未成年とたばこ 1
「これまでも、そしてこれからも愛していくよ」
「嬉しい。私も愛してる」
二人は海辺の中で見つめあって佇む。
それはまるでそこが二人だけの世界であるかのようで。
だけど夕陽だけが二人の姿を見ていたのだった。
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「かっこよさが足りないわ」
明美は数学の授業が終わるとすぐに、私の席にやってきてそう言い放った。
私はもちろん明美が何を言っているのかはわからないので、とりあえずそうだねと返す。
「ラストシーンは確かに感動的ではあったけれど、ただそれだけでなにも残らなかったわ。ただ良いお話だったわね、ってそれだけ。あれだけの長い話であるならもっと素晴らしいエンドにすべきだわ」
明美がそこまで言って、ようやく私はそれが今クラスでも話題のドラマの話だと気づく。
私はドラマやアニメなどにはあまり興味がない。そもそもテレビを見ること自体が少ないのだ。
だけどそんな私でも知っているくらいにはそのドラマは有名だった。見てはいないけど。
「確か、若手俳優が主演なんだっけ?」
「そうそう。最近売り出し中の俳優らしいのだけれどね」
うーん。と首をかしげるポーズをとる明美。
かわいい。ずっとそうしていれば人形のようなのに。
ずっとそうしていたら動かないので、人形なのは当たり前だけど。
「なにかが足りないのよね。かっこよさは申し分ないのだけれどね……」
「もしかしてその俳優さんって、明美のタイプなの?」
「いや? 別に」
『いや、別に』じゃないが。
じゃあこの話に意味はあるの? わざわざ貴重な十分休憩を無駄にして、三限と四限の間の大切な時間を無駄にする価値はある話なの?
とは明美には言わない。
明美はそういうことを本心からしてしまうからだ。
そして別にこの時間が私は嫌いではないのだ。
「あなたはその俳優に何が足りないと思う?」
「そう言われても。私はそのドラマを見たこともないし、その俳優さんの顔も見たことないからなあ」
「ちょっと待って」
そう言って明美はポケットからスマートフォンを取り出し、検索を始める。
もちろん、うちの中学校は携帯の持ち込みは禁止である。
明美はスマートフォンをしばらく操作した後に、一枚の画像を私に見せてきた。
「これよ」
そう言って見せられた画像にはひとりの男性の写真が写っていた。
そこに写っていたのは確かに整った顔の男性だった。私のタイプでは決してないけど。
「かっこいいんじゃない? 整った顔立ちをしてる」
「でも惜しいのよね。何が足りないと思う?」
「……うーん」
そう言われても人に対して何かが足りないと思ったことがないからわからない。そもそも人を見るときに、惜しいと感じることがあまりないのだ。その感覚が私にはわからない。
「あ、わかったわ!」
明美は急に右手を握り、左の手のひらに打ち付ける。
なにか閃いたようだった。わかりやすい。
「なにが?」
「彼に足りないものよ! 彼にはこれが足りないのよ!」
そう言ってしゃがみこみ明美はそれを手に持った。
そしてそれを吸うような仕草を私に見せる。
明美が持っていたそれは。
「こんな感じでこれを手に持ってやってほしいわよね。こう、スパーっと」
「あーなるほど、たばこねえ。確かに渋さが出るのかも」
「そうね。大人っぽさが足りないのかもしれないわね。今のままでは子供が背伸びしている感じが出てしまっているのかもしれないわ」
「それこそ、たばこなんて吸ってたらより背伸びしてる感が出ちゃうんじゃないの?」
「……あ! それもそうかもしれないわね!」
まったく抜けてるんだから。明美は。
そういうところも嫌いじゃないけど。
……ん?
「え? ……それどうしたの?」
「ん? あなたも見てたわよね? 拾ったのよ。いまここで」
「ここって?」
「葦花中学校の一年四組の教室の床よ。わかってるでしょ?」
えええ!? なんでなんで!?
なんで普通の中学校の教室にたばこが落ちてるの!?
大きな声を出すわけにもいかず、ひそひそ声でそれを明美に伝えると。
「あら。それもそうね」
と平凡な答えが返ってきた。
いや、もっと驚くところじゃないの!?
そう言うと明美は目を輝かせながら言うのだ。
「そうかもしれないわね。中学生の教室にたばこが落ちている。学校内は全面禁煙で先生たちも誰ひとり学校でたばこを吸う人はいない。ということは、わかってるわよね?」
「……なにが?」
ああ。もう聞かなくてもわかってるのに。
このあとに続く言葉を。
「私たち二人で犯人を捜すわよ!!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
はじめまして。女川 るいと申します。
これから平日の朝7時に投稿をしていきます。
このノミと強心臓では、気楽に女子二人の日常を楽しんでいただければ幸いです。