【第23話:帰るべき場所】
「ふぅ。上手くいってよかった。それじゃぁ鬼蜘蛛! アーマーボアを刈り取るよ!」
僕は鬼蜘蛛に指示を出すと、自身もその後ろを追うように駆け出します。
アーマーボアに引けを取らない巨躯の鬼蜘蛛ですが、その動きは不気味なほど滑らかで機敏でした。
横倒しになっていたアーマーボアが慌てて立ち上がり、迫る鬼蜘蛛に鋭い牙を立てようと下顎を突き出しますが、難なく躱して攻撃をしかけます。
「ボァァァ!」
唸り声をあげて鬼蜘蛛を迎え撃ったアーマーボアですが、そのスピードには全くついていけなかったようです。
鬼蜘蛛はアーマーボアの側方に回り込むと、前足の一本を振り上げ、いとも簡単にその鋭い先端を頭に突き刺したのでした。
その姿はまるで洗練された武闘家の動きのようで、アーマーボアに断末魔の叫びをあげる暇さえ与えずに絶命させてしまいました。
「僕の出番はなかったな。それにしても、あの硬い外皮をまるで意に介さないとは。これは思った以上に頼りになるな~」
ちょっと嬉しい誤算ですね。
街で管理している戦闘用ゴーレムが2m半ほどあって大きさは近いのですが、20式鬼蜘蛛機甲の方が段違いに強そうです。
戦闘用ゴーレム一体では、恐らくアーマーボアには歯が立たないでしょうからね。
「……って、ちょっと考えてるうちに残りのアーマーボアを倒してるし……」
最初に駆けつけてきた2匹のアーマーボアが、1匹目の焼き直しのように頭を貫かれて絶命し、残りの1匹は鬼蜘蛛が吐き出した鉄の糸で全身を貫かれて倒されていました。
無数の鉄の糸を放射状に吐き出すその様子は、差し詰め鉄糸のブレスといった所でしょうか。
「まぁとにかく、かなり強いっていうのはわかったし、殲滅は鬼蜘蛛に任せて僕は索敵と指示に集中しようかな」
僕は鬼蜘蛛の背に飛び乗ると、第二の視界に意識を移し、街に侵入してしまった魔物の位置を割り出していきます。
ただ、そのままの視界だと家屋を破壊して屋内に侵入してしまった魔物や、建物の影に隠れるような小型の魔物を見落としそうなので、衛星射撃の表示を熱源探知に切り替えておきます。
「これなら一匹残らず見つけられそうだ」
ついでに射線が通っている10匹ほどの魔物を全部ロックオンして、衛星射撃で手っ取り早く倒しておきましょう。
空に光の軌跡を残し、小さく「ちゅどん!」って音が響いてあっという間に完了です。
「これで良しっと」
街に侵入している魔物はもう数えられるほどしか残っていません。
ですが、ふと視界の隅に映った城壁にとりつく一匹の魔物の大きさに目が止まり、少し驚きの声をあげてしまいました。
「あぁ……城壁がベヒモスに破られそうになってるよ……。完全に破壊されたらさすがに僕一人じゃ魔物の駆除は追い付かなくなりそう……」
今まさに城壁を破ろうとしている魔物は、「ベヒモス」という強力な魔物です。
その大きさは、体長30m、体高3mを超える超大型の魔物で、今にも城壁を完全に破壊して街に侵入して来そうです。
衛兵と守護者の人たちが駆けつけて何とか押しとどめていますが、時間の問題かもしれません。
城壁の一部は既に破壊されており、今侵入している魔物はこの隙間から入ってきているようです。
このまま城壁が完全に破壊されてしまうと、数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔物が押し寄せてくるでしょう。
「ちょっと急いだほうが良さそうだな」
外の魔物を殲滅するために向かったはずのゴーレム部隊を探してみますが、見つかったのはゴーレム達の残骸だけでした。
この街の守り神と言われている大型戦闘用ゴーレム『シグルス』は健在だけど、他のゴーレムは残念ながら全滅しているようですね。
街の守り神シグルスは孤軍奮闘しているのですが、多勢に無勢のようで防ぎきれていません。
僕は侵入した全ての魔物を倒すのは後回しにし、ベヒモスの元に向かう事を優先する事にしました。
でも、せめて途中で倒せる魔物だけでも倒していくことにしましょうか。
そうと決まれば即行動です。
衛星射撃を使って最適なルートを割り出すと、鬼蜘蛛に指示を出して街を駆け抜けていきます。
途中で近所のおじさんに会って驚かせちゃいましたが、急いでいるから許してくださいね。
~
5分もかからず辿り着いたその場所では、衛兵と守護者の人たちが劣勢に追い込まれ、戦線が今にも崩壊しそうな危機的な状況に陥っていました。
「もう一度だ!! 俺達が怪我人を救出するから隙を作れーー!!」
「任せろ!! 魔法の一斉掃射行くぞ!!」
「馬鹿やろー! 少し時間あけねぇともうほとんどの奴が魔力切れだ!」
「うわぁ!? ヘルハウンドだぁ!!!」
「に、逃げ、ぎゃぁ!!??」
「ダメだ! 一旦下がって立て直すぞ! って!? 馬鹿な! ヘビィラビットの群れだと!!」
「我々の魔銃で時間を稼ぐ! 第2ライフル小隊、狙いはヘビィラビットの群れ、撃てぇ!!」
「おい!! こっちのヘルハウンドも魔銃で喰いとめられねえのか!?」
「くそ!? サギットがヘルハウンドの群れにやられた!!」
あちこちからあがる怒号に悲鳴、中には断末魔と思われる叫び声まで、そこはまさに死の匂いが濃厚に漂う戦場そのものでした。
(でも、何故だろう……この胸のざわめきと高揚感は……)
僕の帰るべき場所は、みんなが待つマリアンナ孤児院です。
それなのに、なぜか「帰ってきた」と感じている自分がいて……。
それがどうしても許せなかった僕は、こんな感情は認められないと頭を振り、その感情を押さえ込みます。
そうして僕が、髪を振り乱して自らの黒い感情を押し殺していたその時でした。
「すべての生命活動を停止せよ! 『絶対零度』!」
聞き覚えのある声が戦場に響き渡ったかと思うと、ヘルハウンドの群れがまるごとその動きを止め、氷像と化したのでした。




