ラウラとルウラ。終
〜午後14時18分 八階 GM執務室〜
「悠に…え、ルウラ…?」
ラウラが驚いた顔でルウラを見る。
「よう。忙しい時に悪いな。ちょっとだけ時間くれ」
「……」
ルウラは俺の隣でそわそわしていた。
「昨日、言ったよな。ルウラが謝ったら謹慎処分を解いても良いと思うってさ」
「あ、ああ。言ったけど…」
「…ほら」
背中を優しく押す。
「…商人ギルドの依頼ではやり過ぎた。…迷惑をかけて………ごめん」
絶句するラウラ。暫し呆然とした後に口を開く。
「…ルウラが…謝った…?遊びで部屋を半壊させた時も…無銭飲食した時も…面白半分でギルドメンバーを半殺しにした時も…注意しても絶対に謝らなかったのに…」
…そんな事してたのかよ。ルウラを横目で見る。
「若気の至り。悪気はなかったそんなに」
「反省しろ」
「……そーりー」
側から見れば謝罪として軽過ぎる気がするがラウラの顔を見るとそうでもないらしい。
「…一体、どんな魔法を使ったんだい?…薬でも盛ったのか?」
どんだけだよ。
「違う。普通に話をしただけさ」
「…いぇー。ゆーから食らった説教。黙って静聴。響いたぜ。はーとにびーと。これからはルウラがラウラにふゅーちゃりんぐ。仕方ねーからかっぷりんぐ」
「説教って大袈裟だぞ」
「亀の功より年の功。普段は年配者の言うことは聞き流すぜ。するーすきる。けど…ゆーのは聞き流せないよ…特別すぎる…」
「特別って…飯を作ったからか?」
むっとした表情でルウラが俺を見上げた。
「……ゆーは鈍感。一度、馬にきっくされたほーがいい」
ひでぇなおい。
「……待ってくれ。頭の整理が追い付かない。ルウラは僕に…協力してくれるのか?…上位ランカーとして…『金翼の若獅子』の為に?」
「ちぇんじ」
ファスナーを下げ襟のボタンを外す。
チェ、チェンジって…!
「ぎゃは!別にギルドがどーなろうが興味はねー。けど…まぁ…悠お兄ちゃんが嬉しいっつーからさ。…柄じゃないけどcooperateしてやる。…Because there is a pleased person I use the power。…それだけだっつーの」
「ルウラ…」
ラウラが目を見開く。ルウラはそれだけ言うとまたファスナーを上げボタンを閉めた。
「そーゆー訳だからよろしく」
「……」
ラウラが考え込む。
「…なぁラウラ。ルウラはまだ子供だ。間違いを犯す時もある。許されない事をしたかも知れない。でも、叱るだけじゃ解決しない。信じてやるのが大人ってもんだろ?…もし、また同じ事が起きたら俺も一緒に責任を取る。だからチャンスをやって欲しい。…頼む」
頭を下げ頼む。
「ゆー…あ、頭を上げて。…げっとあっぷ」
真剣に頭を下げ頼む俺の姿を見てルウラが狼狽する。
「…何故、君はそこまでするのかな?」
「ラウラもルウラも仲間で友達だ。仲良くして欲しいだけだよ。お節介だっては自分でも思うが」
「ふふ」
ラウラが微笑む。
「……わかったよ。ルウラの謹慎処分の件は解くように働きかけてみる」
「ありがとう。ルウラも礼を言わなきゃ」
「…さんきゅー」
「ルウラが僕達に協力してくれるなら上位陣の中でも発言力はかなり増す。今後の活動も大幅に変えられるよ。なによりも…家族として…少しでも意識が変わってくれた事を今はとても嬉しく誇りに思う」
そう言ったラウラの顔は晴れ晴れとしていた。
「いえー」
「…かといって全て許容した訳じゃない。僕の仕事を当面は手伝って貰う。自分から協力すると言ったんだ。当然さ」
「ふぁっく」
「適当な仕事をしたら悠に迷惑を掛ける事は分かってるよね?ルウラ」
「……さー」
微笑ましい光景だな。世話を焼いた甲斐があるってもんだ。
「…悠には本当に驚かされてばかりだよ。…ルウラがここまで君の話を素直に聞くなんて…。面白くないと口より先に手が出る子なのに」
「わたしとゆーは特別な関係。なぜならしーくれ……もががが」
「あ、あはは!なんでだろーな〜」
慌ててルウラの口を塞ぐ。
「まうすふぁすふぇっふぁ。ほーりー」
怪しむ様にラウラが見ている。
「…隠し事かい?ルウラに話をしたのなら僕にも」
「邪魔するぞ。ラウラ…おや。これはこれは。悠にルウラも……揃い踏みじゃないか」
ナイスタイミングゥ!エリザベートォ!
「お、おう。酒は抜けたみたいだが体調はどうだ?」
「問題ない。くくっ…昨日、貴公がベッドに誘ってくれたお陰でね」
「ほわっつ?」
「…ベッド?」
ラウラとルウラが目敏く反応する。
「そうだ。酔って抵抗も出来ない吾を抱き抱え…ベッドに優しく押し倒し…吾の服を…」
「おい。誤解を招く言い方はやめて」
服を直して布団を掛けてやっただけだろうが!
俺が夜這いしたみたいに言うなよ。
「…ルウラのらんじぇりーを凝視したくせに」
「下着を?」
「…凝視した?」
今度はラウラとエリザベートが反応する。
「待て。その言い方は語弊しかない。掃除をしただけだろ」
三人が何か言いたげに俺を見る。
嫌な予感がするな。三十六計逃げるに如かず…。
「仲直りも済んだし俺はこれで」
踵を返し昇降機に向かおうとしたがラウラに腕を掴まれる。…い、いたたたた!…びっくりするぐらい馬鹿力なんですけどぉ!
「顛末を詳しく聞かせてくれないか?」
零度の視線に氷の微笑。逃げられる気がしなかった。
その後、一から説明し誤解は解けたがラウラはなぜか不機嫌になってしまう。
居た堪れなくなって足早に執務室を出て行った。
やれやれ。…とにかく丸く収まって良かった。終わり良ければ全て良し…ってな。
〜午後16時 八階 GM執務室〜
あれから数時間が経過した。
「ーー次はこの書類に判子を押してくれ」
「…うぇー…」
ラウラが山積みの書類を渡す。ルウラはうんざりと言わんばかりに恨めしい顔で書類を睨んだ。
「…とぅーあわーず…ハンコを押しっぱなし。そろそろ腕も痺れっぱなし。一度、挟もうよ休憩時間。れっつてぃーたいむ。へい」
「その書類が終わったらね」
「……」
「くくく…。まさかラウラとルウラの仲睦まじい姿を拝めるとはな。初めて出会った時は殺し合いに近い喧嘩をしてた二人がねぇ…。感慨深いではないか」
「エリザベート。手伝って」
「断る」
即答であった。
「ふぁっく。…ゆーなら手伝ってくれた」
「悠、か。彼奴は歳上だが魅力がある男だ。吾が見染めただけの事はあるな」
自信満々に言い放つエリザベート。
「いえー。同意。ほっとけない雰囲気。助けたくなる不思議。…年の差なんて関係ねぇー。ルウラの色気にゆーもめろめろ」
「はっ。笑わせる。その貧相な洗濯板で?せめて吾ぐらいの豊満な胸に成長しなければ見向きもされんぞ」
「……うぇいとが重いだけで豊満?デブはそーいうぜ欺瞞。時代遅れのふぁいんだーで見えてない。流行りはすれんだー。せいほー」
「く、くくくくっ…よくぞ言った。…吾も久々に体を動かしたいと思ってた所だ。相手になるぞ」
火花を散らす二人を見てラウラが溜息を吐く。
「……はぁ。頼むから仕事をしてくれ」
「そーいえばラウラ。ゆーには言ってないの?」
「何を?」
「ゆーはラウラを男だって思ってる。兄妹だって。ほんとはシスター。姉妹なのに」
仕事の手が止まる。
「…事情があるんだよ」
「ラウラが女性という事実は一部の関係者しか知らんからな。仕方がない」
「それよりもルウラは悠から何を口止めされてるのかな?」
「言えない。ゆーとの約束」
確固たる口調で断言する。
「…ふむ」
「なら悠が秘密を明かしてくれたら僕も女だって伝えようかな」
ラウラの口調はどこか拗ねていた。
「…もしかしてじぇらしー?」
「違う」
「むきになると眉間に皺が寄る癖…図星だな」
「……エリザベート。暇なら仕事を分けようか?」
「くっくく。すまないな。要件を思い出したよ」
一頻り笑った後、エリザベートは真剣な顔になった。
「『月霜の狼』の御令嬢が『金翼の若獅子』に来る」
「なんだって?」
「ラウラとルウラの父君…『金獅子』と『銀狼』の双方が合意した話だと聞いた。情報源は『白蘭竜の息吹』のGMのオルティナからさ。更に困った事にオルティナの弟のヨシュアは最近、ユーリニスと懇意にしてるそうだ。近々、其方も来訪するらしい」
「へぇー。ヨシュア…『暴炎の息吹』だっけ?中々、すとろんぐって聞いた」
「…頭が痛くなる話題ばかりだ。父が絡んでるなら厄介事に間違いない。それにユーリニスか…」
「正式な通達は恐らくこれからだとオルティナは言っていた。…『金獅子』とヨシュアその両名から直接、聞いた話だと言うし間違い無いだろう。オルティナも困ってたよ」
「面白い展開。ルウラもわくわくが止まらない」
ルウラだけが場違いに嬉しそうだ。
「…明後日までに上位陣を緊急招集する。内容はルウラの謹慎処分を解く件と…ユーリニスとヨシュアの件についてだ」
「了解だ」
「おっけー」
「…ふぅ」
話を終えてラウラは悠を思い浮かべる。
もし、もしも…悠が上位ランカーならばこの状況でも彼はきっと何とかしてしまうのではないか、と。
都合の良い想像にしか過ぎない事は重々承知だ。
それでも悠に期待してしまう自分にラウラは自然と笑っていた。




