櫻木の月26日。②
〜マイハウス リビング〜
「おっす」
「今日はありがとうございます」
「やっほー!おじゃましてまーす。…えへへ。ここがユウさんとアイヴィーちゃんのお家かぁ」
「メアリー。アイヴィーを抱きしめすぎだから」
ーーきゅ〜。
「ふふふ。漸く遊びに来れましたが素敵なお家でびっくりしました。噂と全然違いましたし」
四人とも服が普段と違う。
特にフィオーネやメアリーはお洒落に着飾ってて可愛いし綺麗だ。
メアリーはノースリーブのワンピースにカーディガンを羽織っている。
フィオーネはタックシルエットのペンシルスカートでカジュアルな大人の女性を演出していた。
ふーむ。アイヴィーとモミジも含めタイプの違う美少女二人と美女が二人…眼福だなぁ。
ーーーまったく。愚民共め…覚えておきなさいよ。人を可愛いネコだと思って触りまくりやがって呪ってやろうかし……にゃにゃにゃ。
「アイヴィーちゃんが教えてくれましたがアルマ…ちゃんでしたよね。悠さんが可愛い猫ちゃんも飼ってるなんて思いませんでした」
ーーーにゃふぅー…。
アルマもフィオーネに撫でられ気持ち良さそう。
「ずいぶんと来てるじゃねーか」
「…モミジさん。お久しぶりです」
「おう…アンタのことはよく覚えてるぜ」
少し空気が変わった。
「二人は知り合いなんだっけ?」
「前に悠さんにお伝えしたと思いますがモミジさんはギルドガールの定期会合で良くお会いしてますので」
「…ケッ。オレに真正面から喧嘩を売ってきたのはアンタだけだったし忘れらんねぇーよ」
「喧嘩、ですか。…そんな物言いをした覚えはないですよ」
「前回の定期会合で採取依頼の報酬金改訂案を反対してくれたよな?」
「採掘個数増加の要求に対して報酬金の金額が低く見積り過ぎだったから。あれでは依頼を受ける受注者が減るだけです」
「質の悪ぃ鉱石ばっか流すからだろ。あんな石ころ同然の鉱石を流すなんざ職人ギルドへの嫌がらせにしか思えねーぞ。…金を払ってんのはこっちだ。見合う仕事をしろって言ってんだよ」
「お言葉ですが採掘した鉱石は全て鑑定士の検査を通してる筈。…それに職人ギルドの創作依頼や受注依頼の件について私の提案した価格統一案もモミジさんから否定されましたよね?」
「腕が良い職人に依頼すんのに金がかかるのは当然だ。お前の提案した案を飲んだらベルカから職人がいなくなんぞ」
お互い一歩も譲らない。
水と油。龍虎相対す。
「…すげー。『紅兜』相手に一歩も引いてねーぞ」
「あわわ…ぼ、ボッツ。止めたほういいよね?」
「……俺には荷が重すぎて無理だ」
やれやれ…。ここは年長者の俺の出番だな。
「二人とも落ちつけよ。折角の機会なんだし仲良くしようぜ。どっちの言い分も正論だ。でも、相手の指摘した内容に思い当たる節はあるだろ?」
「…はい」
「ふん…」
「粗を探せば幾らでも見つかるもんさ。冒険者ギルドも職人ギルドもお互いに歩み寄ってみる事も大切じゃないかな。フィオーネとモミジ…俺から見れば二人とも仕事も出来て責任感のある優秀なギルドガールだ。仲良くしてくれると嬉しい」
暫しの沈黙。
「……ふふ。両方に所属してる悠さんから言われると説得力がありますね。冒険者ギルドに至らない点が多くあるのは事実です…モミジさん。言い過ぎました。すみません」
「ちっ…。あー…オレもちょっと言い過ぎたよ。ユウみたいな冒険者もいるし全員が悪いわけじゃねー。あんたの言い分も一理ある。…悪かったな」
うんうん。時間は掛かるかも知れないが冒険者ギルドと職人ギルドも歩み寄れば良い関係を築ける。
二人がその先駆けになってくれると嬉しい。
「おぉー」
「大人の対応だな」
「えへへ!」
羨望の眼差しが熱いぜ。
上からは叩かれ下からは文句を言われる中間管理職を経験した俺の社会人生活は伊達じゃない。
「…ん…そのネックレスは…見覚えある細工だな。買ったんじゃねぇーだろ」
「これですか?悠さんから頂いた贈り物で…私の大切な物です。ふふ、綺麗ですよね」
「…ほぉー。ユウからの贈り物…」
モミジから冷たい視線を感じる。
「モミジさんのブレスレットも素敵ですよ。ご自分で作られたのですか?」
「ちげぇよ。ユウから貰ったブレスレットさ。丁寧に細工されてんだろ。…オレの大事な物さ」
「へぇー…。悠さんからのプレゼント…」
フィオーネから冷たい視線を感じる。
あ、あれ…?
「私も貰ったよ。アイヴィーをお姫様みたいって悠は褒めてくれたから」
ーーきゅきゅ!
アイヴィーとキューがプレゼントしたバレッタとリボンを猛烈にアピールし始めた。
ーーー…わたしが一番最初に貰ったと思うけどね。八方美人はこれだから…。
ちらっと俺を一瞥するアルマ。
「プレゼントなら俺らもすげーの貰ってんぜ。…見ろよこの大剣!前とは全然くらべもんになんねー武器だ」
「モンスターの攻撃もやすやすと跳ね返す盾と粉砕力に長けたメイス…素晴らしい贈り物でした」
「わたしは武器よりアクセサリーのほうがよかったかも…」
やめて。室内で武器は取り出さないで。
「「ふぅーん」」
じろっと俺を同時に睨むフィオーネとモミジ。
な、なんか居た堪れなくなってきた。
「…あ、あー!……は、腹が減ったな。みんな揃ったし飯にしよう。酒もあるしジュースもあるぞ。…リビングに持ってくるからアイヴィーも手伝ってくれ」
「うん」
アイヴィーと一緒に逃げるようにキッチンへ行く。
〜リビング〜
「逃げましたね」
「逃げたな」
モミジとフィオーネが向き合う。
「……モミジさん。お互い一筋縄ではいかない相手に惚れてますが気が合いそうですね。譲るつもりは毛頭ないですが」
「…まぁー…認めるけどよぉ。オレも退く気はねぇから覚悟しろや。…それとモミジでいい。仲良くしよーぜ。フィオーネ」
「ふふふ。こちらこそ」
「あいつって冒険者ギルドでどんな感じなんだ?教えてくれよ」
「勿論!『巌窟亭』でのお話も聞かせてください」
「わたしたちも話すよ〜!」
「ユーさんってネタの宝庫だもんな。自分のこと話したがらねーしいい機会だから混ぜてくれよ」
「俺も興味がある」
わいわいと賑やかに悠について話す五人。
その様子をアルマとキューが眺めていた。
ーーー雨降って地固まるってね。
ーーきゅー?
ーーー…あんたは気楽よね〜。とにかくお腹空いたわ。
ーーきゅ!
和気藹々とリビングは良い雰囲気に包まれた。
〜夜18時10分 マイハウス リビング〜
楽しい食事会が始まる。
アルマの食事風景に唖然としていたが都合良く人と同じ物を食べる不思議猫と認定されたみたい。
アルマとキューは満腹になり別室に行き寝っ転がっている。
ボッツ達は全員Bランクの昇格依頼も達成した。
これで三人も高位ランクだ。モミジとも仲良くなれたみたいで武器や防具の話で盛り上がっている。
今は各々、料理を食べ酒やジュースを飲みながら談笑中だ。
〜30分後〜
「ぶはぁ!…オレのペースに合わせて飲めるなんざぁ…やるじゃねぇか!『巌窟亭』のドワーフよりつえーな」
「ふふ。オーガには叶いませんが嗜む程度には」
結構なハイペースでフィオーネとモミジが酒を飲んでいる。…大丈夫か?二人とも顔が赤いぞ。
「…おいユウ!グラスが空だぞ。ほら飲めって」
極純清酒・不魚住がグラスに並々と注がれる。
…絶対、適量じゃない。
「悠さんが魔物料理も作れるってボッツさんに聞いてましたが……本当に美味しいですね。ちょっと悔しいかも…」
「ほんっとそれな。肉を生の刺身で食ったのは初だが…酒の肴にぴったりだなこりゃ」
二人がちびちび料理をつまみながら酒を飲む。
「素材の鮮度が良いからな。…それよりもちょっと抑えたほうが…」
水を飲むようにグラスを空にする二人。
「…あぁ?こんなのまだ序の口だろ」
「ええ。悠さんも飲んでくださいよ」
「あ、ああ」
良いのか悪いのか飲んでも酔えないからなぁ。
…うん。一気に飲んだが酒の味がしない。
ただの美味しい水だわ。
「おぉー!いくねぇ」
「はい。どうぞ」
間髪入れず空いたグラスにフィオーネが酒を注ぐ。
「ぺ、ペースが早すぎだろ」
「モミジの注いだお酒は飲めて…私の注いだお酒は飲めないと?……悲しい。涙がでます」
嘘泣きをするフィオーネ。
「女が注いだ酒を飲まねーとか男じゃねぇな!」
フィオーネの肩に手を回すモミジ。
「そうです!」
意気投合している。仲良くなったのは嬉しいが酔っ払ってるなー。
「飲みます…」
…酔わないし良いけどさ。
「あはは。良い飲みっぷり…そうだ。お酒ばっかりじゃあれだし…あーんしてください」
右手に持つフォークで刺した赤い猛角牛の刺身を左手を添えて突き出す。
「あーん」
赤らめた顔と蕩けた瞳。男が一度は羨むシチュエーションの一つに違いない。正座を崩した女座りの体勢から見えるストッキングに包まれた脚が艶かしい。
ラッシュ・ボッツ・メアリーも居る。
…アイヴィーも見てるし恥ずかしい。
「…フィオーネ。流石にそ」
「隙ありです」
口を開いた瞬間、肉とフォークが口の中に残った。
「ふふ。美味しいですかー?」
「…はい。美味しいです」
作ったの俺だけどな。
「しゃあ!次はオレだ。口開けろや」
ヘッドロックされる。
「も、モミジ!?」
顔にあたるモ豊満な胸の感触。ふよふよした何とも言えない柔らかさだ。…色々とやばい。
「おらぁ。…あーーん!」
「それ酒瓶…もががががが!!?」
ベルカエールを瓶ごと口に突っ込まれた。
これあーんじゃない。…強制一気飲みじゃねぇか!
「あははは!」
フィオーネが楽しそうに笑う。
……この二人が酒を飲むときは今後、気をつけよう。
暫く二人のおもちゃにされたが…。
「こっからは女…二人…ひっく。…こんごのしゃくせんかいぎだ!」
「ゆーしゃんは…聞いひゃ…だめれふ!」
…と訳の分からない理由で解放された。
完全な酔っ払いだが普段は真面目で仕事が出来る優秀な二人だ。ストレスも相当、溜まってるのだろう。
楽しんで貰えて良かった。
さり気なく二人の周りにある酒瓶の中身を捨てて水を入れておく。…勿体ないが体調が心配だしね。
〜10分後〜
フィオーネとモミジから少し離れた場所で談笑している四人に混ざる。
「ユウさん。大変そうでしたね……お疲れ様です」
「…はは。どうってことないよ」
「悠。あーん」
アイヴィーがフルーツポンチの果実を突き出す。
…フィオーネの真似をしてるみたいだ。
ぱくっと食べる。
「美味しい?」
「ああ。アイヴィーは料理上手だな。将来は良いお嫁さんになれるぞ」
褒めると嬉しそうに笑う。…癒しだ。
アイヴィーは天使。
嫁に出すつもりは微塵もないけどな。
「ユウさんこっちもー!」
同じく食べる。メアリーも朗らかで明るい可愛い子だ。あと数年もしたら男達は放って置かないだろう。
「ははは。ありがとう」
「…しっかしよー。マジで美味しいなこの料理。料理人になっても食っていけんぜ。アイヴィーは毎日これ食べてんだろ?羨ましい…」
「ねー。モミジさんも話せばいい人だったし。ユウさんと知り合わなきゃ…たぶん喋る機会もなかったよ」
「ははは。俺たちはラッキーだったな。巡り合わせてくれた神様に感謝しなきゃ」
「照れるからやめてくれ」
「アイヴィーも悠と暮らせて毎日、幸せだから」
「…泣きそうになるからやめてくれ」
「思うんだけどユーさんってギルドを立ち上げる気はねぇーの?」
ラッシュがローストビーフを頬張りながら尋ねる。
「なんでそう思うんだ?」
「だってよー。AAAランクでGPだって溜まってく一方だろ。『灰獅子』とも仲良いし紹介状なんていくらでも用意してくれんじゃん。職人ギルドと商人ギルドでも働いてっから顔も広いし逸材じゃね」
「俺には無理だよ」
ラウラの苦労を間近で見てると尚更だ。人の上に立つより支える方が性に合ってる。
「…そうかなぁ。わたしもいいと思う」
「面倒見が良いし適職かも知れませんよ」
「三十路のおっさんを買い被り過ぎだぞ」
「悠がギルドを立ち上げたらアイヴィーは副GM……面白そう」
「あははは。アイヴィーちゃんは興味があるみたいだよ」
「ふむ。資金と土地…メンバー要員…仮に俺たちが『金翼の若獅子』から移籍して…併せて五人か」
ボッツが何やら思案している。
「ギルドを発足する際は俺たちにも声を掛けてくださいね」
「そんな機会はないって」
「あそこの酔っ払いねーちゃん二人も賛成すっと思うけどなー。…酒って美味しいのかねー?俺も一口…」
「駄目だ。未成年だろ」
「ちぇ」
ボッツに教えて貰ったがミトゥルー連邦では原則18歳未満の飲酒や喫煙は法律で禁止されている。種族によって例外はあるらしいがちゃんと守らないとね。
〜夜22時30分 マイハウス〜
楽しい時間は瞬く間に過ぎる。
夜も遅いし今日は皆に泊まって貰う事にした。泥酔したフィオーネとモミジは自力で帰れそうにないし。
メアリーはアイヴィーの部屋で寝ると行ってしまった。歳もそれなりに近いし気が合うのだろう。
ボッツとラッシュに後片付けを手伝って貰った後、客室の部屋に案内した。
フィオーネとモミジはソファーで気持ち良さそうに寝ている。…起こすのも忍びないな。
風邪を引かない様に毛布を掛けた。
〜深夜1時 マイハウス 書斎〜
「…」
アルマの封印を解くヒントでも見つからないかと書斎で本を漁っていたが目ぼしい情報はない。
…だが、分かった事もある。
古ぼけた本のページに注目した。
ーーーーーー『能力読解書』ーーーーーー
①封印魔法。
術者の魔力・精神力・神秘・信仰の数値が影響する。
ポーションや治癒魔法で解除が可能。
②魔導具・呪術・スキルを用いた封印術。
特殊な封印術。解除方法が困難なケースが多い。
封印した側にもリスクが生じる場合がある。
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恐らくアルマの場合は後者だろう。
「……探せば方法は見つかるさ」
時間はある。焦らず進めよう。
…もうこんな時間だ。風呂に入って床につくか。




