居ない間の一幕。①
〜同日 午後15時 金翼の若獅子 二階フロア〜
悠が龍神の水郷で最後の稽古を終えた頃、此方では既に五日が経過していた。
二階の受付カウンター前ではキャロルと会話するアルバートが興奮し鼻息を荒くしていた。
「ユ、ユウ殿は一週間も竜の巣に!?」
「お〜。うちやフィオーネはアイヴィーの面倒を見てくれってユーから頼まれて泊まってんだ」
「な、何故、声を掛けてくれなかったんだユウ殿ぉ…。愚生も家に泊まりたいぃ〜!」
「お前さ〜…アイヴィーは女の子だぞ。普通に考えて女に頼むに決まってんじゃん」
「…いやいや!『砦の守護者』のボッツとラッシュは泊まってるのであろう!?」
「友達だからじゃん。そもそもアルバートはフィオーネに近づいちゃダメだろ」
「ぐぬぬぬ」
図星を突かれ歯軋りするアルバート。
「キャロルのゆーとおりってかんじぃ」
「正論を言われ返す言葉もないの」
イージィとドゥーガルがキャロルに同意する。
「けどさぁ〜…単独で竜の巣とか大丈夫なのってかんじぃ。あそこは二級危険区域っしょ」
「じゃのぉ。『空を染める豪火』と異名を持つ飛火竜サラマンドルが根城にする森…無数の大翼竜が襲い来る結晶の崖道…毒の脅威に晒される蝕みの丘…龍峰へ続く帰らずの穴の最奥地には大牙竜ガノンゼオも生息しておる」
「アジ・ダハーカの龍峰にはぜってー行くなって言ってし大丈夫だよ」
「…ん〜。うちってばユウっちが龍峰まで行っちゃってそうな気がするしぃ」
「龍や古竜が棲まう特級危険区域じゃぞ。ユウとて竜種のモンスターの脅威は知っておろう」
「……」
キャロルは不安を感じた。
悠が他人の忠告を無視して無茶をする性分なのは短い付き合いでも分かってるからだ。
「そうだ!愚生達も竜の巣にユウ殿の安否確認も兼ねて探索に行くのはどうだろう?」
「ざけんなし。護衛依頼に行くんだっつーの」
「おぷぅ!?」
イージィがアルバートの頭を引っ叩く。
綺麗な紅葉が咲いた。
「それじゃ行ってくるわい」
ドゥーガルとイージィに引っ張られるアルバート。
三人が受付カウンターから去っていく。
「…明後日には帰ってくっし大丈夫だって」
一人呟くキャロル。
「依頼の報告に来たわ」
「お〜。りょーかいだぜ」
クエスト依頼達成者の報告を受けながら悠が無茶をしてないか心配するキャロルであった。
その悠があろうことか龍峰を越え禁域の龍神の水郷に居るとは予想だにしていないだろう。
〜同日 午後15時 金翼の若獅子 GM執務室〜
「…済まない。書類の整備が追い付かなくてね。手伝ってくれて助かるよ」
「いえいえ。何時でも申し付け下さい」
書類業務をするラウラと整備を手伝うフィオーネ。淡々と無駄な雑談はせずに仕事を進める両名は早い。
〜15分後〜
「ーーふぅ。これで最後だ。休憩にしようか」
「はい。お疲れ様です」
「紅茶を淹れるよ。ミルクティーで良いかな?」
「頂きます」
紅茶を飲み一息つく二人。
「フィオーネは仕事が早くて助かるよ。…どうかな。受付嬢から秘書職員になるつもりはないかい?」
「大変、素敵なお誘いですが受付嬢の仕事が好きですのでご遠慮します」
ギルドガールの仕事に誇りを持ってるフィオーネらしい返事だった。
…勿論、今はそれだけが理由ではないが。
「残念だ。気が変わったらいつでも言ってくれ」
「はい」
そう言って椅子から立ち上がり窓の外を見るラウラ。
「悠が竜の巣へ行って五日目か。帰って来るのは明後日だったね」
「ふふ。悠さんが居ないと不思議と変な感じがしますね」
「……ああ。僕もそう思うよ」
ラウラの胸中にある思いをフィオーネは女性と知らない故に察するまで至らなかった。
「お家にお邪魔して五日目になりますが帰って来るのが待ち通しいです」
「……」
フィオーネや他の面子が悠の家に泊まっている事をラウラは知っていた。
白蘭竜の息吹から戻り次第、聞かされたからだ。
…自分も仕事が無ければ…と考え悔やむ。
金翼の若獅子の仕事が忙しい事や気軽に頼める立場じゃない事を悠が配慮してるのは理解してる。
それでも自分を差し置いて…と嫉妬に駆られてしまうのだ。それはラウラの人生で初めての経験であり女性としての感情と矜持が故だった。
「…ルウラとの一件で彼の名は更に広まってる」
「……」
「悠が無所属登録者なのを良い事に決闘の一件以降、早くも他の冒険者ギルドから『指名依頼』が舞い込んでる。…総本部として悠ほどの実力者を手離す訳にはいかない。改めて『金翼の若獅子』に所属しないか家に行って打診するつもりだ」
「ラウラ様がわざわざ家に出向いて…?」
フィオーネが驚くのも無理はない。
金翼の若獅子の上位ランカー兼副GMであるラウラが出向き勧誘するなど例を見ないケースだ。
所属したくとも出来ない冒険者が大勢、居る中で本当に異例と言えよう。
しかし、上記の話は事実ではあるが個人的な感情もあっての打算でもある。
…公私混同を嫌うラウラが考えた苦渋の口実。
「あはは。悠自身が異例だからね。謎も多いし過去の話を聞きたいのもあるんだ」
誤魔化す様にラウラが笑う。
「…ふふふ。確かに謎が多いですよね。そこも魅力的なのですが」
微笑むフィオーネ。同性から見ても美人だ。ラウラの心に負けたくないと対抗心が生まれる。
「邪魔するぞ」
執務室の扉が開く。エリザベートとルウラが現れた。
「お疲れ様です」
「ん?…やぁフィオーネ嬢ではないか」
「うぇーい。はろー」
「ルウラ様も。挨拶が遅れましたが謹慎処分が解けこれからのご活躍に期待してます」
頭を下げる。
「おぅ。期待に応えるぜその意気。生まれ変わったルウラにるっく。ちぇけら〜」
「…ルウラが残した書類をフィオーネが代わりにしてくれたんだ。先ずは礼を言うべきだよ」
「さんきゅー!これで今日は早く帰れる」
「いえいえ」
「全く…」
「この悪魔の仕事は終わらない悪夢。マジでわっくなわーくだから」
「誰が悪魔だって?」
「ゆー」
「うふふ」
「くくく」
仲の良いやり取りを見て笑う二人だった。
〜10分後〜
他愛ない雑談から悠の話となり結果、ラウラが勧誘に家に行く事を二人にフィオーネが説明した。
「ルウラもいく!」
「それなら吾も行こう。どんな家か興味があるしな」
「悠さんが帰って来たら吃驚するでしょうね」
「……二人とも忙しいだろう。無理しないで良いよ」
ラウラは自分一人で行きたかったのに誤算だった。
「ルウラは前から遊びに行くって伝えてた」
「遊びじゃないよ」
「良いではないか。…それとも一人で行くのに拘る理由でもあるのかな?」
意地悪そうに口の端を上げるエリザベート。
「……無いさ」
ラウラは後ろめたさから強気に出れない。
「くくく。肩肘張った勧誘を悠は嫌う。来週から只でさえ忙しくなるんだ。遊びに託けて誘う方が悪くないだろう」
「忙しい?」
「あぁー…ラウラ」
ちらっとラウラを見る。
「フィオーネには話して構わない。…どの道、来週には皆が知る事になるしね」
「分かったがこれはまだ内密にしてくれ。…来週には『金翼の若獅子』へ『月霜の狼』のGM『銀狼』の御令嬢…トモエ・ミカヅキが来て暫く長期滞在するのだ」
「……え」
フィオーネの目が見開く。
「しかも大勢の『月霜の狼』在籍メンバーを引き連れてな。それだけじゃ無い。近々、『白蘭竜の息吹』の現GMと副GMも来る」
「そ、れは…忙しくなりますね」
悠の知らぬ間に何やら不穏な事態が起きていた。




