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はじまり

蛍の里

作者: マジコ
掲載日:2019/05/23

そろそろ目的の駅に着く。

田中敏は実家に向かっていた。都会から電車を何度か乗り換えて実家の最寄り駅へと向かった。

電車の中は2両編成だが、乗客は自分の他は老人が一人とおばさんが二、三人でお喋りしているだけである。

外は青々とした木々が生えている。それを見ているだけで心が弾む。懐かしいというよりもである。

時が経つのは早いものである。小学生の頃が昨日のことのように思い出される。そして、またあの頃に戻りたいなと思ってしまう自分がいる。一応言っておくと別に今に不満があるわけではない。人並みの青春を送ったと自認している。大学生の時は彼女もいたし、友人もよく飲みに行く中の人が4人ほどいる。まぁ、もっと青春の謳歌した人はいるだろうが、自分はこれくらいが丁度よいのである。

ずっと外を見ていても退屈なので、音楽プレイヤーで懐かしのjpopを聴いた。最近よく聴くバンドは自分が小学生の頃に一大ブームを迎えた人達である。当時は別にファンではなかったが、よくテレビで曲が流れていたからのか、ふと聴くと郷愁を感じる。

時間がゆっくり流れていく。ただ、温もりのある匂いが漂っていた。


アナウンスが流れた。


「まもなく、篠原、篠原。」


最寄り駅に着くようだ。

敏は座席から立ちあがり扉の前に立った。他の乗客は降りる気配がない。みんな(と言っても数人)まだ電車に乗るようだ。

篠原という駅に到着したので敏は電車から降りた。

駅は無人駅てあった。

人の住んでる気配のない静まりかえった緑の生い茂る空間であった。秘境駅というやつだろう。そのうちテレビが来るのかなとどうでもいいことを考えながら駅にあるベンチに腰を下ろした。

もう時期父が車で迎えに来る。あのおんぼろの小型のトラックで。

しばらくボーとしていると昔を思い出して来る。それはこんな話である。


あれはそう小学生4年生の初夏の時のことである。

その頃は分校に通っていた。生徒総数4人の小さな学校だった。年齢はバラバラだが、みんなで仲良く勉強したものである。これは都会の学校では味わえないものだろう。休み時間も4人で校庭を走り回ったものである。給食は担任の先生も入れて5人で食べていた。先生の話す都会の学校の話は羨ましいような羨ましくないような感じである。

ある時の理科の授業のこと。

先生は篠原村の蛍が生息している山の話をした。


「今の時期だな。篠原村の山にたくさんの蛍が飛び交うのは。みんなは見たことあるか?」

「僕、見に行ったことありますよ。」


当時の俺は別に好奇心が旺盛という訳ではなく、ただ、祖父に連れられて見に行ったのである。特別蛍が好きというわけではなかった。


「どうだったか?」


先生の問いへの答えに困った。

これといって感想がないのだ。

虫はどちらかというと嫌いだし、すごい数が飛び交っているというくらいにしか感じなかった。

ここは正直に言った方がいいだろうと判断した。適当に感動したと言えばさらに突っ込まれる恐れがある。この先生はそういうことをする人である。


「小さい頃なのであまり覚えていませんが、すごい飛び交っているなくらいにしか思えなかったです。」

「そうか。まぁ、ああいうのはその時々でどのように感じるかは変わるからな。」

「そうですね。今ならもっと自然に感動するかもしれません。」


蛍の話はそれっきりであった。

休み時間になったのでトイレに行った。次の授業は体育でプールだった。他の生徒はみんなさっさと女子は更衣室に行って、男子は教室で着替え始めた。それを確認するように見て一人で行くことにした。

用を足し終わると急いで教室に戻った。

時計を見ると後数分で授業が始まってしまう。急いで着替えた敏は早歩きでプールに行った。この分校のプールは体育館の正門前を通った先にある。かなり年季の入ったそろそろ修理した方がよいのではないかと思う箇所のあるプールである。まぁ、解体工事するまでいじることはないだろう。

ギリギリ間に合った。

他の三人はすでに着替えて整列していた。


「遅いぞ田中。」

「すみません。でも、まだ鐘鳴ってないですよ。」


キーンコーンカーンコーン。

敏が先生に口答えしているのとほぼ同時に鐘が鳴った。

間に合ったのになぜ注意されなくてはならないのか、敏は不満に思った。先生は時間にうるさい。遅刻しなければ良いというものではなく、用件に合わせて来る時間を考えろということらしい。敏としては遅刻しなければ良いじゃないかと思うのである。少なくとも今はそう思う。

準備体操をした後、冷たいシャワーを浴び、プールに入った。

プールの授業は前半はみんなで25メートルを泳ぐ練習をする。そして、後半は自由時間である。まぁ、自由時間といってもみんなで水中鬼ごっこするだけだが。

4人で25メートルプールで水中鬼ごっこすると広くて鬼は大変である。


「さて、今日はクロールの練習するぞ。」

「「「「はい!」」」」


たった4人なので泳ぎきって戻るとまたすぐに泳ぐ。先生はどんどん泳ぐように言うので結構ハードである。泳ぐのは割りと好きなのでそんな苦ではない。

授業の前半が終わると後半は自由時間になった。

みんなで(と言っても四人)鬼ごっこした。

最初は敏が鬼となった。みんなをクロールで追いかける。狙いは潤だ。去年にようやく泳げるようになったので、まだ、泳ぎが遅い。ロックオンして追いかける。

泳ぐと波が起きる。息継ぎしながら潤を追いかけた。泳ぎは得意である。学校で一番と自負している。中学生になったら水泳部に入部しようかとも思っている。

潤にタッチすると今度はすぐに逃げた。泳ぎはこっちが速いので追いつかれる心配はない。多分、潤は香織をおいかけるだろう。孝司は敏ほどではないが、泳ぐのは速い。

必死に追いかける潤から香織は必死で逃げる。

暇になった敏は孝司と雑談し始めた。悠長にしていても潤はこっちを見ない。昨日のテレビの話をしていると先生がやって来た。


「おい。もう時期鐘が鳴るから早く着替えろ。」

「はーい。」


敏たちはプールから上がり目を洗い更衣室で着替えた。

着替え中もふざけあう敏たちは次の授業に遅れて先生に怒られる羽目となった。


「ただいま。」


家に帰って来た敏はリビングでおやつをテレビを見ながら食べた。テレビは退屈なニュースが流れていた。政治家って大変だなぁと思いつつ、おやつを食べ終えると自分の部屋に入った。

漫画をしばらく読んだ後、宿題をすることにした。

勉強に関しては結構真面目なところのある敏は帰宅後、早めに宿題を終わらす。実は宿題を忘れたことがない。これは全学年(四人)で唯一である。担任からはその真面目さは武器になると言われている。確かに当たり前のことではあるが、忘れないというのは地味なのだが、信用が大事な社会では大きな武器になると思われる。そういう習慣を持つことが大事なのである。

今日の宿題は算数のドリルだった。算数は好きなので苦もなく進めた。

敏は理数系に興味があった。特に数学はまだ勉強したことないが、数式の話を聞くと興奮する。中学生になれば数学の授業が始まる。今から楽しみであった。将来は理数系の学部を受験したいと敏は考えていた。まだ、誰にも話していない。学者になるのも悪くないなとも思っている。そんな妄想も今はまだ心の中。まだ、両親含めて話してない。いや、まだ話したくないのである。母親は敏が算数が好きなのは知っている。たまにその話をする。でも、母親も敏同様将来理数系の学部に行くのかどうかは話さなかった。まだ、早いだろうし、これから他のことに熱中しだすかもしれない。子どもの時からすることを決めつけるのは特殊な家庭だけだろうと考えている。例えば親の職業とかで。

宿題を進めているとどうしても分からないところがあった。何度やっても正解にたどり着かない。理解出来ないのである。どうしたものかと思った敏はとりあえず親に聞いた。1階でテレビを見ていた両親に見せたがわからなかった。母は明日先生に見せたらとのことであった。それが一番良いと思った敏は明日学校で先生に教わることにした。


次の日、朝の会の時に宿題は提出した。解らない問題は適当に答えを書いておいた。

その日も平和な一日を過ごした。

授業は進学塾並のマンツーマン授業。体育はプールで昨日と同じこと。休み時間は校舎全体をフィールドにしての鬼ごっこをした。帰りの会で今日提出した算数のドリルが戻ってきた。そして、放課後。

職員室にいるだろう先生の許へと行った。


「先生!」

「おっなんだ?田中。」

「昨日の宿題で解らない問題がありまして。」

「どこだ?」


敏は解らなかった問題を指差した。


「ここか。まだ、田中には早かったかもな。」

「どう考えても計算が合わないんですよ。」

「まぁ、ここの問題は聞けば簡単な問題だ。」


そう言って先生は丁寧に、教えてくれた。算数に強い敏には理解が容易であった。


「そうだ。田中は本当に頭いいな。」

「算数は好きなんで。」

「それはいいことだ。」

「ありがとうございました。」


敏は先生に感謝して職員室から出ていった。

廊下を歩きながら敏は考えた。このまま帰ろうかと思ったが、何となく図書室で少し勉強していこうかと思った。そうしようと思った敏は誰もいないであろう図書室に入った。しかし、そこには先客がいた。わが校唯一の女子安藤香織である。実は二人っきりになるのは初めてだなと敏は思った。


「香織も勉強か?」

「いや、本でも読もうかと思って。敏は勉強なの?」

「ああ、宿題をやってこうかなと思って。」


香織がただ読書しに来ただけということにちょっと残念な気持ちになった。一緒にやるとかしたかったのである。香織は自分の一つ下である。つまり三年生である。けっこう可愛いと思う。潤はきっと好きなんだろうなと思う。

しばらく敏は勉強、香織は読書を向かい合ってやった。

読書している香織がこっそり敏の顔を見た。そして、こう言った。


「ねぇねぇ。」

「ん?なに?」

「蛍を見に行ったことあるんだよね。」

「まあな。」


教科書から目を離さず敏は答えた。


「やっぱり綺麗?」

「うーん。虫に興味ないからなぁ。あんまりすごいと思わなかったなぁ。」

「ふーん。でも、篠原村は蛍の里っていうぐらいだから私も見てみたいな。」

「そんないいもんじゃないよ。」

「見てみたいもの。ねぇ、連れてってよ。」

「やだよ。」

「そこをなんとか!」

「うーん。」


優柔不断なところのある敏は答えに困った。

もう一押しと思った香織は畳み掛ける。


「私ほら方向オンチだから道案内してよ。」


なんとも拙い畳み掛け方だろうか。しかし、それでも優柔不断な敏には効果があった。


「分かったよ。」

「やりい。」


敏は興味のない蛍見物に行くはめになった。

その日の夜、蛍が生息している清流の流れる山の入り口に二人は集合した。


「遅いよ。敏。」


夜に見る彼女はその服装も手伝ってか自分より年上じゃないかと錯覚しそうだった。

さっさと行って帰りたい敏は登り始めた。

蛍の責任地は山の中腹の山道から少し外れたところにある。

この山は登山初心者でも楽々登れる。小学生でも簡単に登れる。

どのくらい登っただろうか。二人は浅野川という蛍が生息する川に着いた。

川に目を向けるとそこには美しく壮観な光景が広がっていた。蛍は飛び交い、光の残像が不可思議なものに見えた。小さい頃に見たときはなんとも思わなかったその光景であるが、今はすばらしいものを見たという感想を抱いた。なぜだろうか。敏にはわからなかった。今はまだ。

香織の方を敏は見た。香織の蛍を見る顔はすごく魅力的であった。こんなにいい顔をしてくらたなら連れてきた甲斐があるものである。


「香織、来て良かったか?」

「うん。こんなの初めて見たよ。夜空より綺麗だよ。」


二人は美しく飛び交う蛍の風景を心置きなく眺めてから帰った。

家に帰った二人はそれぞれの親からこっぴどく叱られた。でも、二人とも落ち込まなかった。これが青春というものかとでも思ったのだろうか。


小学生の頃のことを思い返していたら、父親が運転するトラックが来た。ベンチから立ちあがりゆっくりとトラックの方へと向かった。父親が窓から顔を出した。


「敏、さっさと乗れ!」

「わかった。」


トラックに荷物を載せ、乗り、走り出した。助手席に乗った敏は蛍の生息する山を見て、また、帰って来たなと思った。

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