居ない間の一幕。②
〜同日 午後15時 第2区画 巌窟亭〜
「…完成だ」
モミジが作業台から顔を上げる。
「久々に紋章彫りをしたが出来は完璧だな」
小指に嵌めるリングの裏に彫られた紋章を確認する。丁寧に磨かれ滑らかで銀色の光沢が美しい。
価値ある逸品なのは見れば誰もが分かるだろう。
「ユウが帰ってくんのに間に合ってよかったぜ」
「モミジ嬢よぉ。依頼の件だが……お。出来たのか?」
ドワーフの職人が受付カウンターを覗く。
「ん…ああ。剛銀鉱石とヨルマム結晶石の加工は難しかったがよぉ。納得いく品に仕上がったぜ」
「がはは!希少鉱石を使って作ったんだ。ユウも喜ぶぜ」
「うっせぇ」
口とは裏腹に満更でもない表情だ。
「…しかしよぉ。竜の巣に一人で行くたぁ大丈夫なのか?儂なら考えただけで震えるわい」
「ユウなら大丈夫だろ」
「戦闘も鍛治もできるってあいつは何者なんだろうな。モミジ嬢も詳しくは知らねぇのか?」
「……」
リングを小さな木箱に詰め顔を上げる。
「何者でも関係ねぇさ。ユウはユウだ。『巌窟亭』の職人で仲間…それだけ知ってりゃ十分だぜ」
「がはははは!ちげぇねぇな。…モミジ嬢が惚れた男なんだ。心配なんざ要らねぇ」
「…当たり前だろ。それと依頼の話はまた明日な。今日も早目にあがんぜ。アイヴィーが待ってからよ」
木箱を金庫に仕舞い帰り仕度を始める。
「え、あ、おいーー」
「じゃあな」
二の句をつけず巌窟亭を出るモミジ。
「ーーったく。…恋する乙女にゃ叶わんぜ」
依頼書を片手に頭を掻くドワーフは愉快そうに笑った。
〜同日 午後15時 マイハウス 庭〜
ーーきゅ!
「影技イクリプス」
庭先で影を操り戦闘技を繰り出すアイヴィー。
キューと一緒に自主訓練に励んでいた。
ーーーふぅーん。
「発動が遅い。…これじゃ駄目」
きっと悠は強くなって帰って来る。自分も悠の力になりたいと願い健気に努力を重ねているのだ。
ーーー…やっぱり才能があるわね。わたしが直接指導できたら…って叶わない夢か。
アルマはもどかしい思いに駆られ眺めていた。
ーーー……アジ・ダハーカもよく鍛えてあげたっけ。悠はあの子と会えたかしら。
まさか水郷で稽古を受けているとは知る由もない。
「ふぅ。…今日はここまで。はやく帰って来ないかな」
自主訓練を終え呟く。
皆が居ても寂しいのだ。それ程、アイヴィーの中で悠が占める割合は大きい。
経緯を顧みて当然といえばそれまでだが。
ーーきゅ〜。
キューがアイヴィーに擦り寄る。
「キューも寂しいよね?」
ーーきゅう。
ーーー…ったく。ほら家に入るわよ。祟り神の契約者がそう簡単にくたばるわけないでしょ。
アルマが近寄る。
「あれ、アルマ…いま契約者って…気のせい?」
ーーー!…この子ってばあの短い期間で断片的にだけど理解してるの…?
気のせいではない。
アイヴィーは古代語の一部分を理解したのだ。
勉強できる環境と努力に加え卓越した理解力のお陰と言えよう。アルマが認めるように天賦の才がアイヴィーにはあった。
「…お話したいな」
アイヴィーがアルマを抱き上げる。
ーーー…封印が解ければいつか話せるわよ。あのバカに期待しましょ。
「あはは。くすぐったい」
ーーきゅー。
顔を舐めるアルマ。キューも負けじと顔を舐める。
…ランダの最期の悲願と約束が果たされる日はもう間も無くである事をアルマはまだ知らない。




