咲き乱れる空華乱墜。⑦
〜 1時間20分後 闘技場 医務室〜
医務室のベッドに横になり点滴を受け休んでいる。
「…さっきよりは良くなったな」
切創は塞がり出血は収まったが倦怠感は抜けない。
蛇憑き面の影響もあるが血を流し過ぎた。傷は不死耐性で時間が経てば癒えるが失った血は戻らない。
出血多量の状態で無茶をしたからなぁ…。ミコトと契約してなきゃ普通に死んでる。
今頃、レイミーさんは事後処理に追われてるかな。
ルウラは気付けばリングから忽然と姿を消した。
負ける筈が無いと慢心していたガマローネは目論見が外れて放心状態だったけど。
決闘後、俺は直ぐに医務室に運ばれたが危うく回復魔法を処置されかけ止めを刺される所だった。
あれだけの攻撃を受けても不思議な事にヘクサの装束衣装は破けていない。…どんな原理なんだろう。
うーん…へクセの狩装束。翠の魔女の祝福、か。
モーガンさんの力とミドさんの技術で特別な効果が付与されてるのかも。
便利だし助かるから良いけどね。
それにしても…。
「強かったな」
…ルウラ・レオンハート。ラウラの妹で序列第13位。
想像を超えた実力者だった。
決闘は勝ちでも勝負では完敗。
…これから先、あのレベルの相手やモンスターと戦う可能性を考えただけでも恐ろしい。
「……」
そんな事を一人で考えてると医務室の扉が開いた。
ベッドから体を起こす……いてて。
「悠!」
ーーきゅう!
アイヴィーとキューだった。
飛びつき力いっぱい俺を抱き締める。
キューも顔に張り付いた。
いっ、痛ぁ!?
ーーきゅきゅ!
ペロペロと顔を舐めるキュー。…い、息ができない。
〜数分後〜
ーーきゅるぅ〜。
満足したのかキューが離れる。
「あ、アイヴィー…?」
「……」
無言で力を込めるアイヴィー。
「いったたただだだっ!!」
体が悲鳴をあげている。
「…アイヴィーを心配させた、罰だから…」
涙声だった。…かなり心配を掛けてしまったな。
「…なんだ。その、悪かったよ」
頭を撫でる。
「反省して。無茶しすぎ」
顔を上げ目を拭う。
「…信じて応援してたけど…一歩間違えば死んでた。悠が死ぬなんて絶対に嫌…」
「……」
その姿を見て一つの思いが胸に宿る。
強くなりたい。強く在りたい、と。
守るべき人がいる。
養わなきゃいけない家族がいる。
心配してくれる友人や仲間がいる。
助けを必要とする人達がいる。
…俺はもっと強くなりたい。
ミコトの力は強大だ。…このままじゃ使い熟せず宝の持ち腐れにしかならない。
俺にしか扱えない力なら使い熟す責任がある。
昔、見た映画の台詞を思い出した。
大いなる力には大いなる責任が伴う。
「…祟り神の力…。前に聞いてから今まで聞かないようにしてた。皆にも内緒にしてる。…でも…知らないまま…悠が怪我をするのは嫌。…悪鬼と戦った時も大丈夫ってしか言わなかった。…アイヴィーには教えて欲しい。…家族だから」
潮時、か。一緒に生活している以上、嘘をついて隠し通すのはもう限界だ。
「…皆は?」
「まだ会場にいる。アイヴィーは家族ってことで特別に医務室に来れたから時間がかかると思う」
…丁度良い。
「…アイヴィーには真実を話すよ。話を聞いて夢物語や妄想だと思うかも知れないが……約束する。全てが事実だ」
「うん」
「……」
深く息を吸う。
俺を見詰める美しい紅い瞳がーー。
「俺はこの世界の人間じゃない」
ーーこの一言で動揺と困惑に揺れ動いた。
〜20分後〜
「……」
真実を伝えた。
黙って聞いていたアイヴィーは何を思っただろうか。
「…隠しててごめんな」
「ううん」
「……おかしいとは思わないのか?」
「事実は小説より奇妙って本にも書いてた。…悠が常識やルールを知らない理由も納得がいく。…怪しいか怪しくないかで言えば…すごく怪しい話。でも…」
「異世界人で祟り神の……ミコトの契約者でもアイヴィーにとって…悠は悠。何も変わらない。…女心がわからない唐変木の朴念仁でも……優しくて頼りになるお義父さん」
「…」
「私に言ったこと覚えてる?…『例え世界中がアイヴィーの敵になっても……俺はいつだってアイヴィーの味方だ』…って」
「…もちろんだ」
「アイヴィーもいつだって悠の味方だから」
屈託無い笑顔でアイヴィーが答えた。
…………。
「…泣いてる?」
「な、泣いてない!」
「…?…そう」
この心中を言葉にする表現が思い付かない。…泣かせること言いやがる。本当に優しい娘だ。
「皆には言わないの?」
「あ、ああ。無闇に伝えても混乱させるだけだろうしな」
「…きっとみんなも分かってくれる」
ーーきゅー。
「……」
「どんっととらいとぅーざっと」
……嘘だろ。全然、気付かなかったぞ。俺とアイヴィーから少し離れた医務室の端にルウラが立っていた。
「…いつから其処に?」
「がーるに『俺はこの世界の人間じゃない』って言ってたあたり。深刻そうなとーんで話してたから気配を消してた」
頭が痛い。気配消す前にノックして入室してくれ。
盗み聴きじゃねぇか。
「最初からか…。医務室に…いや、俺に用でもあったのか?」
「それは」
言葉を遮りアイヴィーの影が刺々しい刃となってルウラに迫る。
「勝手に部屋に入って盗み聴きするなんて悪趣味。…悠に近づかないで」
親の仇を見る様にきつい眼差しで睨んでいた。
ーーぎゅー…。
習うようにキューも唸る。
「…おぅ。剥き出しの敵意。溢れてるよ殺気。指先あわせてしようぜ和解。さすれば解けるぜその誤解。へいよー。かーむだうん」
「…つまらない駄洒落」
ルウラがむっとした。
「…その一言にかっちーん。喧嘩したいなら買うよふぁっきん」
陰険な雰囲気に医務室が包まれる。
「待ってくれ。落ち着けよ。…アイヴィーもルウラの話を最後まで聞いてないだろ。影を閉まってくれ。な?」
「……うん」
渋々と言った様子で影を引っ込める。
「うぇーい。怒られてやんのー」
「…ルウラも勝手に話を盗み聴きするのは駄目だろ。気配消す以前にノックしろ」
「そーりぃ」
ルウラが少し申し訳ない面持ちで素直に謝る。
「べー」
「…舌を引っこ抜かれたい?」
「はぁ…」
話が進まない。
〜5分後〜
「なるほど」
「いえす」
どうやら俺の見舞いに医務室に来たのは良いが会話の内容が気になり盗み聴きしてしまったらしい。
「ゆーは異世界人で契約者……ふぁんたすてぃっく。あの力の源にも納得。けど他人に言わないほーがいい」
「…どうしてだ?」
「契約者が意図せず死ねば従魔は神獣や神霊になる。…神獣も神霊も天災級の危険度。拘束され監禁されることもある。酷いけーすだと人体実験のさんぷるにされるよ」
「……悠はそんなことにならないから」
「ふゅーちゃーは誰にもわからない。親切な忠告を聞いといて損はない」
「貴女の方がよっぽど怪しいし危険」
「ぱーどぅん?」
「…こらこら。喧嘩すんな」
しかし、ルウラの言い分も分からなくもない。
只の従魔でなく祟り神の従魔だ。与えるショックと影響を考えれば時期尚早かもな。…頃合いを見計らって別の機会にしておこう。無理に言う事でもないし。
「この件は暫く内密にするよ。アイヴィーも分かってくれるよな」
「悠がそう決めたなら私は秘密を守る。…この人はどうするの」
「心配しないで。しーくれっとは守る」
「…そっか。頼むぞ」
疑っても知ってしまったものは仕方がない。
俺をじーっと見詰めるルウラ。ゆらゆらと体を揺すりながら言った。
「あっあっ…おーでぃーるは合格。過去の話を聞いてゆーへの好感度も好奇心もあっぷ。ルウラと組めば無敵のぱーてぃ。よろしく頼むぜばでぃ」
「PTに……相棒?」
「いえす。わたしはゆーが気に入った。ぱーてぃを組もう」
呆気に取られて言葉がでない。
…さっきまで戦ってたのに変な感じだ。
「ふざけないで」
アイヴィーが怒る。
「ふざけてない。真面目に言ってる。ゆーだってわたしとぱーてぃを組めればはっぴー」
「悠は私と組んでる。貴女の出る幕はないしお呼びじゃない。帰って」
ーーきゅ…きゅー!
…また頭が痛い。もう何が何やら。
とりあえず場を収めよう。
「ルウラ。悪いが固定でPTを組む気はない」
「えぇー…りありぃ?」
「悠!」
悲しむルウラと喜ぶアイヴィー。
「…でも申し出は嬉しいよ。それに……俺の秘密を知ってしまったんだ。もう仲間さ」
「やふー。いぇーい」
「…むぅ」
喜ぶルウラと悲しむアイヴィー。
「そうだ。幾つか質問に答えて欲しいのだが」
「おっけー。どんとうぉーりー」
さて、と。聞きたい事は沢山ある。
どれから聞こうか。




