未成年とたばこ 2
2
「……えぇ?」
驚きの声が思わず漏れる。
だけど私たちはこんなことを何度も何度も繰り返してきたのだ。
だからこれは明美が犯人捜しをしようと言ったことについての嘆きではなかった。
「明美はこのクラスのなかにたばこを吸ってる人がいるって言うの?」
「ええ、そうよ」
「私たちまだ中学生なんだよ?」
私も明美も葦花中学校の一年四組の生徒である。
果たして中学生が学内の、それも教室でたばこを吸うのだろうか?
「たぶん先生が吸ってたたばこの吸い殻が落ちただけじゃない? ほら最近はポケット灰皿とかもあるみたいだし。きっとどこかの喫煙所で吸った吸い殻が落ちただけだよ」
「えらく反対するのね、犯人捜しに」
いやな予感がする。
明美が目を輝かせながら私に言う。
「もしかしてあなたが犯人なのかしら?」
予感は的中した。
だがそんなわけがない。
私がそんな人間だと明美は思っているのだろうか?
「そんなわけないじゃない」
「そう。ならあなたはその犯人を知っていてその人をかばっているだけなのかしら?」
まだ追及は続く。
だがそんなわけがない。
そもそも私が明美に隠しごとなんてするわけがないのだ。
「そんなわけないでしょ」
「本当かしら。怪しいわね」
そう言う明美の目はいつも以上に輝いていた。
いつもこうだ。
だけどそんな明美のことが、私は嫌いじゃない。
「よく考えてみなよ。中学生が何の得もないのにたばこなんて吸うわけないでしょう? それにたばこを吸う中学生なんてろくなやつじゃないじゃない?」
「それはそうね。たばこなんて百害あって一利なしなんだから」
「そんなやつがわざわざポケット灰皿なんて持ち歩く? ふつうはそこらへんにぽーいでしょ」
「たばこのポイ捨てはしちゃだめよ」
ん? なんかおかしくないですか?
気にせず話を続ける。
「もしそんなやつがいるのならそいつのことは真面目ヤンキーって呼んでやるよ」
「それに何の意味があるのかしら……?」
明美のツッコミはレアである。
だから今の私は大満足。
「とにかく今はこのクラスに犯人がいるものとして考えましょう!」
推定無罪の原則があるこの国でとんでもないことを言うやつがいたもんだ。
チャイムが鳴る。先生が教室に入ってくる。
「だから今から放課後までの間に、あなたはその犯人を捜し出す方法を考えてね」
「えっ」
自分の席に戻りながら、とんでもない無理難題を押し付けられる。
やれやれ。ここからは私の腕の見せどころだ。
明美に良いところを見せる!
3
「思いつきませんでしたぁ!!!」
掃除の時間に明美に勢いよく頭を下げる。
期待されていたのに申し訳ない。
「あら、そう?」
「うん! ごめん。」
「仕方ないわね。どうしようかしら」
箒で身体を支えながら悩む仕草をする明美。
くそ。なんで私は明美の役に立てないんだ。
「そのたばこから指紋でも検出できればいいんだけど。当然私たちにそんな技術はないし」
「もしそんなことができたとしても、そんなことはしないわ」
「ああ、そうだね。今指紋を調べられたら明美が犯人にされちゃう」
そうなったら面倒そうだ。
言い訳しても警察の人たちが話をまともに聞いてくれるか。
いや、指紋の検出とかは検察の仕事なのかな。よくわかんないけど。
「なんで私がもう逮捕されてるみたいになってるのよ……」
しまった。心の声が漏れていたか。
明美は箒で地面を掃除する仕草だけを見せながら、私に反論する。
「私がそんなことをしないと言ったのは私が捕まるからじゃないわよ」
「じゃあどうして?」
「そんなことをしても面白くないからに決まってるじゃない?」
4
「ひとまず作戦は休止ね。あなたがなにか思いつくまで待ちましょう」
「助かる。すぐに思いつくから」
少なくとも今週中には手立てを考えたい。
そう考えていると明美からとんでもない提案が届いた。
「そうね、今日の放課後までは待ってあげるわ」
「え?」
それって待ってくれるに入るの?
そんな私の不満は明美には届かないし、届けようとも思わない。
私は明美の役に立たなければならないのだ。
「……わかった。なんとかしてみる」
「頼んだわよ」
掃除はいつの間にか終わっていた。
掃除用具を掃除用具入れにしまい、自分たちの席に戻る。
明美の席は一番前の席、私の席は一番後ろだ。本当は隣か前後の席が良かった。
でも授業中に堂々と話をすることはしないので、別に不満はない。
「さて、どうしようか……」
独り呟く。
とは言っても犯人を見つける方法なんてそうそうない。
今から全員の手荷物検査をするわけにもいかないし。
いや、まてよ。
手荷物検査を行わざるを得ない状況を作ればいいんじゃないか?
例えばうちのクラスの生徒のバッグのなかに爆弾を仕掛けたと電話をかけるとか……。
そんなことを考えているうちに先生が教室に入ってくる。
ちくしょう、もう時間がない。
帰りの会が始まってしまう。
先生の口が開く。
しかしその一言目は予想もしない一言であった。
「えー、掃除の時間中に、うちのクラスの床にたばこが落ちていた」
「!」
クラスが一気にざわつきだす。
別のたばこが落ちていたのだろうか。
そう思って明美の方を見ると、明美はスカートのポケットの中をひっくり返していた。
そしてこちらを向いた明美は明らかに青い顔をしていたのだった。
明美の口が動く。声は聞こえないけれど、口の動きで言いたいことはわかる。
「お・と・し・た」
明美の口は明らかにそう動いていた。
そして先生が次に言った言葉は、明美へと追い打ちをかけるものだった。
「いいか、未成年の喫煙は犯罪だ。これは警察に届けて指紋を調べてもらう」