咲き乱れる空華乱墜。③
~櫻木の月30日 第8区画 闘技場前~
あれから三日後。時刻は午後12時30分。
いよいよ代理決闘当日を迎えた。
レイミーさんとの待ち合わせ時間まで後30分。
闘技場は丸屋根がある古代ローマの円形競技場に類似しているが近代的だし馴染み深いイメージで言うならドームって感じだ。
既に大勢の人が闘技場の周りにいた。
…この人数の前で戦うのは流石に緊張するな。
アイヴィーはボッツ達と一緒に来るって言ってたし当然、ラウラやエリザベートも居ない。
「受付カウンターを探すか。探してる内に待ち合わせ時間になるだろ」
闘技場の中に入り受付カウンターを探す。
~20分後 闘技場受付カウンター前~
中も広く出入口か多数に設置してるので混乱したが何とか受付カウンターを発見した。
お、レイミーさんだ。
「お待たせしました。迷っちゃって」
「いいえ、待ってませんよ。今日は宜しくお願いします。少し早いですが手続きを済ませましょう」
レイミーさんと手続きを行う。
書類手続きを終えて控室に案内された。
〜15分後 闘技場 控室〜
「ふぅ」
タバコに火を点ける。
「落ち着かない様子ですね」
「…まぁ、はい」
戦闘に関しては加護もあるし心配していない。アルバートやバルバリンと戦った時も人前だったし孤児院の為に自分の意思で決めた代理決闘に後悔はないさ。
…ただ、闘技場で…まして一般の観客の前で戦うなんてのは初めての経験だ。
緊張しない方がおかしいだろう。
「決闘までの流れは私と一緒に入場し実況者が悠さんを観客に紹介します。審判からルールの説明を受け合図と共に決闘開始になるわ」
…ふぁっ!?
「実況もいるのか…」
「ええ。闘技場なら普通では?」
あぁ…余計に緊張してきたぁ…。
「…成る程。意外でした。貴方は緊張と無縁の人物だと思ってましたが」
「…緊張しますよ。普通の人間ですから」
控え目なノックの音。
「どうぞ」
「失礼致しますわ。…クロナガユウ様の控室はこちらであっているでしょうか?」
修道着に身を包んだ妙齢のしおらしい女性が幼い少年を連れて入って来た。少年の首には見覚えのあるロザリオがぶら下がっている。
あれは前に俺が巌窟亭の依頼で作ったロザリオじゃないか。
「はい。そうですけど」
「申し遅れました。私はベルカ孤児院で働く修道女…ナタリア・シーシェパートと申します。この子はカイン。ほら挨拶をして」
「こんにちわ」
ナタリアって名前も知ってる。Gランク依頼と巌窟亭の創作依頼の依頼者の名前だ。
「よろしくなカイン。ナタリアさんも。依頼で名前は知ってましたが会うのは初めてですね。…何か御用でも?」
「私が手配しました。実は彼女に頼まれたんですよ。決闘前に悠さんに直接会ってお礼が言いたいと」
「お礼?」
「…ユウさんのお陰で孤児院の子供達は流行病から回復し元気に過ごせています。そして安い報酬金で素晴らしいロザリオを作ってくれました。…本当に…本当に…有難うございます」
「仕事なので」
「そうですか。…でも今回の代理決闘は孤児院の為に受けて下さったとレイミーさんから聞いてますよ」
「……」
言わなくていいのに。
「ガマローネさんから提示された条件は工場設立の為の孤児院の土地一帯の買取でした。…私はレイミーさんの町興し事業の方を支持しましたが…」
「立退きの嫌がらせを受けたのですね?『蝦蟇の貯金箱』が得意とするやり口だわ」
「はい」
「……」
悲しそうに目を伏せる。
カインは心配そうにナタリアさんの袖を握っていた。
「…裕福な暮らしが出来なくても貧しく慎ましい暮らしでも…孤児院は私の…いえ、子供達の大切な我が家です」
膝をつき手を組んで祈る。
「…十分なお返しも用意できずお恥ずかしい限りですが…せめて貴方の為に祈らせて下さい。女神『フラネ』の加護がにあらん事を…」
「あらんことを」
カインも真似して膝をつき祈る。
…ナタリアさんとかインの手は罅割れた傷でぼろぼろだった。二人とも若いのに苦労をしてるのだろう。
「……」
昔を思い出す。数少ない優しくしてくれた施設職員のお姉さん。…泣いていた俺を傷だらけの手で頭を撫でてくれたっけ。
「…立って下さい。俺の為に祈ってくれてありがとう。必ず全力を尽くします」
「はい。…レイミーさんが用意して下さった席で子供達と一緒に見守ります。…どんな結果になろうとちゃんとお礼を言えて良かったわ」
「おにいちゃんがんばってね。ぼくいっしょうけんめ…?…おーえんするから!」
「ああ」
ナタリアさんとカインが控え室を出る。
「……」
気力が満ちてくるのが自分でも分かる。
「…あら。先程とは違って落ち着いてますね」
「ええ。まだ緊張はしてますけど」
「成る程」
二人の訪問は俺に気合いを入れてくれた。
代理決闘の開始時刻までもう少しだ。
〜午後13時50分 闘技場 観客席〜
「人がいっぱい」
ーーきゅ。
アイヴィーがジュースを飲みながら呟く。
「ねー。何回か観に来た時はあるけどほぼ満席になってるしびっくりだよ」
「アルバート達もいたよ。…アルバートは興奮しすぎてイージィから殴られてたけど」
「A席でも一番良い席じゃん。…うひょー!リングがちけぇ」
「…お前らよく普通に騒げるな」
「くくくっ。緊張する事はないだろう」
「そうさ。『砦の守護者』のリーダーのボッツ君だったよね。君達も悠と仲が良いのは知ってる。今日は皆で応援しようじゃないか」
「は、はい!」
六人がリングサイドの横列の席に並んで座っている。
「ボッツってばめっちゃ緊張してんじゃん」
「しかたないでしょ。上位ランカーの二人が横に座って一緒に観戦するんだもん。一介の冒険者のわたしたちじゃ普通はあり得ないもの」
「そっか?」
「そうよ。バカは気にしないでしょーけど」
「うっせぇデブ乳」
「やめないか。恥ずかしいだろ」
ボッツが言い争いを始めるラッシュとメアリーの仲裁をする。
「…ラウラ。見たか?『勇猛会』に『リリムキッス』…『傲慢なる鉄槌』と『禊の教会』…。GMに幹部共が勢揃いだぞ」
「うん。…ユーリニスも向こうの観客席にいる。『荊の剣聖』も来てたよ」
「くくくっ!…勧誘、か。皆考える事は同じだ」
「無所属登録者なのが一番の要因だろうね」
「ーーで、吾等はそれを牽制し阻止する、と。…謂わば城を守る双璧という訳だな」
「ああ。悠が『金翼の若獅子』に所属しなくても彼は色んな意味で重要な存在だ。…手離す事はできない」
「ふむ。まぁ吾の崇高な趣味を理解してくれる聡明な男だしな。…どうした?」
趣味の部分に反応するラウラを怪訝な顔で見る。
「いや、別に…」
「うわぁ…!」
アイヴィーの隣に座る幼女がキューを見て目を輝かせた。
ーーきゅー。
「…触ってみる?」
「わーい!」
ーーきゅきゅ。
「かわいい〜」
「おれもさわる!」
「あたちもさわるの」
ーーきゅ!…きゅきゅ。
キューをぺたぺたと触る子供達。
「こら。騒いだら駄目ですよ。…どうもすみません」
「大丈夫。キューも喜んでるから」
ーーきゅきゅ。
キューがナタリアの頰を舐める。
「うふふ、可愛い……キューって名前なのね。竜の赤ちゃんかしら。あなたのお名前は?」
「アイヴィー」
「私はナタリア。この子達の保護者よ。お父さんとお母さんは?」
「お母さんはいない。…でもお義父さんはいる。代理決闘で戦うから応援にきてる」
「!…あなたは…ユウさんの娘さんなのね」
「そう。血は繋がってないけどアイヴィーにとって誰よりも大切な人だから」
自慢気に誇らしい顔でアイヴィーは笑う。
「…私達もお義父さんには大変お世話になってるの。一緒に応援するわ」
「悠とはどーゆー関係?」
「無償で依頼を受けてくれて火鼠病に苦しんでた子供達を助けてくれたの。命の恩人なのよ」
「…そうだったんだ」
悠は活躍も過去も決して吹聴しない。アイヴィーが知らないのも当然だった。
「あ!はじまるよ〜」
ファンファーレが鳴り響く。
『ーーご来場の皆様方ぁ……大変、長らく待たせたな!!これよりオーランド総合商社VS蝦蟇の貯金箱の代理決闘を開始しちゃうぜぇ』
拡声魔導具で場内に軽快なアナウンスが流れる。
『実況を務めるのは闘技場公式実況者でお馴染みのぉ……セイブス・マッケンローだ!よろしくぅ!』
歓声が起きた。彼はベルカでは有名な実況者である。
『オッケーオッケー…。まず簡単な注意事項を聞いとけよ。審判と代表者がリングに上がったら一流の結界魔術師と結界魔導具の結界が観客席とリングサイドを遮断する。展開中はリングに近づくなよ。…こんがり焼けたウェルダンのお肉にはなりたくねーよな?……それ以外はなーんもねぇ!ちゃーんと賭け切符は忘れず取っとけ。換金所は南口にあっからな』
「…ちょ、ボッツ。その手に握ってる切符って…」
メアリーがボッツの手に握られた切符を見て唖然とする。
「これか?勿論、ユウさんの勝利に来月の生活費を全額賭けたぞ」
ボッツが笑顔で答える
「はあああああっ!?」
「心配するなって。ユウさんは絶対に勝つさ」
「そ、それは…わたしも勝つって信じてるけど…あーもう!信じらんない!」
『…さーて、長ったらしい御託はお終いにして…入場の時間だ。…なあ皆は最近、話題の人物を知ってるかい?』
「お!入場すんぞ」
「わくわくするね」
ーーきゅう!
「…くっくっく。どんな顔で入場するか楽しみだ」
『突如、流星の如くベルカに現れた謎の男。戦装束に身を包み…僅かな間で冠せられた数々の呼名は…魔物殺し…姫と狩人…救いの使者…灰獅子の懐刀。その勇名は果たして本物か?……てめぇらも目ん玉ひん剥いて刮目しやがれ!今日、俺達は噂に違わぬその強さの証明人になるんだからなぁ!…オーランド総合商社代表…クロナガァ…ユウウウウウゥー!!』
闘技場に大きな歓声が響き渡った。




