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間の図書館  作者: タン塩
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偉人(ぽいやつ)来館

 不本意ながら俺が間の図書館で働き始めて三日が経過した。初めはうだうだと文句を言っていたが、これも一つの経験だとふんぎりを付け、研修を始める。

 最初のうちは基本的な所を教えられた。掃除の仕方や本の整理の仕方だ。返却された本を汚れや折れてないかなんかをチェックして元の棚に戻す。やることは単純なのだがとにかく図書館内が広すぎる。始めて此処に来た時に見たのは一部だったようで、聞けばどの階も本棚だらけらしい。そのせいで数冊を片付けるのに二時間ほど駆けずり回るはめになった。

 次に教えられたのは貸出返却に関してだった。一度に貸りれるのは五冊まで。貸りれる期間は1ヶ月。ファンタジーな図書館のくせに貸出の方法はまさかのバーコード読み取り式。現代図書館で主流とはいえまさかこんなところまで普及しているとは……。

 他にも細々と教わったが、ほとんどは一般的な図書館を変わりがない。

 そして三日間いてあることに気付いた。

 一つ目がアインの事だ。

 あの人は俗にいう無表情キャラだ。

 最初の内は初対面だから警戒しているのかと思っていたが、この三日間一度たりとも表情というものを作っていない。最初の内は俺嫌われてんのかな、と思って空気が気まずかった。

 言ってなかったがアインはかなり美人だ。腰まである長く真っ直ぐな黒髪にそれに対比するような白い肌。キリリとした群青色の瞳、横一文字に結ばれているが綺麗な唇。そんな美人と事務的な会話は有るものの基本的に無言のこの三日間っ!正直いって精神的にかなりクるものがある

 二つ目が今現在直面していることだ。


 「…………………誰も来ない」


 そう誰も客が来ないのだ。家の近所の市営図書館の方がよっぽど繁盛している。とはいっても此処があるのは次元の間。そりゃそんなところに来るものなどそうそう居ないだろう。

 アインは他の仕事で席を外している。その為紙折(しおり)はやることもなくカウンターに突っ伏して暇をもて余していた。

 その時入館を知らせるベルが高く澄んだ音を鳴らした。

 突然だが間の図書館への入館方法は主に三つある。

 一つ目は紙折がされたような召喚方式。しかしこれはかなり特殊で、従業員を緊急召集する場合などを除いてほとんど使用されない方法である。

 次が次元の歪みや神隠しなどで偶々此処に流れ着いた場合。これは数ヵ月に一度程度と多くはない。

 最後が最もポピュラーな入館者本人が魔法、又は科学等の技術を駆使して転移してくる方法だ。元々こんな図書館を知っている変人・奇人集団だ。皆何かしらの能力を持っている為、これが最も簡単な方法となってしまっている。

 今回の来館者も三つ目の方法で来たようだ。

 カウンターの近くの床に知らぬ間に魔方陣らしきものが浮かび上がっていてそこには無精髭を生やした中年の男が立っていた。眠そうな目と頭に寝癖を乗せている。服装は赤と黄のジャージにつっかけ、これだけ見ると近所のおっさんという風体だが、腰から伸びた赤鞘の刀が違和感を生み出している。

 欠伸をしていたおっさんはこちらの存在に気付いたようで

 

 「ふあぁ~おはよー、ってアインちゃんじゃないな。あんたダレ?」


 ちなみに現在一時過ぎである。全くおはようの時間ではない。


 「新しく入った本野紙折です。」

 「あーあー!新しく採るって言ってたの子かぁ!俺信長っつうの。」

 「はい、じゃあ信長さん返却の本を貰いますね。返却される本は――」

 

 週間織田信長

 信○の野望攻略本

 織田信奈の野○四巻

 ドリ○ターズ二巻の四冊だった。


 「織田信長好きなんですね。やっぱり名前が同じだから親近感有るんですか?」

 「ぬふふ、それ聞いちゃう?聞いちゃう?」

 

 何なんだこの反応は。別に変なことは聞いてないと思うんだが。すると突然信長はカウンターに身を乗せ


 「聞いて驚け!俺こそが日本偉人界のトップにしてスター!戦国時代の天下人(に成りかけた)!第六天魔王 織田信長だっ!」

 「………………そうですね」


 可哀想に。彼は脳がもう駄目になっているようだ。自分を織田信長だと思いこんでいる精神異常者となってしまっている。こうなってはもうどうしようもない。


 「可哀想なものを見るような目で見るな!ほんとだって!」


 紙折は手元の攻略本の表紙に描かれている信長と目の前の信長を交互に見比べてみる。そして


 「くっ、可哀想に!」

 「いやだから本物だって!涙を浮かべて可哀想とか言わないで!」


 どこをどう見てもあの織田信長には見えない。信長がジャージ着てるとかお前は聖徳太子か!、とツッコミたい。だいたい信長は1582年に起きた本能寺の変で死んだとされている。確かに遺体は発見されていないが、2019年の現代にいるわけがない。

 そんな違う違くないの押し問答をしていると仕事が終わったようでアインがカウンターの奥から出てくる。アインは紙折達から話を聞くと

 

 「はい、そちらの方は一応本物の織田信長さんです。」

 「でも本能寺の変で死んだはずじゃ…それに400年以上前の人物なのに何で生きてるんですか?」

 「話せば長くなりますけど…」




 話をまとめてみると信長は若い頃偶発的にも神隠しに遭いこの図書館へきたらしい。普通の人はそこですぐ返してもらうのがだが、信長はこの図書館に興味を持ち、数ヶ月ここに泊まりこみ、有りとあらゆる書物を読み漁ってから帰ったのだという。本能寺もそれのお陰でなんとか生き残れたのだが、その代わり天下を取られたショックで引きこもり、気が付くと数百年経っていた、と

 

 「いや、なんでだよ!というか説明になってないわ!」

 「いやー、光秀のハゲが裏切るのはなんとなく理解できなくは無いけどまさかのサルが天下取るのは理解出来んわ。当時メッチャ病んだからなー。数百年引きこもるのもしょうがないな、うんうん」

 「当時の信長さんの落ち込み様は相当なものでした。グールのような表情でそこら辺を歩き回っているので他の入館者の方からキモいと苦情が入っていたのを覚えています」

 

 うわぁありありと想像できる。

 広く静かな図書館の中をブツブツと何を言っているのか分からない独り言を漏らしながらも焦点の合わぬ目、おぼつかない足取りでゆっくりと歩いている落武者。

 暗いところで出会ったら俺なら間違いなく悲鳴を挙げている。

 しっかし、信長といえば日本史の雄、誰もが知っている偉人だ。それがこんな変なおっさんだったとは……なんかショックだ。




 「―――でさー、金ヶ崎の時なんかマジでヤバかったんだけど俺の機転のお陰でなんとか生き残れたって訳だ。他にも――」


 紙折にぞんざいに扱われた信長はとにかく自らの威光を示そうとカウンターに身を乗り出して武勇伝を語り続けていた。これがとにかく長い。最初の内はリアルな戦国時代の裏話ってことで聞いていたのだが、二時間程聞いていてもいっこうに終わらない。

 最初は隣で書類を書いていたアインもそれを終え、いつの間にか読書に耽っている。何を読んでいるのかタイトルを見てみると『(スーパー)になりたい人向け!!戦闘力を高める十の方法』と髪が逆立った金髪の青年と共に表紙に描かれていた。……誰向けの雑誌だよ。

 

 「じゃあ今から凄いことするからなー、見てろよ見てろよー」

 

 聞き流している内に信長は実力を見せようと思ったらしい。何をするのかと思えば、信長は腰を落とし刀に右手を掛ける。どうやら居合いを披露するようだ。その時、信長の雰囲気が変わった。先ほどまでのボケッとした空気は完全に消え、そこにいるだけで呼吸が荒くなってくるような重圧が辺りに作られる。近付きたくない。近づけば確実に命が無くなると思わせられるものが信長からは発せられていた。信長の体は身じろぎもしていないというのに重圧は段々と強くなっているように感じさせられる。紙折の心臓はアラームのように高鳴り、額には汗が浮かぶ。緊張がピークに達したと感じると突然重圧は小さくなっていき、信長は姿勢を元に戻した。


 「何で途中で止めるんです?」

 「いんにゃ、もう終わってるよ」

 

 その言葉を受け、カウンターを見回すと、置かれていた紙が二つに割かれていた。カウンターの表面を撫でるも傷ひとつない。置かれている紙をその下には一切傷を付けずに切ったのか。しかも切った動きの一切を目で追うことが出来なかった。凄まじい速度と剣の冴えだ。

 紙折が素直に称賛しようとしたところであることに気が付いた。信長が切ったのは何だったのかを。

 信長が切ったのってもしかして


 「アインの書いた書類…」


 信長は一週間の出禁となった。

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