事故には気をつけて 4
10
「なーに、ルールは簡単じゃ。一日、お主が事故に遭わなければお主の勝ちじゃ。どうじゃ?」
「事故に遭わなければ、ってそれ私が死んだら負けって言ってるようなものだけど。それって勝負とかじゃなくて人生かかってるんだけど?」
「まあそういうことじゃな」
相変わらずこいつらはムチャクチャなことばかり言う。
「もし私が事故に遭わなかったらあんたはどうするのよ?」
「ワシか? なぜワシが何かをせねばいかんのじゃ?」
「……勝負って何か知ってる?」
「勝てると信じて止まないものが、負けるであろう人間にふっかける理不尽な賭けのことじゃろう?」
「……おもしろいじゃん」
その安い挑発に乗ってあげよう。
「ただ条件はつけさせてもらう」
「条件によるのお」
「もし私が一日事故に遭わなければあなたたちの目的を話してもらうわ」
「……ほお」
赤いランドセルを背負った少年は親指と人差し指で自らの顎を触る。
「それはもうソラから聞いておるのではないか? 明美を取り戻すことじゃと」
「違うよ。そのあとの話を私はしているの」
私はまっすぐトキの方を見て言う。
「あなたたちは明美を連れ戻したあと、いったい何をするつもりなの?」
「……それはお主には教えられんなあ」
トキは、あのときの明美と同じ笑みを浮かべながら言う。
「じゃが、いい質問じゃ。お主が勝負に勝った暁には教えてやろう」
「ならいいよ。それじゃあ私は買い出しの途中だからーー」
「待て待て! 勝負というからにはルールをはっきりさせねばならんじゃろ!」
私が歩いて行こうとすると、トキは私を声で引き止める。
「ルール? 私が事故に遭ったらそれでおしまいじゃないの?」
「そんなもの家から出なければ何も問題がないではないか。それにお主が明美とずっと一緒に居れば事故に遭わせることはできん」
そんな負ける勝負はワシはせん。と呆れながら言う。
「家の外に出る時間は最低一時間以上、かつ必ず一人で行動すること。ワシから提案するのはルールはこれだけ。どうじゃ?」
「いいよ、別に」
「えらく、あっさりじゃのお? 自分の命がかかっておると言うのに」
「私は、明美が生きている限り死なないよ」
ほお、とトキが息を漏らす。
「明美はお主が死んでも何も困らんと思うがのお」
「余計なお世話よ」
私からもひとつトキにルールを提案する。
「明美を狙うのはやめてね。明美が事故に遭いそうになったら私は命をかけてでもそれを守る。それに期待して明美を事故に遭わせる、そんなのはやめてね」
「わかっておる。……お主、明美を相当好いておるのじゃな」
そう言われると照れる。
「じゃあそれでいいわね。私は一時間外にいて、事故に遭わなければいいのね?」
「ああ、それでよい」
「わかったわ。勝負は明日でいいね?」
「よかろう」
「じゃあそれで」
そう言って私は買い出しへ向かう。
明日は学校を休もう。明美を巻き込みたくはない。
これは私の戦いなんだ。
「…………あの暗子とかいう女子、気が弱いとはワシは思わんがな。むしろ……? いや、明美が関わっておるからなのかのお。何にせよ明日が楽しみじゃ」
11
次の日の朝、私は明美に嘘をついた。
「お腹が痛いのならしょうがないわね……。今日は私がついていてあげるから学校は休んでゆっくり寝ていたらどうかしら?」
「いやいや!大丈夫大丈夫! 私は全然大丈夫だから明美は学校に行きなよ!」
「全然大丈夫なら学校に行きなさいよ……」
という私の演劇部顔負けの演技を見せて、明美を学校に行かせることに成功した。
いやほんと。
「さて……」
考えなければいけないことはいくつもある。
その最たるものが、どうすれば事故に遭わずにいられるかだ。
これに関しては最良の選択肢があった。
私があの踏切に行かなければいい。ただそれだけだ。
そしてもうひとつ。トキに出会わないようにすることだ。
私があの踏切で事故を目撃したとき、トキに出会った。
わからない。わからないけれど、トキがそばにいるときにしか、トキの能力は使えないのではないかと思う。
だからトキに出会ったら全力で逃げる。
それを心に誓って私は外に出る。
できるだけ、私が私とバレないように帽子を被り、マスクをして外に出る。
時刻は午前十時。十一時まで事故に遭わずに生き延びる。
「……いちおう、踏切の様子を見に行くか」
そう思い、私は踏切の方向に向かう。
もしかしたらトキがいるかもしれない。
こちらが逆にトキを監視していた方が安心だ。
どこにいるかわからない相手から逃げるより、どこにいるかわかっている人間から逃げる方が楽だ。
どんな力がトキにあるのかは皆目見当がつかないが、踏切を渡ろうとしなければ事故に遭うことはない……はずだ。
そう思って踏切が見える位置あたりに足を進めると発見する。
赤いランドセルを背負った少年ーートキだ。
こちらはトキの背中側なのでバレることはあるまい。
そう思っていると、電車が踏切を通過しようとして踏切のバーが降りてくる。
「!?」
よく見たら、一人の人間が線路の中にいる。
ここからではそれが男なのか女なのかは判別できないが。
そしてそのまま電車がその人間にぶつかって派手に音をあげた。
「どういう力だよ、まったく……」
呆れながらも、念のため身を隠しながらトキを監視しているとーー。
こっちをーー見た。
「!?」
やばい。バレたか? 嘘だろ? なんでこの距離で私が判別できる?
私は身を隠して目だけでそちらを見ていただけなのに。
そしてトキがゆっくりとこちらに向けて歩みを進めてくる。
「作戦変更だ……!」
遠くまで逃げよう。私の考えが甘かった。
とにかく遠くまで。
午前十時五分の出来事である。




