咲き乱れる空華乱墜。⑤
〜同時刻 観客席〜
「ーー落ち着き給へ。最早、決闘の結末を見守るしかなかろう。騒ぎになれば後々面倒になるぞ」
「……」
苛立つラウラを宥めるエリザベート。
先程まで怒り心頭でリングに上がろうとしていた。
「…分かってる。分かってるが…ルウラめ。どういう魂胆で悠と代理決闘を…」
「十中八九、大した理由はないだろうな。…差し詰め代理決闘まで手引をしたのはユーリニスか。吾の記憶違いでなければ『蝦蟇の貯金箱』のGMは彼奴と懇意にしていた筈だ。…くく。愉悦しているあの顔を見れば憶測ではなかろう」
「…謹慎処分では生温かった。五ヶ月前のあの日…騎士団に突き出させば良かったと心底、後悔してるよ」
「……」
エリザベートは少し悲しそうな表情を浮かべている。
「ま、まさか『舞獅子』が対戦相手なんて。…で、でもユウさんなら…!」
「…僕も悠の強さは信じてる。でも相手はルウラだ。獅子を食い殺す兎はいないだろう?…それぐらい絶望的な戦力差がある」
ボッツに唇を噛みながらラウラが告げる。
「……はぁ。来月は草でも食って飢えを凌ぐしかねーな」
「バカ!それも困るけどユウさんが心配じゃないの!?…『舞獅子』が相手なんだよ!?」
「俺だって心配してるっつーの。でもよぉ殺しはしねーだろ?」
「ふむ。…ルウラは力加減が不得手だ。殺すつもりは無くとも致命傷を与えかねん。怪我で済めば良いがな」
「マ、マジかー」
「ゆ、ユウさん…!」
「大丈夫さ。そんな蛮行は僕が絶対に許さない。…幸いリングも近いし結界を破壊してでも止めに入る」
ラウラが忿怒を湛えリング上のルウラと反対側客席のユーリニスを射殺す様に睨んでいた。
その姿を見て三人が息を飲む。
発せられる空気に圧倒されたからだ。
「まぁ、吾も居るし最悪の事態は回避出来るだろうよ。しかしルウラの行動原理が相変わらず分からん」
「…ねぇねぇなたりあ。あのおねえしゃんつおいの?」
サイドテールのかわいらしい幼女が聞く。
「…大丈夫よリル」
「ぼーしのおじしゃんまけちゃう?」
「……」
ナタリアは返答出来ずにいた。
「勝つよ」
ーーきゅー!きゅきゅ!
アイヴィーが静かにはっきりと言う。
「大丈夫。悠はかならず勝つ」
優しい口調でリルに話すアイヴィー。
「…アイヴィー嬢。そう断言する根拠を吾にも教えて欲しい。獅子の血を継ぐ強者の『舞獅子』に勝つ算段が悠にはあるのか?」
エリザベートの問いに淀み無く答える。
「みんなは悠の本気を知らない」
「悠の本気だと?」
「…それは…見てればわかるよ」
「ほぅ…」
言い淀むアイヴィーを探るように見詰める。
「とにかくアイヴィーは信じて応援するだけだから」
「…そうだわ。私達もお姉ちゃんと一生懸命応援しようね?」
「「「「「「はーい!」」」」」
子供達が元気良く返事をした。
「…始まるぞ」
『これより代理決闘を開始する。…始め!』
ボッツがそう言って直ぐに決闘が開始された。
「え、ええ!?」
リングからルウラが消える。
「左だ」
エリザベートの一言と同時に凄まじい蹴りの一撃が悠に直撃…。
「…大したものだ。防ぐか」
していなかった。
構えた銃で右足を顔面寸前で止めている。
ルウラは消えては現れ打撃を繰り出し数え切れない殴打の嵐が悠を襲っていた。
「防戦一方じゃん…!やべぇぞ」
「でも直撃してないよね…?」
「あ、ああ。しっかりガードしてるぞ!」
「ラウラ」
「間違いない。…迅歩を見切っている」
「しゅんほ?」
ラッシュが首を傾げる。
「五大元素の一つ…風の元素を手足に集め素早い体捌きで移動する技法さ。…速く動く…言葉にすると単純な技術に聴こえるだろう?しかし習得には元素を的確に体に集中させる感覚と技量が必要だ。達人が使う迅歩は目に止まらぬ速さで移動するが…ルウラの迅歩は目の前から消えたと錯覚する程の絶技。それを初見で対応するとはな」
エリザベートが説明する。
「ほえー…でも攻撃しなきゃ勝てねーぜ。ユーさんはどうするつもりだろ」
「あ、見て!」
メアリーが叫ぶ。悠がリッタァブレイカーで地面を叩き爆発を起こした。
爆発でリングが隆起しルウラが後退した隙を狙って銃で追撃する。しかし、弾丸は当たらず終わった。
瞬く間の応酬である。
『………はっ!?実況を忘れて見入ってたぜ。一方的な展開の勝負になると思いきや…一進一退の激しい攻防…舞獅子がすげぇのは知ってたが…クロナガユウの実力は本物みてーだ!しかもなんだよあの武器は…ギミックウェポンに銃か?』
「ぼーしのおじしゃんすごい!ばーんってばくはつさせた!ばーんって!」
リルが興奮して騒ぐ姿をアイヴィーは満足気に見た。
リング上に視線を戻す。
「がんばって」
声援は歓声や騒音に紛れ耳には届いてないだろうが悠は期待に応えるかの如く金剛鞘の大太刀を構えた。
〜同時刻 リング〜
「いぇーい」
銃弾は軽く避けられた。速いし素手による打撃の一撃も重い。
女の力じゃねぇな。
…けど俺の戦闘数値も伊達じゃない。それに反応して防御ができる。ミコトの力がなけりゃ到底無理な芸当だけど。
「仕掛け武器に銃。ふぁんたすてぃっく」
それにしてもルウラは全然、余裕って感じだ。無駄弾を撃ってMPを消費し続けるのは得策じゃない。
金剛鞘の大太刀に持ち替え距離を詰める。
「おぅ。…そのうぇぽんは更にくーる!いぇー…あっあっ…ルウラの気分が高揚。会場の熱気も上昇。ばとるは次のすてーじに突入!挿入!イくぜ早漏。魅せるぜうぇぽん。かもん。方天画戟・黒坊切景秀」
ルウラの左手に白銀の美しい武器が現れた。先端の左右に三日月状の刃が輝く。左足を上げ槍を突き出し体を反った独特の構えを見せた。
「さっきよりでんじゃらす。あんだーすたん?」
「…女の子が挿入とか早漏って言うもんじゃないな」
「はっはー。れでぃごー」
軽口も束の間。ルウラが眼前に迫る。
武器と武器が衝突し火花が散った。
「…っ…!」
剣戟を続ける内に徐々に対応し切れなくなる。
軌道が読めないのだ。鋭く予期せぬ角度から攻撃が襲ってくる。
「(…しかも、だんだん…速く…!)」
体術も混ぜ合わせてくる。
お互い間合いの長い武器を使っているにも関わらずルウラは器用に立ち回って猛攻を繰り出す。
加護の恩恵を受けている俺が劣勢に立たされていた。
美しく舞い踊る怒涛の連撃。
「!」
方天画戟を弾き飛ばしルウラが体勢を崩した。
好機と判断し金剛鞘の大太刀を振り下ろす。
「がはっ!?」
「油断大敵。りぐれっとしても遅いよ」
バク転と同時に顎を蹴られた。
視界が揺れ口の中を切ったのか血の味が広がる。
「落葉」
「ごほぉ…」
なぎ払う一撃。
「時雨」
「…ぐあ!」
連続の突き。
「銭鮫」
柄で腹を殴り屈んだ瞬間に斬り下がる。
「がっ!?」
「連衡方天撃・薺の舞」
顔を上げた次の瞬間、無数の斬撃を浴びせられた。
「うっぐ…!…はぁ…はぁ…」
思わず後退。血がリングに滴り落ちた。
「…えんどする?それともこんてぃにゅー?」
つ、強い。圧倒的に…ただただ強い。
遊ばれてる。ルウラは全く本気じゃないだろう。
現に追撃のチャンスなのに構えもせずにいる。…これが金翼の若獅子の上位ランカーの実力なのか。
「…はは…馬鹿か俺は」
ミコトの力は使いたくない。…そんな馬鹿な事を考えてた自分を殴りたくなる。
力を隠して勝利できる生易しい相手じゃないだろ。
思い返せ。
俺には勝たなきゃいけない理由があるんだぞ。
「…待たせて悪い。コンティニューだ」
「おっけー。次はもっと集中した方がいい」
「……ああ。歳下の女の子だからって甘く考えてたよ。ここからは全力で挑ませて貰う」
「ほわっつ?」
ルウラは首を傾げた。
「九墨蛇」
黒蛇を右腕に纏い上に手を挙げた。
蠢く蛇が巨大な拳となる。
「…わーお…」
遠慮なく全力で黒蛇の拳を振り下ろした。
打壊するリングに轟音が鳴り塵埃が宙に漂った。
…手応えはない。回避してるのだろう。
案の定、視界を遮る土煙の中から方天画戟を構えたルウラが突進してくる。
「ーーーうおおおっ!」
振り下ろした黒蛇の拳骨を横に振るうが風切り音だけ残しジャンプして避けられた。
今度は左腕を翳し九墨蛇を解除する。
「…ぐっ…いけ」
蛇がばらけ其々が捕まえようと伸びていく。
「!」
…おいおい嘘だろ…。
信じられない事にルウラは空中で方向転換した。
宙を駆け追う蛇を弾いていく。魔法か技術か…?
原理は分からないが単純に凄い。
空中で技を繰り出さんと武器を構え直すが…。
「弧雛…あれ?」
…でも無理だ。もう捕まえたからな。
裂傷を繰り返し左腕から流れ落ちる血。
最初から九墨蛇の攻撃を当てられるとは思ってない。
距離を取って捕捉する溜め時間が欲しかった。
この呪術を決める為に。
「禁法・縛烬葬!」
猩猩緋色の業火がルウラを焼き焦がしーー。
「…ふぅー。なかなかのあたっく!」
ーーていない!?
…信じられない。業火を方天画戟で振り払っていた。
いや、まだだ!リッタァブレイカーの撃鉄を起こし九墨蛇を纏わせ跳躍した。
互いの武器が激突するや金属音と同時に通常時より威力が高まった爆破が生じ方天画戟を弾く。
「おぉ…」
「悪いな。痛いぞ」
そのまま腹を殴る。
柔らかい肉の感触が武器越しに伝わってきた。
「…かはっ…」
ルウラをリングに叩き落としその衝撃でリングが更に破壊される。
着地と同時に大歓声が巻き起こった。
「…ちっ」
舌打ちをする。…手を抜けない相手とはいえ女の子の腹を全力でぶん殴ってしまった。
バルバリン達との戦闘では手加減して殴ったが今回は加減する余裕がない。致し方なくても女を殴るのは抵抗感があるな…。
これで勝ったとは思えないが結構なダメージは与えただろう。
『やっべぇーーー!!…ド派手な応酬に息をするのも忘れちまう!しかもクロナガユウの攻撃は一体なんだ!?…蛇の魔法…?…とにかく!ぶっとい触手みてぇな蛇で容赦なく攻めまくった真性のサド野郎の猛襲を受けて舞獅子は無事なのかーー!?』
…酷い言われようだ。名誉棄損だぞ。
実況者に憤慨していると石が崩れる音がした。
「!」
ルウラがゆらりと立ち上がる。警戒するが何やら様子がおかしい。
『立ったあぁぁー!!勝負はまだ終わらない!』
「…あはははあははは!ーーふぅ。ぐっと。べりぃー…ぐっと。すごくいい。…もっと…一緒にりみっとまでイこう」
「嘘、だろ」
三日月に目を細め笑い平然としてやがる。
「『阿護の盾』をぶろーくんするぐらい強いなら…ゆーなら…いいよね」
「(阿護の盾?)…言ってる意味は分からないが勝つまで戦うさ」
「あは!最っ高にくーる!!」
溢れ出る空気に威圧された。…加護で恐怖を感じない筈なのに悪寒が止まらず冷たい汗が頰を伝う。
襟元のボタンを外しファスナーに手をかけた。
「わたしは力加減がへたくそ。すぐ終わっちゃ嫌だよ」
「さっきから一体何を…?」
「ちぇんじ」
ファスナーを下ろし口元が露わになる。…別段、変化は見当たらないが。
「ぎゃはははははっ!Please me」
「!?」
薄いピンクの唇と双眸を吊り上げ劈くように嗤う。
溢れ出す魔力の波動が空気を揺らす。悪寒は一気に最高潮まで昇り詰めた。
…これは只事じゃないな。
「悠兄ちゃーん。Simple playは終わりさ!こっからはDifficult play。…さっきまでと一緒にしちゃダメだぞ。ぎゃは」
口調と態度が激変してる…まるで別人のよう。
混乱してる俺を愉快そうに眺め構えた。
「さーてと。それじゃ…It's showtime!」
コートの袖口から無数の武器の刃が飛び出す。
…気を引き締めろ。動転してる場合じゃない。戦闘はまだ続いてるんだ。
金剛鞘の大太刀を握り直しルウラに突進した。
〜数分前 観客席〜
『やっべぇーーー!!…ド派手な応酬に息をするのも忘れちまう!しかもクロナガユウの攻撃は一体なんだ!?…蛇の魔法…?…とにかく!ぶっとい触手みてぇな蛇で容赦のなく攻めまくった真性のサド野郎の猛襲を受けて舞獅子は無事なのかーー!?』
「ラウラよ」
「…いや…僕も初めて見た。魔法とも奇跡とも違う。恐らく呪術だろう。……あれ程、強大な呪いを扱うなら代償も相当なものだ。君達も知らなかったようだね」
「うん。武器を使ってっとこしか知らねー。…あんな力があったなんて……なぁ?」
「…ですね」
「くっくっく。先程の気掛かりな口振りを察するにアイヴィー嬢は知ってたのだな?」
「うん。魔窟攻略の時から知ってる」
ーーきゅー。
「合点がいったよ。…あれが悠の本気か」
「……」
アイヴィーは答えずに黙る。
「だが阿護の盾を突破するとは…。あれは攻撃手段を制限する代わり一定のダメージ以下の攻撃や魔法を無効化する『獅子族』特有の秘術だろう?驚かされる事柄が多過ぎるな。…しかし、問題はここからだ」
「ああ」
ラウラが顔を顰める。
「…え。問題ってなんですか?」
メアリーが不安そうに尋ねた。
「ルウラは悠を闘う相手として認めた。ここからが本番なのさ。阿護の盾の効果で大半は防いだからね…。大したダメージもない」
「そ、そんな…」
「お、おい!あれ」
「!」
ラッシュがリングを指差す。ルウラが着るコートの袖口から無数の武器が突き出したのだ。
「…あの状態で『刀氣剣影』か。近寄るのも困難だぞ」
悠がルウラに突進しようと駆ける。
「ーー駄目だ!下がれ!」
思わず席を立ちラウラが叫ぶ。
…しかし、叫びも虚しく突進した悠の体を剛矢の如くルウラから放たれた多数の剣と槍が貫いた。




