純粋な悪意の伝染病。⑦
〜ノーマ村 村長宅前〜
「…どこ行ったんだ?」
息を切らし辺りを警戒する。
「あはははは!こっちこっち!」
村長の家の屋根にパトリが立っていた。
「おーにさ〜ん…こちら〜!手の鳴るほうに〜…ひひ」
黒い霧がパトリを包み山の上へ移動した。
「…上等だ。遊んでやるよ」
「ーーあひひ。どちらにぃ行かれるんですかぁ?」
村長のダタンと多数の村人が現れた。
「ご馳走がいっぱいぃですよ?あなたも一緒にぃ食べましょうよぉ」
「うひうひゃひゃひゃ…」
涎を垂れ流し歪な笑みを浮かべる村人達。
笑い過ぎて顔が引き攣り痙攣している。頰には涙の乾いた跡が残っていた。
「……」
込み上げる感情を抑え山道を駆け上る。
〜ノーマ村 低山の頂上〜
「あは。もう追いついちゃったんだ」
パトリがくるりと此方を向く。
「…鬼ごっこはお終いか?」
「ううん。れむれーすは私たちが鬼だって。ほら…」
黒い蟲がパトリの体を這いずり覆って黒い霧に変貌しパトリの顔が浮かぶ。…四つ顔の化け物だ。
ーーああああああ…。
二重音声とでも言うべきか。男女の声が重なって聴こえる。
「その子を解放しろ」
ーー…何故?全てこの子の意思。自分を叩く義父に…疎む母親に…罪のない村人に…関係ない他者に無残な最後を望んだ。森で独り泣き…封印された我等の声に魅入られ…自ら石碑を壊したのだ。
ーーこの身は遍く怨嗟に生まれる愚かな人の業を振り撒くだけの存在。…恐怖嫉妬憎悪悲哀。…人が我等を創り我等は人に返すだけ。
ーー幼き児子は我等をよく受け入れる。無垢なる子こそ心に黒縄がよく絡む…。あああああ…この子は泣いている…善なる魂が穢れ…染まる程…奥底では泣いているのだ。
ーー反する感情が小さき躰に業を深く深く深く…刻むのだ…これこそ我等の願い…。
ーー…見せてくれ…お前の絶望を…狂い…邈…その心が軋む様を…。
蟲と濃霧が俺に群がる。
ーー…正視しても…怖れず狂わないお前は…我等に近い闇と穢れを秘めている。…我等にその闇を…穢れを…曝けろ。
糞みたいな演説のお礼をくれてやる。
ーー…うぎぃいいいいいいいっ!!?
放たれたE・ショットの光線が憤る爺の顔を貫いた。
群がった蟲と濃霧が散り散りに消える。
ーー…何故だぁッ!!攻撃出来るだと!?……聖なる御業がなければ…何も通さぬ…概念の我等に穢れを抱く者が…!
一歩、踏み出す。
ーー…そもそもが…怖れを…恐怖を…人の身で容易く超える等…神に仕える者しぎぃいいいいいいいッ!!!
連発で撃たれ啼く女の顔が穴だらけになった。
「……」
また一歩、踏み出す。
ーー有り得ぬ有り得ぬ有り得…あぎゃあああぁ!!
嗤う赤ん坊の顔も見る弾丸が破壊した。
「純粋な悪意の伝染病、か。…確かにその通りだな」
更に一歩、踏み出す。
「そうだよ。愚かな人がお前を生み出したんだ。自業自得かもしれない」
また一歩。
「…ただ、それでも俺は許せない。傷ついた子供に付け込み…罪のない人を苦しませるお前の存在を…悪意を…俺は許せそうにない」
距離を詰める。
「なぁ、概念で実体がなくても恐怖するのか?」
レムレースの眼前へと迫る。
ーーーーー…ぃいいいいいッ…!!!……この…穢れは…!?…そ、それは……お、お前は…一体……何を…宿して……!?
喚く姿は恐怖を感じていた。
「……そうか。これが顕魔…」
ミコトの幻影が背後に立ちレムレースを睨む。
「教えてやるよ。俺が契約した従魔…いや、相棒の」
幻影を一瞥し俺は答えた。
「祟り神のミコトだ」
腰袋から取り出した純白の封印石を取り出し翳す。
ーー…あああああ゛!!!我は…!!
封印石が光を発する。レムレースと村を覆う蟲と霧を吸い込み始めた。
ーー…我゛等は…ま…た…復活する!…概念…故に…人が生きる世界に我等は生まれる゛のだ…!!
ーー狂気は…消えぬ…!…封印し゛…ても…心に根付いた残滓は゛…!!ふ
ーー…卵が割れ孵化…する…ようあああああああぎぃいい、いいいいああああああああああ!!!
霧散し消える黒き霧。封印石に吸い込まれたのだ。
ーーレムレースを封印ーー
ーークエストを達成しましたーー
封印石が黒く濁った色に変わり蟲も霧も……跡形も無く消え去った。
虚ろな顔のパトリがその場に座り込んでいる。
「…大丈夫か?」
全く反応がない。目に光はなく微動だにしない。
「………」
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『ーーー助けたい、か。…封印する方法もあるけど正気には戻れないわよ。レムレースは心の傷が好物なの。とくに無垢な子供のね。トラウマが酷ければ酷いほど密接に絡みつく。無理に引き剥がせば心が壊れるわ』
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アルマの言葉を思い出した。
少女を抱っこする。
「…帰ろう」
少女は何も言わない。
「…………」
山道を下り村に向かう。その足取りは重かった。




