【第19話:第一ウェーブ】
僕たちは修練場を出ると、そのまま養成学校を後にし、足早に孤児院に向かっていました。
いつもより少し言葉数が少なく、どことなく雰囲気が重いですね……。
「何だか大変な事になっちゃったね。今日は登校初日で凄く楽しみにしてたのにな……」
「そうだね。でも、フォレンティーヌさんみたいな凄い人たちが何人もいるんだから、きっと大丈夫だよ。モンスターウェーブを乗り切ったらまた一緒に通えるから」
「そうよ。まぁでも、訓練はセリアが思っているよりずっと大変だと思うから、楽しいかどうかはわからないけどね」
「もう! 私だって頑張るんだから!」
そんな会話を続けていたおかげか、孤児院が見えて来るころには、少しいつもの調子が戻ってきた気がします。
城壁の側に建つ孤児院の姿はいつも通りで、大変な事が起こっているようには思えないですね。
そして、無事に孤児院の門の辺りまで戻って来ると、
「ダインお兄ちゃん!!」
窓からのぞいていたうちのちびっ子二人が扉を開けて飛び出してきました。
僕の腰に抱きついてきたのはいつものようにソニアですが、今日はリンスも怖いのか、駆け寄ってくると僕の服をギュッと握り締めています。
「二人ともただいま。大丈夫だった?」
うちの孤児院はマリアンナさんのお陰で設備が整っていて、警報が鳴ると守護結界が張られる装置が付いています。
修練場にあった保護結界と似たような仕組みで、保護結界と違うのは、内側ではなく外側に向けて結界を張るところでしょうか。
だからあまり心配はしていませんでしたが、それでもやはり二人の顔を見てホッとしました。
「ねぇソニア、マリアンナさんは出掛けちゃったの?」
セリアが僕からソニアを引き剥がしながら、そう尋ねると、
「いいえ。ちょうど今から出るところよ」
玄関からマリアンナさん本人が出てきました。
「お義母さん! やっぱり呼び出されたの……?」
やっぱりと言うのは、マリアンナさんがシグルス一の癒し手だから予想はしていたのでしょう。
普段は魔物の襲撃が終わってから治療に向かうのですが、今回は普通の襲撃ではなくモンスターウェーブなので、被害を見越して先に救護所に向かうようです。
「そうね。モンスターウェーブの時は間違いなく沢山怪我人が出るから。でも、あなた達が帰ってきてくれて良かったわ。セリア、ダイン、ローズ、ここをお願いね」
「お義母さんこそ気を付けて。セリアはともかく今はダインがいるから大丈夫よ」
「なによ! 私だって役にたつもん!」
ローズは何気にセリアを元気づけるのが上手いな。
さっきまで泣きそうになって唇をギュッと噛みしめて我慢していたセリアが、もう元気になっています。
「マリアンナさん。セリアは今日いきなり癒し手の力を使えたんだよ。僕もギフトを少し使えるようになったし、ここは任せて」
「そ、そうよ! だからお義母さんこそ気を付けてね! 絶対だよ!」
「へぇ~! セリアもダインも凄いじゃない! じゃぁ落ち着いたら二人の大好きなハンバーグ作ってお祝いしなきゃね」
「「ハンバーグ!!」」
あ、セリアとハモってしまった……。
~
マリアンナさんが出掛けて30分ほど経った頃でしょうか。
とうとう第1ウェーブの本警報が鳴り響きました。
「とうとう始まったわね……」
ローズのその呟きに、皆の息を飲む音が聞こえます。
「みんな、大丈夫。ここにいれば安全だから」
僕のその言葉は、気休めなどではなく、皆を守る覚悟を込めたものでもありました。
「そ、そうよね! ここなら、だ、大丈夫よね!」
「ダインお兄ちゃん……わ、私は大丈夫よ!」
「ぼぼ、ぼくもだいじょうぶだよ。お義母さんともやくそくしたから」
こうやって見るとセリアが一番頼りない気がするのは気のせいなのかな……。
「何かあってもみんなは僕が守るから」
この場にいる男は僕だけだからね。
こういう時は男の僕が安心させてあげないと……って、本に書いてたし。
「ダインもそんな事を言うようになったのね。ここに来たばかりの時は全然喋らなくて心配される側だったのに」
そ、そうだったかな……。
「そうよね! 私とソニアが何度も何度も話しかけて、ようやく一言二言返ってくるぐらいだったものね!」
「あの頃のダインお兄ちゃんは、いつも何だか寂しそうな目をしてたから、ソニア凄く心配だった……」
し、心配されてたんだね……。
「だ、ダインおにいちゃん、ぼぼ、ぼくいじょうにに無口だったよね」
あ、あれ? なんだか急に旗色が悪くなってきた気がします……。
でもまぁ、みんなの顔に少し普段の明るさが戻ってきたから、良かったって事で?
~
本警報が鳴り響いてから、もう30分ほど経ちました。
いつもの魔物の襲撃なら30分もあればだいたい収束している頃ですが、外には未だ魔法や魔銃、先陣を切って出陣した戦闘ゴーレム部隊のものと思われる戦いの音が鳴り響いています。
空を飛ぶ魔物の時は、今朝の襲撃のようにいきなり街中に魔物が現れて戦闘になる事もありますが、普通は城壁の見張りの人が先に魔物をみつけて城壁の外で戦闘が行われます。
マリアンナ孤児院は城壁のすぐ側なため、今回のような大規模戦闘では壁の向こうで行われている戦闘の音が丸聞こえで、ローズでさえその音に少し怯えているようでした。
「城壁、大丈夫だよね……?」
「お義母さんも、大丈夫かな……」
セリアとソニアのその呟きが、戦闘音だけが響く室内に酷く木霊します。
さっきまで気丈に振舞おうと頑張っていたリンスも限界のようで、既に目に涙を貯めて今にもその雫が零れ落ちそうです。
「良し! じゃぁ僕が戦闘の様子と、お母さんの無事を確認してあげるよ!」
そう言って立ち上がったのですが、ローズが慌てて引きとめてきました。
「ダメよ!? ダイン! あなた何考えているの!?」
でも、ローズは少し勘違いしているようです。
「ローズ、勘違いしないで。大丈夫。庭に出るだけだから」
その一言だけで、ローズは僕がやろうとしていることを、なんとなく理解したのでしょう。
「ダイン、もしかして魔眼系のギフトも授かってたの?」
「ん~? 使うのは魔眼系のギフトでは無いけど、まぁ遠くの出来事を知る事が出来るものだよ」
僕のその言葉に、ローズは少し呆れているように見えます。あれ?
「ちょ、ちょっとダインってば、いったいいくつのギフト授かったの!? さっき身体能力をあげるようなものと、何か障壁系のギフトを使ってたよね!?」
普通ギフトは1個か2個、守護者ランク上位の人でようやく3個といったところみたいなので、最低でも僕が3個以上持ってるのを知って驚いているようです。
本当の事言ったら腰を抜かしそうな気がしますね……。
でも、Sランクの守護者になるとたくさん持っている人もいるみたいだし、異常ってわけではないよね?
「持っている異……ギフトの中に、空から状況を確認出来るものがあるから、それを使って確認してみようと思って」
「わわわ!? ダインお兄ちゃんって、そんないくつもギフト授かってたの!? 凄い!!」
そう言って僕の腰に抱きつこうとするソニア……を阻止するセリア……。
「まぁ、とりあえずちょっと外で使って確認してくるね」
「「あ! 私も行く~!!」」
こういう時だけ揃うセリアとソニアの主張に、結局ローズも折れることになって、皆で庭に出る事になったのでした。




