咲き乱れる空華乱墜。②
〜午後14時15分 金翼の若獅子 一階フロア〜
一階にフィオーネとラッシュがいた。
フィオーネは顔色が大分、悪そうだな。
「おう」
「お、ユーさんじゃん。朝飯美味かったぜ。それとアイヴィーから伝言で今日はギルドに行かないってさ」
「わかった。ありがとう」
「…あ。悠さん…昨日はすみませんでした。飲み過ぎてご迷惑をお掛けしたみたいで…」
「大丈夫だよ。体調は?」
「ふふ…。二日酔いですが大丈夫です。美味しい朝食も頂きましたし…モミジも仕事に行きましたよ」
大丈夫そうに見えない。
…後で巌窟亭にも顔を出しとくか。
「そーだ。代理決闘するんだろ。ポスターとチラシを見たぜ。メアリーとボッツはチケット買いに行ってっし俺もユーさんの戦いっぷりに期待してっから」
チケットを買ってまで観たいかねぇ…。
「大々的なイベントで俺も驚いてるよ」
当事者なのにな!
「……代理決闘は闘技場の賭け試合の対象にもなりますからね。…広告を見ましたが…うぅ。…『オーランド総合商社』のレイミーさんは敏腕商人ですし…ある程度は事前に計画してたのでしょう…」
…言われてみれば広告やチケットも用意周到で抜かりがない。櫻木の月25日から二日で準備するには時間も足りない気がするし見通しを立てて計画してたのか…?事実なら凄い。…流石、商人ギルドのGMって感じだな。賭け試合の対象ってのも盛況してる主な要因の一つだと思う。
「私も…応援に行きたいですが…生憎、その日はギルドの…仕事で外せない予定があります…残念です。…観れなくても応援してるので頑張って…下さい」
「あ、ああ」
「…私は仕事に戻りますねー…先日のお礼は必ずしますので…」
体調が悪いのに無理に笑う。
「…本当に大丈夫か?無理しないで今日は休んだ方が良いぞ」
「ふ、ふふ。大丈夫ですよー」
ふらふらと仕事に戻った。
「あららー…俺らも休めって言ったんだけどさ。モミジも具合悪そうな感じだったし」
「仕事に対する責任感が二人とも強いのさ。…次は飲み過ぎないように注意しないと」
ラッシュと暫く世間話した。
〜10分後〜
「やっほー!」
「ユウさん。昨日はどうも」
「ああ。二人はチケットを買えたのか?」
「…それが第6区画の支店では全席完売してました。後で別の店にも行ってきます」
「ええー!マジかよ…」
ふむ。なら丁度良い。
「良かったら三枚どうだ?実はA席のチケットをレイミーさんから貰ってるんだ」
「やった!ありがとー。わたし応援がんばるよ」
「はは。ありがとな」
メアリーの天真爛漫で元気いっぱいの姿に癒される。
「チケット代を払いますよ」
「気にすんなよボッツ。無料で貰ったチケットだし」
「サンキュー」
「…お言葉に甘えます。代理決闘を頑張って下さい。どんな相手でもユウさんなら大丈夫だ」
三人と別れる。
…そうだ。ラウラにも報告しないと。昇降機で八階へ移動した。
〜八階 GM執務室〜
部屋にはラウラの他にエリザベートも居た。
「やぁ悠」
ラウラが微笑む。
「悪い。忙しかったか?」
「大丈夫だよ。エリザベートと『白蘭竜の息吹』の件で話をしていただけだから」
「先刻、代替わりの話はしただろう?新GMに決まったのは先代の娘なのだが弟を筆頭に快く思わぬ輩も多いのだ。…まぁ、弟には釘を刺して来たが……っとその話は置いといて…広告を見たぞ。貴公、吾と談話してる時は内緒にしてたのか?」
エリザベートがにやりと笑う。
「…済し崩し的にこうなったんだよ。俺もびっくりしたし…ラウラにも報告しようと思って来たんだ」
「僕も広告を見たよ。…『灰獅子の懐刀』、か。代理決闘でこの呼名と共に君が有名になるのは吝かじゃない」
何故か嬉しそうに見える。
「くくっ。吾も観に行こうかな」
「そうだね。時間を作って僕も行こうと思ってる」
「二人も観に来るなら余計、無様な姿は見せれないな…。チケットを貰ったんだがやるよ」
「良いのかい?」
「ああ。どうせ貰い物だし」
二人にチケットを渡した。
「ありがとう。応援するから頑張って」
「…ふむ。吾が居ない間に余程、交流を深めたのだな。ラウラの顔が物語ってる」
「べ、別に普通さ。また一緒に食事に行こうね。今度は三人で」
「うん。そうだな」
「くくっ。…貴公達。中々、分かってるではないか。吾は美食家だ。美味い店を紹介しよう」
オッドアイの瞳を細め翼と尾が揺れている。
それにしても…。
「……悠。どうかしたのか?」
「あ、いや。何でもないよ」
…ラウラがルウラと似てる気がしたが他人の空似かな。
用事も済んだし帰る前に巌窟亭に顔を出してモミジの様子を見に行こう。
〜午後15時 第2区画 巌窟亭〜
受付カウンターに座るモミジ。フィオーネよりは顔色が良いな。
「…おー…ユウ。昨日は美味い飯と酒をありがとな。朝飯まで食わせてもらっちまった」
「楽しんで貰えて良かったよ。フィオーネやボッツ達とも仲良くなれたみたいだし俺も嬉しい」
「まあな。他の奴等もあんな感じなら上手くやってけそーだけどよぉ。フィオーネも堅物だと思ってたが話てみりゃおもしれぇーし…」
「フィオーネは二日酔いが酷いみたいだったがモミジは大丈夫そうだな」
「…ケッ。あの程度じゃまだイケる…って言いてぇとこだが…久しぶりにかなり酔っ払ったよ」
こめかみに手を当て項垂れる。
「あんまり無理するなよ」
「ありがとな。…つーかユウも結構飲んでたのに余裕そうじゃねーか」
「あまり酔わない体質なんだ」
狂気耐性のお陰だけど。
「ふーん。…にしてもお前って話題に事欠かねぇーな。広告を見たぜ。仕事があっから観に行けねーが応援してっからよ」
「頑張るよ。フィオーネにも似た事を言われたが応援されるのは嬉しいし」
「…そうだ。ちょっと手ぇ貸せ」
「?」
右手を差し出す。
「……」
モミジが手を握ったり指の長さを測っている。
ちょっとこそばゆい。
「…うし。もういいぞ」
「どうかしたのか?」
「何でもねぇーよ。ま、楽しみにしとけや」
「…?…ああ。それと依頼があったら受けるけどあるかな」
モミジが書類を確認する。
「んーと…悪ぃ。受注済みの依頼しかねぇや」
「わかった。じゃあまた今度な。酒は飲み過ぎるなよ」
「うっせーな。…それと次は二人で飲もうぜ。いい居酒屋知ってっからよ」
飲んでも酔えないが付き合いは大事だ。
「了解。楽しみにしてるよ」
巌窟亭を出る。買い物をして帰ろう。寄った店で代理決闘の広告の宣伝効果のせいか声を掛けられた。
…有名人にでもなった変な気分。
〜夜19時 マイハウス リビング〜
「ーーん。悠は闘技場で戦うんだ」
「ああ。そうなる」
夕食後、リビングでアイヴィーに広告を見せて経緯を説明した。
「『魔物殺し』に『灰獅子の懐刀』…『救いの使者』それに『姫と狩人』…呼名がいっぱい」
「まあな。アイヴィーも観に来るか?」
「うん。アイヴィーが悠を応援するのは当然だから。キューもそうだよね?」
ーーきゅう!
「そっか。なら百人力だな。…これはチケットだ。貰ってくれ」
「ありがとう」
最後の一枚を渡す。
「今日は何してたんだ?」
「洗い物や掃除。フィオーネやモミジも手伝ってくれたよ。お昼ご飯はメアリーが作ってくれた」
「うんうん。偉いぞ」
「…でも皿を数枚割っちゃった」
「怪我はしてないか?」
「…うん」
「上手くいかない時だってある。大事なのは失敗から学んで次に活かす事さ」
「わかった。どんどん失敗するね」
「お、おう」
ちゃんと伝わってるか不安だ。…教育って難しいな。
「キュー。書斎にいこう」
ーーきゅ。
アイヴィーとキューがリビングから出て行く。
ーーー…しっかしまぁ…あんたって話題が尽きないわね。
アルマが喋る。
「仕方ないよ。気付いたらこうなってたんだから」
ーーーせいぜい無様な姿を晒さないようにしなさい。
「はいはい。あ。それとな…」
エリザベートに聞いた封印の解除方法について話す。
〜数分後〜
ーーーそんぐらいわかってるわ。…代わりに捧げる代償を試したけど並大抵の物じゃ無理だった。ランダも色々と旅に出たけど見つけられなかったもの。
「どんな物を試したんだ?」
ーーーそうねー。…大轟龍の逆鱗と泪の聖杯。…ファントムハートに宝珠ルノワール…燭天使の魔導書…桃源郷の苗木…聖剣キャリバーン…他にも色々あるけど伝説級の品物ばかりよ。
「で、伝説級…」
響きからして超レアアイテムの類なんだろう。
ーーーふん。…簡単に答えが見つかる問題だったら苦労してないわ。それより昨日のお肉料理は美味しかったわね。余ってないの?
「…はぁ。明日の夕飯でまた作ってやるよ」
ーーーにゃん!楽しみだわ〜。
封印より飯の心配かよ。
…いやアルマはもう諦めてるのかも知れない。封印を解除する方法など無い、と。
俺は諦めるつもりはない。また調べ直しだ。けどアルマの話を聞いて大事な物を忘れてる気がするが…?
ーーーステーキがいいわね。焼き加減はレアでシンプルに塩と胡椒で味付けして…ちょっと聞いてる?
「ん、ああ。聞いてるよ」
明日の晩飯のリクエストを聴く。
結局、思い出せないまま夜が更けた。
〜夜21時 第12区画 商人ギルド 蝦蟇の貯金箱〜
「ゲロロ!!…あの小娘めっ」
「ひっ」
蛙に似た顔とでっぷりした低身長。金の装飾品を着飾り似合わない煌びやかな服を着た初老の亜人が広告を破り部下に向け放り投げる。
唾を撒き散らしながら叫んだ。
「しゃあしゃあとチラシなんぞ作って宣伝しやがって……ちくしょう!」
「仕方ありませんよガマローネ様…。肝心のバルバリンがあんな状態じゃ…」
ガマローネとは正反対に痩せた亜人の男性が答える。
「くそ!『金翼の若獅子』の元ランカーと聞いてたのに……木偶が。で、代わりは見つかったのか?」
「それが難航してまして…。『オーランド総合商社』の代表の決闘者…黒永悠の名前を出すと次々と断られちゃいました。なんでも指定危殆種の封印や危険なモンスターを軽々と倒す実力者らしいですよ」
「らしいですよ。…じゃねぇんだよスカタン!」
「ひっ」
「いいか!?あの土地を獲るのに賄賂や雇った奴等は…『貪慾王』の糞虫野郎の銭と配下だぞ。このまま…手も打てねぇでいたら…ゲコ!ゲコォ!…臓器捌かれて殺されるぅ!?」
「お、落ち着いてください。…で、でもなぜ急に孤児院近くのあの土地に目を付けたんですかね?確かに交通の便や土壌も良いですが」
「…あ?たしか眉唾な噂じゃが彼処の土地には」
「お喋りが過ぎるな」
「ゲ、ゲッゲロォ!…こ、こ、これは…これはユーリニスの旦那じゃねぇですか!お出迎えもしないで…」
突如、ユーリニスが現れた。
凍える程、醒めた視線でガマローネを見詰める。
「ぺ、ペッシ!ユーリニスの旦那に茶ぁを淹れねぇか!」
「は、はいぃー。ただいまお持ちします!」
「お構い無く。私が此処に来た件はただ一つ…。配られた広告の件だ。…代理決闘の代表が未定とあったな?」
「ゲ、ゲコォ!そ、その件は性急に代表者を探していますので」
「ガマローネ。お前を責めに来た訳じゃあない。お前は良くやってる。土地の利権を得る為に政治家や裁判所への賄賂…他商人ギルドの排除…孤児院に対する嫌がらせ…指示以上に働く姿勢を私は高く評価してるぞ」
「い、いや〜…ユーリニスの旦那にお褒め頂き光栄の」
「だが、手に入らねば意味はない。分かるよな?」
優しい口調で語り掛けるがガマローネの冷や汗は止まらない。
「ゲロロォ!?も、もちろんでございますぅ!」
「ふっ。…しかしだ。黒永悠が相手となると厄介なのも承知している。直に奴の戦う姿を見ているのでな」
「え、ええ。なにやら強いって評判みたいで」
薄く笑みを浮かべるユーリニス。
「そんなお前に朗報だ。運が良いぞ…今回の代理決闘で黒永悠と勝負したい酔狂な『金翼の若獅子』の上位ランカーを偶然にも一人見つけた」
「じょ、上位ランカーって…本気ですかい?そりゃ願ったり叶ったりですが」
「ーーああ。さぁ、入ってくれ」
「ゲゲゲロォ!!…あ、あ、あ、あんたは…!?」
「ぐっといぶにんぐ」
「僭越ながら私が紹介しよう。『金翼の若獅子』所属のランカー序列第13位でーー」
部屋の扉が静かに閉まった。




