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ノミと強心臓  作者: 女川 るい
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さよなら葦花町 2

    5


 その部屋にはたくさんのモニターがあり葦花(あしばな)町の様子が映し出されていた。

 ウミがそれを見て呟く。


「本当に監視されてたのね」

「なーにを呑気なことを言うておるんじゃ。閉じ込められてるんじゃぞ」

「あら、そうね」


 うふふと笑うウミ。壊れてしまったのか?


 そんなことより問題は明美(あけみ)だ。

 明美がずっと私を裏切っていた?


「おい、暗子(あんず)くん。話が違うじゃねえか。俺は明美くんを信じてくれって言われたからここに来たんだぜ? それが裏切られたんじゃざまあねえよ」

「……これは何かの間違い」


 リクが私に言うので苦し紛れに言う。

 だけどその希望すらも打ち砕いたのが校長の一言だった。


「間違いじゃないさ。この女に心なんてものはない。あるのは君たちをずっと監視するという任務だけだ」

「心が、ない?」

「ああ。君たち全員にはーー。おっと、君だけは違うがな」


 そう言って校長は私を指差す。


「そもそも君は何だ? この実験場に間違って入ってしまったねずみめ。琵琶湖の中心にあるこの孤島には誰も入ってこれないと思ったんだがな……」

「……びわこ?」


「まあいいさ。君にはあとで死んでもらおう。実験の邪魔になりかねん。危険因子は排除しておくのが実験の鉄則だ」


 校長は私たちに背を向け、モニターの方を見た。

 見ていたモニターには中学校があったはずの場所が映されていた。


「あーあ、まったく派手にやってくれちゃって。直すのもただじゃないんだよ? 国からお金がもらえるから好き放題できるけどさ。まあお金を止められるなんてありえないんだけどね。国からの指示でこっちはやってるんだから」


 校長がひとり呟いている間、トキがリクに小さな声で聞く。


「おい、お前さん。さっさとあの男を破壊せんか」

「無理だ。さっきからやろうとしてるけど、なぜか能力が使えない」

「なに?」


「無駄だよ」


 話す声が聞こえた校長が反応した。


「その檻の中では能力は使えない。ウイルスの研究をするときにはそのワクチンも一緒に作るって知ってるか? 能力を使えるようにする研究なら当然、能力を使えないようにする実験も一緒に行ってるんだよ!」

「な……」


 それじゃあもう私たちになす術はない。


 これが能力を持つことの一番のリスクだ。

 能力を持ってしまった人間はそれだけに依存してしまう。


 リスクを分散させることの大切さは誰にでもわかっているはずなのに。


「明美! そいつのことやっつけちゃってよ!」

「……はは。無駄だと言っただろう? こいつはただの私のしもべだ」


「違う! 明美はふつうの女の子だ!」

「ふつうの女の子?」


 校長はそれを聞いて大声で笑い出した。


「ふつうの女の子だと? 笑わせてくれる。ふつうの女の子の身体が鉄になるのか? ふつうの女の子が人が死ぬのを見て笑うのか? ふつうの女の子が一年もお前たちのことを裏切るのか?」

「…………」


「こいつにはもう心がないんだよ! こいつだけじゃない! よくわからんそこのねずみ以外は全員にはもう心がないんだよ!」

「!?」


 心がない?


「どういうことだよ?」

「心なんて実験に不要だからな。実験を始める前の段階で全員から抜いてしまっているんだよ!」


 まあ少し不完全な部分はあったかもしれんがな、と付け足す。

 明美に心がーーない?


「そんなわけないだろ! 明美は私を救ってくれた!」

「全部、演技だったんだよ」


 私の頭がぐるぐると回り始める。

 今までの明美が全部ーー演技?


 私を颯爽と助けてくれたのも? 私に生きろと言ってくれたのも? 私を抱きしめてくれたのも? 私を好きだと言ってくれたのも?

 

 全部、演技だったのだろうか?


「そんなわけない!」

「はっ、話を聞かんねずみだ」


 呆れ返ってまたモニターの方を向いた。


「明美! 返事してよ! 演技なんかじゃなかったんでしょ!?」

「…………」


「皆でここを脱出するって言ったのも演技じゃなかったんでしょ?」

「うるさいわよ、暗子」


 捕らえられてからはじめて明美が喋った。

 でも、それはいつもの明美の声ではなかった。


「捕まっているんだから大人しくしてなさい」

「……明美」


 私の方は見ずに明美も校長と同様にモニターの方を見た。

 それを聞いていた校長が耐えきれずに笑い出す。


「ふっふっふ。はーっはっはっは! こいつはいい娯楽だ! この町いちばんの娯楽だよ!」


 そう言って校長はこちらを向く。


「信じていたものに裏切られたときの人間の顔ほど面白いものはないよな!」


「……ふふふ」


 校長と一緒にーーウミも笑い出す。

 全員がウミの方を見ていた。不審に思った校長がウミに尋ねる。


「……なにがおかしい?」

「あなたの言う通りだなと思って。暗子ちゃん、今ひどい顔してるなーって」

「……え?」

「ほら暗子ちゃん、もっと私に顔を見せてよ。その情けない顔を」


 そう言ってウミは私の顔を両手で押さえた。

 そして私の顔を見て大きく笑う。


 その様子を見ていた校長もまた笑い出した。


「はっはっは。何だ何だ? 仲間割れか? やっぱりこいつらには心なんてものがないんだと改めて認識するよ!」

「そうね、ふふふ」


 私は今、ひどい顔をしていることだろう。

 信じていた明美に裏切られて、仲間だと思ってた人間に蔑まれ。


 人生なんてこんなものーー。


「ーー大丈夫。明美ちゃんを信じて」


「…………え?」


 ウミが私だけに聞こえるように静かにそう言った。


 その瞬間、巨大な破壊音が私の耳をつんざいた。


「!?」


 何だ? 何が起きている?


「どうした!?」


 そう言って全員が音の鳴る方を見た。

 そこに立っていたのは明美。


 明美が鉄の力ですべてのモニターを木っ端微塵に壊していた。


 校長が全力で明美を怒鳴る。


「なにをやってるんだきさまぁ!!!」

「なにって? 私たちの目的ははじめから一緒よ。この町の破壊ただそれだけ」


 そう言ったのを聞いてウミは私を笑顔で見た。


「ほら、明美ちゃんが私たちに嘘を言ってたことなんて一度もないんだから」





 ガラスの中に五人の人間がいた。

 ひとりの少女が他の四人に話を始める。


「ねえ、話があるんだけどいい? 静かに聞いてくれるかしら?」


 その少女が言うと、他の四人は大人しくその少女の言うことを聞いた。


「絶対にこの実験をやめさせて私たちは外に出て行く。でも今からあなたたちは記憶も心もなくしてしまうの。それは私にはどうやっても防ぎようがない。だからひとつだけ、絶対にこれだけは忘れないように、心の中に残るように強く唱え続けてほしいことがあるの」


 四人はその少女の言うことを固唾を飲んで見守っていた。


「お願い。何があっても私を信じて。絶対に私がこの実験を終わらせて皆を自由な外の世界に連れ出してあげるから。だからお願い。私を信じて」


 その後、四人の人間は記憶と心を失い、一人の少女は心だけ失った。


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