レベルを上げよう!〜龍神の水郷〜⑥
〜夜19時30分 龍神の水郷 ドラグマの神樹〜
あれから時間が経過しすっかり夜になった。
家族水入らずの団欒を邪魔しちゃ悪いし夕飯は俺とアジ・ダハーカの二人だけ。本当は最後の夜に作るつもりだったが今日は二重の意味で記念すべき日になったのでお祝いにケーキを作った。
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ラズベリー・ホイップ
・ラズベリーソースとホイップクリームのスポンジケーキ。むらなく焼けた生地とラズベリーの酸味に濃厚なクリームの甘さが溶け合う生菓子。
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野外で作ったので仕上がりが心配だったが…。
「もぐもぐ…ふにゅーー!!」
歓喜の嬌声を上げ喜ぶアジ・ダハーカを見ると杞憂だったらしい。
「落ち着いて食えって」
串に刺した焼き魚を食う。腹わたの苦味が旨い。
「…き、奇跡じゃ…濃厚な甘さと滑らかな舌触り…果実の酸っぱさも…柔らかい食感も…ホットケーキを上回る美味しさ。神の食べ物じゃ!」
「家の設備を使えばレパートリーも多いんだがな」
「…なんじゃと…こ、この品にはもっと種類があるのか…?」
「ああ」
「…永く生きたが知らなかったわ。…口惜しい。知ってれば人里を襲って献上させたのに…」
物騒だなおい。
まぁ、喜んで貰えて良かったぜ。
〜1時間後〜
「ーーしっ!」
後片付けを終え戦闘技の練習をする。すっかり日課になってしまった。
「悠」
黙って様子を見守っていたアジ・ダハーカが真剣な表情で俺を呼ぶ。素振りを中断し向き直った。
「なんだ?」
「あの奇跡はもう使うな」
「…逆誄歌か?」
「そうじゃ」
「……」
「見て分かった。あれを二度、三度と使えば其方は間違い無く死ぬ。…妾の推測だが逆誄歌は世界の理に反して起きる捻れや歪みを術者の命を持って修正しておるのやも知れん。不老耐性で伸びた寿命なぞ蝋燭の火が如く消えよう」
「……」
「咎めておるのではない。…じゃがな悠の仁恕と自己犠牲の精神は己を死に至らしめる牙と成り得るのじゃ」
口を紡ぐ。
「……其方が苦しむのを見ると妾も辛い。きっと妾だけでは無いぞ。オルガやオルドも…悠の家族や友人も…皆、同じ気持ちじゃろうて」
アジ・ダハーカが俺の右手を握った。
「約束しとくれ。逆誄歌は二度と使わないと」
オッドアイの瞳が真っ直ぐに俺を捉え訴えかける。
「……分かった。二度と使わないよ」
「約束じゃぞ」
「ああ。心配してくれてありがとな」
安堵して欲しくて頭を撫でる。
「ん」
身を預けるアジ・ダハーカ。
二度と使うな、か。必要に迫られたら俺は…。
「うむ!大事な話も済み約束もしたし安心した。一緒に秘湯へ行こうぞ。背中を流してやろう」
「そうだな」
「…しかし子供か。妾も欲しくなってきたわ。…悠よ。其方もいい歳じゃろう。妾は悠となら夫婦の契りを交わすのも吝かではないぞ」
頰を赤らめとんでもない発言をしやがる。
「龍は一人でも子供ができるってオルドが言ってたぞ」
「そうじゃが夫婦の営みで子も成せる。…ほれ。ちゅー…」
目を瞑り唇を突き出す。
「冗談言ってないで秘湯へ行くぞ。よいしょっと」
お姫様抱っこで抱える。
「むぅ〜」
「膨れんなよ。龍峰の支配者の威厳が形無しだ」
「…其方はいけずで鈍感じゃ。…ふむ。じゃがこの抱っこは嫌いじゃないぞ」
「はいはい」
仲良く秘湯へ向かった。
〜15分後 龍峰の水郷 霊脈の秘湯〜
二人並び湯に浸かる。
「…ふぃー」
「あぁー…生き返るぅー…」
風呂は命の洗濯。その通りだと思う。
「そーいえば悠よ。明日から稽古は無しじゃ」
「何で?」
「今までは妾との稽古で十二分な経験値を獲得してたが…ジョブチェンジしては経験値も以前より大幅に下がる。最早、稽古では思うように蓄積されんだろう」
確かに前の職業の時も変わって経験値が溜まり難くなったな。
「それに今の其方は結構な強さじゃぞ。飛龍が相手でも勝てよう」
「え、マジか」
「マジじゃ。水郷に来た当初と比較すれば雲泥の差じゃな」
アジ・ダハーカが言うならば間違い無いだろう。
目的は無事達成できたって訳だ。
「…そう言われるとアジ・ダハーカの強さは本当に別次元だな。お前に勝てる奴が想像できないよ」
「妾より強い者か…ふむ。妾と渡り合える相手となると『フェンリル』や『ベへモス』に『ティターン』…『リヴァイアサン』…あとは『九尾』と数える程度じゃな。確信を持って絶対に勝てぬと言える相手は一人居る。アルマ様じゃ」
「……そんなにか?」
「前も言ったがあの御方は桁が違うからのう…。思い出すだけでも寒気がするわ」
湯の中で身震いをする。アジ・ダハーカが勝てないアルマを封印したランダって…どれだけ凄かったんだ。
「…まぁ…小さく弱かった妾を救ってくれた恩はあるがの…」
懐かしむ様に呟く。その横顔を見るに尊敬や憧れを抱いていた事が分かる。
「ははは。嫌いではないんだな」
「……ふん」
「うーん。けど稽古をしないなら明日から何をしようか…そうだ。水郷を案内してくれよ」
「水郷を?」
「ああ。行ってない場所もあるし遺跡に興味がある」
「別に構わんが…あ!ふっふーん。分かったぞ。妾と一寸も離れたくないのだな。仕方ないのう。悠がそんなに望むなら…」
「嫌なら一人で」
「い、嫌なんて言っておらんもん」
「忙しいならオルドに頼」
「…嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ〜!妾が案内するのじゃ〜!」
両手で湯を叩くアジ・ダハーカ。
「わかった。わかったから…」
その後、湯を上がり野営してる遺跡に戻る。
こうして稽古も無事に終え目的も達成した。
時間の流れが違うのは変な感じだが水郷に居る俺は約三ヶ月も家から離れた事になる。
あっちでは一週間も経ってないが皆は元気かな。




