがある。

遠方で顔を合わせたくはないが、いずれマリアが相続する財産は自分たちがごっそり使いたい。欲はどんどん深くなる。


マリア自身は遠くないうちに売られるのだという覚悟ができていたが、マリアが18歳になって程なくして4つある公爵家の1つ、シシリア公爵から子息の釣書を送られてきた。

クロティルデは自分の娘、14歳のエリザベートとの婚約を結ぼうとした。しかし、デビュタントで愛らしい姿を見せたのちクロティルデが外に出さなかったが故に、結果的にマリアを深窓の姫よろしく希少価値を上げていた。また年齢的にもマリアが良いと名指しを受けてしまった。


身分が上の公爵家からの打診なので断ることはかなり難しい。それでもマリアが自分たちよりも高い地位になり幸せになることは矜持が許さず、焦ったクロティルデは東北の辺境伯にマリアの売り先をとうとう決めた。


東北の辺境伯は3つの国との国境で戦争も起きやすい。領地が戦場になったこともあるし、先の夫人が敵の人質になって殺されたことも記憶に新しい。辺境伯自身はすでに60をすぎているが子供が居らず後妻を常々欲しているものの先代夫人の死に様が、令嬢を嫁に送り出す貴族の二の足を踏ませて正式な結婚ができないでいた。いつでも領地では小競り合いの戦いが絶えない危ない土地だ。


マリアは婚約の書類にサインをした時も、婚姻届にサインをした時も、一度も本人に会う事は無かった。


あっという間に婚姻が調い、公爵家には、以前から決まっていたことで折角お声掛けいただいたにも関わらず申し訳ないと厚顔無恥よろしく返事を認めた。


そして、嫁入りのための持参金を心ばかり持たせられて、幼い頃から慣れ親しんだ侍女とも別れて輿入れのために馬車で東北の辺境アルボレーアに向かっていた。


ところが、道中山賊にあい婚礼のための財産は全て強奪されて馬車や従者たちは破壊・殺害された、というのが今の状況なのだ。





マリアは考えた。

ここで命辛々領地に戻ったところでまた花嫁道具とともに、今度は持たせてももらえないかもしれないが、この同じ道を通って辺境地に向かうだけなのだ。


それならばいっそ、ここでマリア(私)は死んだことにして、市井で暮らすのはどうだろうか。

どうせ一度死んだも同じ命なのだ。ここで無くなるのと、ほんの少し先になくなるのと、大して変わらないではないか。


そう思って、なんとか山を降りた。

これが冬であれば間違いなく山を降りる前にマリアは凍傷で脚や手の一部を失ってまともに働くこともできなかったはずだが、幸い夏だった。

気温もさして落ちず、水も容易に確保できたので生き延びることができたのだ。


それには妖精の力によるところが大きい。

マリアには生まれてからずっと、妖精を見て会話することができたのだった。

この世界で妖精を見ることのできる人はかなり珍しく、そのことに気がついたときに母からは口酸っぱく口外するなと教え込まれていた。


―――マリア、こっちに小川があるよ


―――マリア、この先に洞穴があるよ


―――マリア、こっちに木苺がなってる


―――マリア、マリア・・・!


妖精に愛されるマリアは命を繋ぎ、そうしてようやく人郷にたどり着いた。

そう、そこは南東の辺境伯の地だった。




◇◇◇

南東の辺境伯の土地は、穏やかな気候で南の領土に次いで豊かな土地だった。

農業が盛んだったその土地でマリアは街の人に何人か声をかけて、住み込み寝食付きで生活できる仕事がないか相談したところ、豪農のフランティート家に雇ってもらうと良いとアドバイスを受けてその屋敷の門を叩いた。

折しも小麦の収穫シーズンだったのでちょうど人手が欲しかったからと快く雇ってもらえることになった。


豪農であるフランティート家は、小麦・葡萄・オリーブの畑を持っていて広大な土地を治めていた。

マリア以外にもたくさんの季節労働者がいた。

フランティート家についたときにボロボロだったマリアは体を洗わせてもらって服ももらって清潔な状態で食堂に向かうと暖かなニョッキと美味しいコンソメスープを飲ませてもらえ、二段ベッドがたくさん並ぶ大きな部屋で、ふかふかとは言えないまでも暖かい布団で眠れることができて、泥のように眠った。

季節労働者は男女ともに意外にもたくさんいて、王都から外れた貧しい土地に暮らす農民がこの時期に男女問わず出稼ぎに来ているのだ、と同じベッドの下で寝泊りしている娘が教えてくれた。


「私はテレサっていうの。よろしくね!

 2年前からここに来ているけど、作業も割りにキツくないし、食事もきちんと出るから結構気に入ってるの!気が早いけど、また来年も来るんだー」と言っていた。


「そっか。テレサは麦刈りの仕事が終わったら帰っちゃうの?」

「うん。でも、麦刈りのあとは葡萄、遅れてオリーブの収穫も始まるから長くいる人は冬までいるんだよ」


マリアはこの季節労働が終わった後のことも考えないといけないな、と少し落ち込んだが持ち前の前向き思考で、フランティート家のメイドや下男などに自分の状況を説明してどうしたら雇ってもらえるかなぁと相談していた。





フランティート家の家長は54歳のフリンである。どっしりとした腹に頭皮は薄いがたっぷりとした白い口髭を蓄えいかにもこの辺りをまとめる地主の風格を備えていた。長年太陽に当たってきたから、肌はこんがりと小麦色で顔には深くシワがあり実際の年齢よりも歳を感じるが、元来の人の良さを感じさせる優しげな表情で周辺の農民や村人からは慕われている。

フリンには3人の子供がいる。今年36才になる長男マルティン夫妻と、33才になる次男レナト夫妻、そして26才になる三男ハイメである。マルティン夫妻はすでに次代当主として多くの役割を担っていたし、ペドロ夫妻は細やかなサポートをして家を支えていた。ハイメは女好きが高じていまだに結婚できないが、三男なので誰も何も言わないし何だかんだ愛されキャラなのである。


「ハイメ様は季節労働者の女に手を出すから気をつけなよ」と夕餉の席でテレサが忠告してくれた。


「私は今年で15才だからギリギリ範疇外っぽい。この間すれ違かったときに、あと2-3年かな、って言ってた。ちょーキモい。でもね、去年よく面倒を見てもらっていた3個上のお姉さんがハイメ様に喰われて泣いていたの。だからマリアも気をつけてね」


と言うのを聞いてマリアの目が遠くなった。

市井に下ってはいるけれど、無駄に強姦されるつもりもないので今度から気を引き締めよう。具体的には一人にならないように気をつけよう。





フランティート家は広大な土地を持っているが、邸宅もかなり大きい。蜂蜜色のレンガに赤茶色のレンガの屋根が可愛らしく、作りこそ全体は基本的にロの字型をした長方形の組み合わせで素朴である。随時納屋や倉庫、規模拡大に伴う季節労働者用の居住棟や家族が増えた際の母屋に付随した建物など、追加追加で作ってきたんだな、という作りである。建設当初からあると思われる中庭には大きなオリーブの木ががあったり、母屋に付随した小さな建物にはパーゴラがあり、季節がいいと花こぼれる屋根から木漏れ日が差込みとても美しい。この建物は3代前の6男夫妻が住んでいたらしい。


マリアはここで仕事をするようになって、すっかり夕暮れ時が好きになった。そのくらいの時間には、日が暮れたら大変なので片付けもほとんど終わって、あとは帰るだけなのだが、太陽の光を浴びて金色に輝く小麦の穂が風に優しく揺れながら、収穫したばかりの麦穂の粉が舞って世界がキラキラと煌くのを眩しく見るのが大好きだった。

伯爵令嬢だったときには感じたことのない、「生きている」という強烈な実感と、大地との一体感だった。


フランティート家は南東の辺境伯領地の中でも最も大きな豪農で、ここの作物の出来が領地経営の大きな要だった。夏と秋の二回、辺境伯がやってくる視察は恒例だったし、作物の出来が悪かったら怒られたり税金をあげられたら迷惑な視察で誤魔化そうともするが、実際はこの視察をもとに不作の時は補助金や来年度作付けのための種を配る検討をしたり、豊作の時は補助金の積立の率をあげたりイベントを開催したりするなど領地のために検討してくれるので結構受ける側も真剣なのである。


今年も秋の視察にガッルーラからペドロがやってきたのはまさに小麦の収穫の真っ最中のときだったった。

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