異世界を学ぼう。②
〜翌日 ケーロン夫妻の家〜
二人の自宅は少し離れた林の中に建っていた。
「いらっしゃい。狭くて散らかっててごめんねぇ」
「ケーロンは?」
「旦那なら朝っぱらから鍛冶場さぁ。二人がくるってちゃんと言ってたんだけどねぇ」
「鍛冶場?」
「悠に言ってなかったわね。ケーロンは『鍛治職人』であたしゃ『服職人』なんだ」
鍛治師に服職人か。
「二人は腕利きの職人ですよ。実は悠さんの武器の件でケーロンには以前から相談してたの」
「ドワーフは手先が器用だからねぇ。旦那なんてモーガンさんから相談があった日から鍛冶場に入り浸ってるわ。…妙に張り切っちまって参るよまったく…」
「悠さん。裏庭の工房に行ってケーロンに武器の相談をして下さい。私はミドと話があるので」
「わかりました」
〜数分後 裏庭〜
裏庭に行くと煙が轟々と立ち昇る製鋼所があった。
「失礼しまーす…」
中には一心不乱に金槌を振るうケーロンさんが居た。
炉、鞴、金床の設備に無造作に置かれた鋼材。
火花が散り鉄がぶつかり合う音が響く。
男ならグッとくる光景だ。
「…おう」
「どうもケーロンさん。…凄いですねここ」
「なんだお前ぇ。鍛冶場の良さが分かんのか?」
「あ、いや。専門的なことは全然、分からないです。…けど無骨で男の仕事場って感じの雰囲気が俺は好きですね」
「…中々、見所があるじゃねぇか坊主」
「坊主って…もう30歳ですけど」
「ふん。30歳なんざドワーフからしたらよぅまだ尻の青いガキと一緒じゃわい」
長命なドワーフからすれば俺はまだまだ子供に見えるのかな。
日本じゃ職場の若い娘におっさんの仲間入りとか茶化されたっけ…。
「モーガンさんに話ぁ聞いてる。こっちこい」
ケーロンさんと一緒に鍛冶場の隣にある倉庫に行く。
鍵を外し重そうな扉を開くと…。
「好きなの持ってけ」
「うわぁ……」
倉庫一面に飾られた武器の山。
…剣、斧、槍、大剣、槌…え、銃?この世界でも銃あんの?
「これって銃ですよね」
「ん?お前さん地球ってとこからきたんだろ。銃なんざ知ってんのか」
知ってるも何も地球じゃ有名です。
「ええまぁ。パルキゲニアで銃は普及されてないですか?」
「魔法で弾かれちまうからな。整備で手間が掛かるし使ってる奴は物好きしかいねぇ」
「そうなんだ」
文化の隔たりって凄いんだなぁ。
「ここにあんの見繕って好きなの持ってけや」
好きなのと言われても…あ、鑑定のスキル使えば良いじゃん。
そう思いスキルを使おうとした瞬間、右腕が突如暴れ出した。
「(ちょ…なんだこれ…!)」
見えない手に引っ張られるように右腕が動き奥を指差す。
「(…契約者の意思に反するっては書いてたけど…!)」
仕方無いので倉庫の奥へ移動した。一番奥まで進むと同時に落ち着きを取り戻す。
「…ったく。なんなんだっつーの…ん?これは…」
鎖を巻かれた巨大な剣が壁にボルトで固定されている。
他の武器より丁寧に扱われてるようだ。
「これに目ぇつけるたぁな…。思いもよらなんだ」
背後からケーロンさんが顎髭を撫でて呟く。
「これは儂が鍛えた『仕掛け武器』の一つじゃ。仕掛け武器は戦況に応じ変形する武器の事を言うんだが…熟練の使い手じゃなけりゃ扱えんもんだ。強度やら性能やらを考えたらどーしたって重くなっちまう。…並みの腕力じゃ振るう事すらできねぇ」
目を細め解説する姿はどこか嬉しそうに見える。
「これには『ミール火山』から掘れる重金剛石って希少な鉱石を使ってんだぜ」
「へぇー…手に取って見ても良いですか?」
「重たくて持てやしねぇぞ。怪我……」
鎖を解き持ち上げる。
しっくりくる重さだ。重めの金属バット位だろう。
「するって…おぉ……!?」
契約して筋力が上がった俺なら問題ないようだ。
鑑定してみよう。
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金鋼鞘の大太刀
・鍛冶職人ケーロンが鍛えた仕掛け武器。極限まで鋭利な切れ味を追求した長大な大太刀は仕掛けに金剛鞘を伴い粉砕を重視した大剣へ変わる。大太刀を抜いた状態で金剛鞘の鯉口に握り箇所が出来る為、二刀流として扱う事も出来る。
・切れ味と破壊力を追求した至極の一品。竜すら屠る凄まじい威力の代償に扱いは極めて難しく遂に使い手は現れなかった。求められるのは単純な筋力と技術だけでは無い。
・金剛鞘の大太刀は薄暗い倉庫で静かに待つ。いつか自分を振るう猛者が現れるその日を夢見て……ただ待ち続けている。
必要戦闘パラメーター
筋力450 技術250
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刀と大剣の他に双剣にもなる武器…良いじゃん!
やっぱ日本男児は一度は刀に憧れるからな。
ん…まてよ。さっきの黒蛇はこれに反応してたのか?
「ぼ、坊主…。重たくねぇのか?」
「あ、ええ。ちょっと重いですが手に馴染んで良い感じです。良ければこの武器を貰いたい」
「振れんのか…?」
「はい」
ぶぉん、と縦に振る。
「さっき鑑定しましたが金剛鞘の大太刀は大太刀・大剣・双剣にもなるんですね。便利そうだ」
「…………鍛治師冥利に尽きるわい。その大太刀は儂が作った仕掛け武器でも自信作じゃった。じゃが力自慢の『鬼人族』すら上手く扱えず匙を投げた代物を…欲しいと言ってくれるんか…」
感無量な様子のケーロンさん。
「…ちと待っとれ坊主」
ケーロンさんはそう言うと別の箇所に掛けてあった武器を二つ持ってきた。
「ケーロンさんこれは?」
「これも儂が作った仕掛け武器と銃じゃ。見てくれ」
どれどれ…鑑定して見ますか。
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リッタァブレイカー
・鍛冶職人ケーロンが鍛えた仕掛け武器。片手持ちの戦鎚に榴弾を搭載した仕掛け武器。MPを消費し持ち手にある撃鉄を起こし振り下ろすと衝突と同時に爆破を起こす。装甲や鎧を着た相手に効果的。
・魔法を使用せず爆発を起こせる魅力的な武器だが爆発に耐え得る様に強度を上げた分、重量が増し爆発の際に並みの筋力では衝撃に耐え切れず脱臼や骨折を起こしてしまう。
必要戦闘パラメーター
筋力250
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「ふむふむ…」
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ケーロンの魔銃
・鍛冶職人ケーロンが作った回転式弾倉型の銃。長く重い砲身から放たれる弾丸は鋼鉄の外皮を持つ魔物すら貫く。MPを消費し弾を補充する為、弾切れの心配はない。MPを継続消費し威力を高める事も可能。
・ケーロンが発案及び完成させたが魔法が普及したパルキゲニアでは理解に乏しく扱う者はいなかった。また定期的に銃身の整備が必要な為、ある程度の鍛冶知識が必要。
必要戦闘パラメーター
技術60 MP300
必要非戦闘パラメーター
鍛冶25
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「両方、使えます。特に銃は弾切れの心配なくて便利ですね」
「おぉ!やっぱりか。金剛鞘の大太刀を欲しいって言う坊主なら使えると思ったわい」
「……坊主。良かったらこの二つも貰ってくれや」
「二つもですか?」
「ああ」
「昔、儂はちぃっとばっか有名な鍛治師でな。周りから持て囃され天狗になっちまってよぉ…武器の性能・破壊力ばかり追求してた。…その犠牲者がこいつらだ」
哀しい横顔。…後悔と自責の念が伝わってくる。
「幾らすげぇ武器を鍛えても使わなけりゃ意味がねぇんだ。こいつらはずーっと倉庫の飾りになっちまった。……鍛冶師にとっちゃ鍛えた武具は息子同然さ。もう諦めてたが嫁ぎ先が…漸く見つかりやがった。後生だから貰ってやっちゃあくんねぇか?」
「それは…うん。ありがたく貰いますがいいんですか?俺だって上手く扱えるか分かんないですよ」
素人だし。あ…でも夜刀神の加護があるから問題ないのか?
「…ふん。長年、職人をやってりゃ勘で分かるんだよ。そいつが自分の鍛えた武器に相応しいかどうかが、な」
「さっき坊主が大太刀を担ぎ振るった時に感じたぜ。こいつらを使えんのはお前ぇしかいねぇって」
「ケーロンさん…。分かりました。そこまで言われて断る理由がないです。大事に使わせて頂きます」
「おぉ!ありがてぇ!」
嬉しそうで何よりだ。武器を担いで倉庫から出るとモーガンさんとミドさんが待っていた。
〜裏庭〜
「適した武器が見つかったみたいですね。有難うケーロン」
「モーガンさん…礼を言いてぇのは儂の方だ。坊主のお陰でこれ以上、息子達も埃を被らず済むわい」
「あらあら。悠を坊主呼ばわりするなんてねぇ…ずいぶん気に入れられたじゃない」
「そうなんですか?」
「坊主って呼ぶのは旦那が気に入った相手にしかしない呼び方なのさ。頑固者だからすぐ怒鳴るし追い出しちまうんだよ」
「……ふん」
ケーロンさんはばつが悪そうに頭を掻く…ツンデレ?
「丁度良いですね。武器を装備をしてみましょう。ウィンドウから装備を開き貰った武器を選択してみて下さい」
言われた通りにしてみる。
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両手:金剛鞘の大太刀 E
左手:ケーロンの魔銃 E
右手:リッタァブレイカー E
胴:麻の服 E
下:麻のズボン E
靴:革のブーツ E
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手に持っていた武器が消えた。
「ふぁ!?」
「ふふふ。消えた訳ではありません。所持者が装備可能な武器を装備した際はウィンドウと同じ様に扱えます。ほら」
何も持っていなかったモーガンさんの手に神々しい杖が握られていた。
「おぉ。ほんとだ」
消えた金剛鞘の大太刀が現れる。
「但し両手・左手・右手に所持者が割り振った武器のみです。それ以外は金具で留め背負う等して携帯し装備を変えるしかありません。任意で切替も可能なので中には他者を威圧する為にわざと武器を見せる者もいます」
「これに驚くってねぇ。悠は本当に違う世界からきたんだって実感するよ」
「ああ。儂らにとっちゃ当たり前なんだがな」
「当たり前って…普通にびっくりしますよ。どーいう原理だろ」
少し考えてからモーガンさんは話す。
「…ふむ。原理は私も分かりませんが『創造神の加護』がパルキゲニアの地を祝福しその恩恵が才能やウィンドウだと信じる人もいるわ。そもそも神々の加護は寵愛を受けた選ばれし者が特別に授かる力です。…そう考えると…二つも加護を授かった悠さんは女神に愛されているのかもしれませんね」
くすり、とモーガンさんが笑う。
俺は笑えない。これが愛なら相当歪んでんじゃん女神。
「さぁさぁ!
次はミドさんの番だよー。ほれ悠!寸法させな」
「わっわっ」
「着丈…はよし。はいはいほらほら回って回って」
「ふむふむ。ウェストと股下は…と!」
「屈んで頭回り測って…よし」
「な、なんですかミドさん急に」
「なんですかじゃないよ。あんたの服を拵えるんだからサイズ測ったのさ」
「服?」
「ミド。どれくらいかかるかしら?」
「そうさねー。3ヶ月もありゃ納得のいくもんに仕上がるかな」
「分かりました。悠さん。大事なお話があります」
「大事なお話?」
「ええ。悠さんのこれからについてです」
「俺のこれからですか」
「はい」
この世界の最低限の基本をモーガンさんから学んだ。
戦闘訓練もこの世界で生きる為の訓練だ。
「……」
「奇しくも悠さんはこの地で数奇な縁に恵まれました。それには私達の想像も付かぬ存在の意思や導きがあったのでしょう。しかし、ここから先は貴方の物語。…私は悠さんの歩む道先を知りたいのです」
これから、か。…そんなの決まってる。
「仕事して普通に暮らしたいです」
仕事もしない30歳とか自己嫌悪で死にたくなる。それに折角のスキルを活かさないのも勿体無いからね。
「……ふふ、ふふふ。仕事をして普通に暮らしたい、ですか…あはははは!」
「も、モーガンさん…?」
普段は声を挙げ笑わないモーガンさんが可笑しそうに笑っている。ミドさんもケーロンさんも呆気に取られていた。
「…いえ。すみません。こほん、良い目標だと思います…」
落ち着いたのか咳払いするモーガンさん。
「ならば次は実戦訓練ですね。これを成し遂げれば当面の心配は要りません。…訓練の内容ですが『神樹の森』近辺でモンスター退治をして貰います」
「モーガンさんも一緒に来てくれるんですよね?」
「いいえ。悠さん一人です」
おうふ。スパルタ指導…。
「い、いきなりは流石に…」
「悠さんのバトルパラメーターやスキルで穢れが祓われたモンスターに遅れを取る事は恐らくないわ。多少の怪我は付き物ですが……夜刀神の加護に武器もあります。少々、緩すぎる位ですよ。…なのでサーチは禁止します」
「ふぉい!?」
何言ってんのモーガンさん。初見縛りとか鬼やん。
「左手の小指を貸してください」
きらきらの糸が小指に巻かれる。
「これは『誓いの糸』と呼ばれる特別なアイテムよ。私の言い付けを破りモンスターをサーチした場合、この糸が切れます。それ以外で切れる事は絶対にありません」
「約束を破ればこの訓練の意味が無くなるから忘れないでね。明日から三ヶ月間は夜明けから日が沈むまで森でモンスター退治です。頑張ってください」
にこにこ顔のモーガンさんが鬼に見えるのは俺だけだろうか?
こうして実戦訓練が幕を開けた。