事故には気をつけて 5
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とにかく遠くへ走れ。あの踏切だけは、踏切にだけは近づいちゃいけない。
どんな能力かはわからないけど、死んでしまう。
そもそもおかしな話だ。電車に轢かれるなんてことそうそうあるものか? 踏切の中が危険だってことは誰にでもわかる。
それなのに、一般の人間がわざわざ踏切の中で電車に轢かれるのを待つのか?
もしかして操られていたんじゃないか?
ソラに操られた人間をただ殺しているだけで、実はトキは別の能力を隠しているんじゃないのか?
考えろ考えろ、足を動かしつつも考えろ。
どうすれば逃げられる?あいつのーートキの能力は何なんだ?
仮にソラがこの件に関与していないとして、トキの能力であの踏切事故を起こしていると仮定したらトキの能力はどんな能力だと考えられる?
いや、そんなこと考えてもムダだ。能力がわかったところで対処法がない。
ソラみたいに人を操る力なら防ぐ方法なんて存在しない。
今はとにかく逃げろ。
トキが見えなくなるぐらいまで遠くに。
能力があったとしても相手は子供だ。中学生の私が、しかも身軽な私が走ればランドセルを背負った小学生に脚力で負けるわけがない。
ただ問題はスタミナだ。いつまでも逃げられるわけではない。
私は体力に自信があるのだ。悪い方に。
横断歩道に止められたので後ろを振り返る。
よし、もうトキの姿は見えない。
ひとまずは助かった。
青信号になって足を踏み出す。踏み出そうとした。
だけど足が動かない。意外と本気で走っていたようだ。
歩くことすらままならない。少し足を止める。
そして青が点滅したあたりで今度こそ足を踏み出す。
踏み出そうとした。
だけど足がまったく進まない。いや、信号の点滅が急に遅くなった……?
なにが起こっているのか私にはさっぱりわからない。
とにかく私は足を踏み出している。踏み出しているはずなのに、踏み出せない。
「!!!」
前方を見ると、横断歩道の向かい側にトキがいた。
「お主、口ほどにも無いのお。鈍いというかなんというか……」
ガッカリじゃ、と小さく言う。
反論したいけど、何も喋ることができない。
「今、お主の頭の中には、そうじゃなあ……四つの疑問が湧いていることじゃろう。それをひとつずつ解説していってやろう。ちなみに何も反応せんでええからの? どうせろくに喋れやせんのじゃから」
「……!」
「一つ。なぜワシがここにいるのか? 自分よりだいぶ後ろにいたはずの人間がなぜ自分より前方にいるのか?」
「…………」
「二つ。なぜ足が動かないのか? もう信号を渡ろうとして一歩踏み出したはずなのになぜ何も動かすことができないのか?」
「…………」
「三つ。なぜ急に歩行者用の信号の点滅が遅くなったのか? なぜ周りの車もそれに対する反応がないのか?」
「…………」
「四つ。ワシの能力は何なのか? 今、自分に何が起こっているのか?」
「…………」
「実はこの四つはすべて一つワシが教えてやるだけですべて解決するんじゃ」
身体が動かない。いや、トキの話す声が、動きがあまりにも早すぎるのか?
「ワシはーー時間を操作できるんじゃ」
「!?」
「特別大サービスじゃよ。三途の川への手土産じゃ。ありがたく受け取っておけ。ワシは時間を操ることができる。
時間を操作しておるからワシはお主に追いついた。
時間を操作しておるからお主の足は動かない。
時間を操作しておるから信号も車も遅くなる。
これがワシの能力じゃ。理解できたか?」
理解はできた。だから思う。
こんなやつに歯向かったのがアホだった。
こんなのーー神そのものじゃないか。
「じゃがこの能力には制限があるんじゃよ。これもサービスで教えてやろう。ワシはけっこうお喋りなんじゃ。それはーー対象がひとつだけなことなんじゃ」
「…………」
「お主を止めようと思ったら他の対象の時間は遅くできないんじゃ」
そういえば私がはじめに目撃した踏切の事故も、ニュースで知った二つ目の事件も、ちらっと見た三つ目の事件も被害者は一人だけだった。
でも、それなら今の状況は?
「ん? ああ、お主がわからないことを教えてやろう。それは今の状況じゃ。対象が一つだけならお主以外のもの、具体的には車や信号が遅くなっている理由がわからないということじゃな。その疑問は至極真っ当じゃ」
「…………」
「じゃから対象をもうちょい大きくしたんじゃよ」
「…………」
「この葦花町すべての時間を遅くしたんじゃ」
「……!!!」
「まあワシはどこでも自由に動けるんじゃがな。……じゃから信号も車もーーそしてお主もほとんど動けないというわけじゃ。納得いったかのお?」
そういうことか。合点がいった。
だけどもう合点がいったところでもうどうしようもない。
今まで、電車に轢かれた人たちがどうやって死んでいったのかもわかった。
そしてこれから私がどうやって死んでいくのかも。
もう遅い。私の一番の失敗は踏切で事故が起こるという先入観だ。今までの事故はすべて踏切で起きたものだった。
だから私は踏切には注意をしていた。
トキの言葉を思い出す。私が事故に遭わなければ私の勝ち。
一度も踏切での事故とは言わなかった。
事故が起きる可能性のある場所にはよく注意をするべきだった。
例えば横断歩道のような。
だけどそんな後悔も意味がない。
死際には走馬灯が見えるというけれど、私が見たのは入学式での明美との出会いのことだった。あの入学式を思い出す。
あの入学式で明美と出会っていなければ私はどんな人生を歩んでいたのだろう?
そんなたらればにはまったく意味がないことを私は知っている。
「さよなら」
トキのそんな声と共に時間が再び動き出す。
だけど動き出したのはトラックだけ。私は歩道で動けないままだ。
時間操作の対象を葦花町から私だけに変えたんだ。
トラックは何の躊躇もなくスピードを上げていく。そりゃそうだ。横断歩道には誰もいないんだから。でも私は時を遅くされているだけでもう一歩を踏み出してしまっている。
私の前をトラックが通る直前に、私の時間は元に戻る。
私の身体はスピードの上がったトラックの目の前に飛び出る。
「!!!」
なにか声が聞こえた気がしたけど私にはそれを聞き取ることができない。
次の瞬間、私はーー鉄のような固い何かに包まれて、そしてそのままトラックに轢かれた。
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これは私が知らない話。
「明美さん、よっす」
「……なによ、その挨拶は」
「最近ワタシの中で流行りの挨拶です」
「知らないわよ。早く帰りなさい。私は今、機嫌が悪いの」
「暗子さんのことですか?」
「!? あなたなにか知ってるの!?」
「いーえ、ワタシは何も知りませんよ。トキと暗子さんが命を賭けた勝負をしていることなんてワタシはまったく知りません」
「!?」
明美は立ち上がり荷物をまとめはじめる。
「どうするつもりですか?」
「助けるのよ。決まってるじゃない」
「言っちゃなんですが、なんでそこまでアナタはあの根暗少女にご執心なのか理解に苦しみますね。あの根暗少女がアナタにそれは凄く凄くご執心な理由はわかりますけど」
「…………」
「ワタシたちは特別なんですよ? ワタシたちには力がある。なのにどうしてあんな無能力者なんかと一緒に……」
明美は行きかけた足を止めて、ソラに言う。
「良いことを教えてあげるわ」
「なんですか? スーパーの特売の情報?」
「明美は無能力者なんて、そんなことはないわ。彼女には力がちゃんとある。だってあの子といるだけで、私元気になれるもの」
「……他人のノロケのどこが良いことなんですかね?」
「それともうひとつ。たぶん私の方があの子に執心してるのかも」
私は、あの子がいないと生きていけないもの。
そう言い残して明美は教室を出て行った。
残されたソラはひとり呟く。
「これは……、ウミとリクにも相談しないといけませんね……」
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「明美、命は大丈夫みたい。明美の鉄の力はすごいね。トラックにも負けてない」
「……………………」
「明美、私轢かれる直前に入学式のこと思い出したよ。明美と会ったときのこと。あのとき色々あったもんね」
「……………………」
「明美、私あなたに謝りたいこととかさ、隠していたことを話したりしたいんだよ。だからさ、お願いだからーー目を覚まして」
「……………………」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
作者の女川るいです。
次回は明美と暗子の出会いの物語になります。
お付き合いください。
評価など頂けますと励みになります。
これからもノミと強心臓をよろしくお願いします。




