ノミと強心臓 1
ラスト5話です。
ありがとう、さよなら。
1
「初めてね……」
「ん?」
ウミとリクが並んで歩いているとリクが言った。
「何の話だ?」
「明美ちゃんが過去のことを色々話してくれたでしょ? 実験のこととか、私たちに何が起こったのか」
「そうだったな」
「なんだか漠然と嘘をついているような感じがしたの」
「曖昧だな」
「私の能力ってそれぐらいの力しかないから。で、特にその雰囲気が強くなったのが私たちから記憶が無くなったってところ」
「どういうことだ? 俺たちが本当は記憶を失っていないってことか?」
「たぶんそうじゃない気がする。明美ちゃんは否定していたけど、私たちも明美ちゃんも心が無くなったって言うのは本当な気がするの」
「心か。そんなこと言っていたな。でも心が無くなったってのはよくわからんがな。感情とかが無くなるってことか?」
「わからない。でもあなたがずっと無気力に過ごしていたのも心が喪失していたからなんじゃないの?」
「……そんな心とか漠然なことを言われてもわからん。心が見えてくれたら簡単な話なんだが」
「あら、そう? 心は見えないから面白いんじゃない。今の私の心がわかる? あなたのことを想っているこの私の心がわかる?」
ウミがリクの方を上目遣いで見るのでリクは少し動揺する。
「やめろ、他人をからかうんじゃない」
「からかってない。本気よ。だってもう私たち大人じゃない? 大人の二人が一緒に歩くってどういう意味か、世間離れしてるあなたでもわかるでしょ?」
リクの心臓は激しく高鳴る。もう俺たちは子供じゃない。
今になってウミの顔が一段と綺麗に見えてくる。
その身体も……。
「ウミ、俺はーー」
「のお、ウミ今日の晩飯は何じゃ?」
「今日はせっかくの門出だからお祝いのハンバーグよ」
「おお! ワタシもハンバーグ大好きなんですよ! 楽しみです!」
「よーし、お姉さん張り切っちゃうぞー」
……え?
「何でお前らいるんだよ!?」
「何でって、ウミさんと同居してるからですけど」
「ワシも同じく」
はあ、とため息をついた。
ウミの方を見ると子供のように笑っていた。
「もう大人なんだから、門出にはパーティーが必要ってわかるわよね?」
ハメられた。タチが悪い。
「他人をからかうような冗談はやめてくれ……。心臓に悪い」
「ごめんなさい。……あら、明美ちゃんと暗子ちゃんは?」
「あの二人はとりあえず家に帰りましたよ。ここから出て行くための準備が必要だって。……本当のところはどうか知りませんけど」
「あら」
ウミが嬉しそうな顔をする。
こんな子供っぽいやつにからかわれたと思うと余計に腹が立つ。
「ねえソラ」
「なんですか、ウミ」
「今のペースだとどれくらいで陸につくのかしら?」
「おそらくですけど、明日の昼ごろには着くんじゃないでしょうか?」
ウミがうーんと少しうなる。
「トキ、明後日の昼に到着するようにペースを遅くすることはできないかしら?」
「できるが、どうしてじゃ?」
ニヤリとウミが笑う。
その笑顔は子供のそれではなく、大人の悪い笑みだった。
「あの二人は二人っきりでいたいでしょうから、今日は二人っきりにしてあげましょう。そのかわり、明日はこっちのパーティーにも参加してもらうわ。だってせっかく皆で脱出するんだもの」
さーんせー! とトキとソラの二人が声をあげる。
……お前ら急に年齢下がってないか?
お母さんと一緒にいる子供みたいなものなのだろうか。
そんなことを考えているとウミは俺に耳打ちをしてくる。
「今日、子供たちが寝たら……ね?」
ドキッと一気に後ろにのけぞる。
それを見てウミがふふふと笑う。
この女、いったいどこまで本気なんだ。
「のおウミ、明日がパーティーということは今日はパーティーじゃないということか?」
悲しそうな声でトキがウミに聞いた。
「安心して。パーティーを二日連続で続けちゃいけないなんてルールはこの世にないんだから」
それを聞いてソラとトキが喜びの声を上げた。
親というのはこんな気持ちなんだろうか。……まあ悪くない。
そんな風に思っているとウミがまたこちらをニヤニヤと見ていた。
「……今夜は楽しみね、パパ」
「!?」
この日の夜がリクにとって忘れられない夜になったのはまた別のお話。
2
「……ということらしいわ」
「じゃああと二日か。暇になるかもしれないね」
明美がソラから電話をもらいその内容を私に伝えた。
「パーティーか……。楽しそうだね」
「そうね。きっと忘れられない夜になるわ」
二人はもう食事を済ませ、一緒に風呂に入っていた。
私が明美の背中を洗ってあげる。
ついつい背中に身体を預けようとするのを我慢して洗うことに集中する。
「でもこれでやっと全部が解決だね。長かったような短かったような」
「長かったわよ。私たちの青春の一年を奪ったんだから」
明美の背中を洗い終わり、ボディソープを水で洗い流す。
「……ねえ、暗子」
「何? もうちょい強めに洗った方がよかった?」
「いえ、それは大丈夫よ。そうじゃなくて私、あなたに話したいことが……」
明美のその真剣な声色にシャワーを止めて聞く。
「……何の話?」
「さっき皆の前で話していた昔の話があるでしょ?」
「うん」
「あのとき、私嘘をついたの」
それを聞いて少し心が揺らぐ。
「……嘘?」
「ええ」
明美がこちらを向いて私の目を見て言う。
明美が裸でこちらを向いているけど、湯気で何も見えない。
「私が薬を飲まされたあとにもうひとつの部屋に行った。そのときに部屋の中には四人の人間がいた……って言ったけど本当は四人じゃない。あのとき、部屋の中には私以外に五人の人間がいたの」
……五人?
3
風呂から上がり、髪も渇かし終わって、寝巻きに着替えた。
本当は今すぐに明美とくっつきたいのだけど、真剣な雰囲気なのでいつものように四人テーブルで向かい合って座った。
「どういうこと? 能力者は六人いたってこと?」
「……そう」
「じゃあその残りの一人はどこに行ったの?」
「…………」
「まさかもう亡くなっちゃったとか?」
「いや、生きてるよ」
どうにも明美の言いたいことがわからない。
「はっきり言っちゃいないよ、明美」
「…………」
そう言って私の方を指差した。
「……え?」
「本当はあの場にいたのは六人。私とトキとリクとソラとウミ。そして最後の一人は……あなたよ、暗子」




