純粋な悪意の伝染病。⑤
〜10分後〜
ーーー…レムレースねぇ。厄介な相手よ。
「知ってるのか?」
ーーー昔、本体を殺したけど死なないのよ。時間が経てば復活するの。…そいつは負の感情を糧に蘇る概念のモンスターだから。
「概念…」
ーーー説明が難しいから簡単に言うけど人が生きてる限りこの世界から消失しないわ。全人類がハッピーで平和なんてあり得ないでしょ。…わたしが戦ったレムレースは戦争の跡地で野晒しにされた人の死体から生まれたわ。…怨念の集合体ってとこかしら。
「取り憑かれた子を助けたいならどうすればいい?」
ーーー助けたい、か。…封印する方法もあるけど正気には戻れないわよ。レムレースは心の傷が好物なの。とくに無垢な子供のね。トラウマが酷ければ酷いほど密接に絡みつく。無理に引き剥がせば心が壊れるわ。
「…偽善者と思われても村の子供が取り憑かれてるならその呪縛だけでも解き放ってやりたいんだ。それが残酷な結果になっても、だ」
生きてれば希望はある。…そう信じたい。
ーーー……はぁ〜…仕方ないわね。ちょっと待ってなさい。
アルマが書斎から出る。
〜数分後〜
ーーーほら。
口に咥えて持ってきた純白の結晶を机に置く。
「この白い石は?」
ーーー魔石の純結晶にランダが封印のスキル効果を付与した封印石よ。…一度しか使えないし弱らせなきゃ不発に終わるから気を付けなさい。
凄いアイテムじゃないか。
ーーー聖魔法や聖属性の攻撃が無理でもあんたは固有スキルの効果でレムレースに攻撃できるでしょ?弱った瞬間を狙ってこの魔石を翳せば封印できるから。
「…アルマ…お前…」
ーーーレムレース自体の戦闘能力は低いわ。でも骸を自在に操るから注意しなさい。
「……」
ーーーふん!…ほんっっと世話が焼ける家主だわ。わたしの寛大さに感謝しなさいよね。
「ありがとう」
ぎゅっと優しく抱く。
ーーー…ちょっ、ちょっと…いつもと感じが違うじゃない!?…こ、こんな風に抱くのは…!
「嫌か?」
ーーー…い、嫌じゃ……ったく今日だけ特別よ。
アルマが喉を鳴らす。
「……俺は本当にお前と出会えて幸せ者だよ」
ーーー家主がレムレース程度の雑魚に困ってんのが気に食わないだけよ。
「あくまで俺の予想だけどな。外れてくれた方が嬉しいよ」
ーーー話を聞く限りレムレースで間違いないと思うけどね。…まぁ、あんたには祟り神が憑いてるし心配ないか。
祟り神…そうか。まだ契名の話をしてなかったっけ。
「実は祟り神と対話したんだ。契名もつけたよ」
ーーーへぇ。よかったじゃない。なんて契名なの?
「ミコトだ」
…そうだ。俺にはミコトもいる。
一人じゃない。そう思うと不安な気持ちも薄れた。
暫くアルマと書斎で過ごす。
寝室に行くと既にアイヴィーとキューがベッドで既に寝ている。
俺も横になり穏やかな寝顔を眺め就寝した。
〜翌日 午前10時 翼竜の厩舎 飛行場〜
共同捜索依頼の二日目。ドローレの背に跨りノーマ村へ出張しようとしていた。
シーさんもワイバーンを引き連れ登場。
準備は整ったみたいだな。
…出発前に一応、聞いておくか。
「シーさん。レムレースってモンスターをご存知ですか?」
「聞いた事がないですね。そのモンスターが何か?」
「南の森の石碑にレムレースってモンスターの名前が彫られてたんですよ。壊されてましたけど」
「…興味深いわ。各村々にはお伽話や怪談の伝承は多く伝わってます。もしかしたら今回の一件も伝承を隠れ蓑にした犯罪行為かもしれませんね…。なんにせよ家宅捜査をすれば進展がある筈。まずは野営してる騎士部隊と合流しましょう」
「はい」
ノーマ村を目指し飛行場から飛び立つ。
野営地にいる騎士達は大丈夫だろうか…?…急ごう。
手綱を握り締めドローレが速度を上げた。
〜午前10時40分 ノーマ村 野営地〜
野営地に着きテントに入る。
何か雰囲気がおかしいぞ…?
口から涎を垂らしぶつぶつ呟くロドリゴ。
そして…。
「…ひひひ…ワイバーンの好物は……てめぇの頭さ…。…あ、あぁ…?…隊長……今日は眼鏡が曇ってますよぉ。磨かなきゃ蝿に怒られます…」
虚な眼差しで支離滅裂な発言を繰り返すダーバンさん。体は小刻みに震え尋常ではない有様だ。
「こ、これは一体!?…ダーバン…ダーバン!私の声が聞こえますか?」
「うひひ…」
シーさんが詰め寄り肩を揺らすが返答はない。
「た、隊長…!」
外からジェンキンがやってきた。酷く疲弊した顔をしている。
「…ジェンキン。事情を説明して。昨夜、何があったのですか?」
「はい…。昨夜、村の夕食に参加した副隊長とロドリゴは野営地に戻ってからずっとこんな状態で…エルゾォは交代時間になっても見回りから帰ってきません…。騎士団本部に戻り報告すべきでしたが繋いでたワイバーンは…頭を割られ殺されていました。…ガルボとターペは村人の仕業と判断して村へ行ったけど戻ってきません。…自分も腹痛が酷くて…嘔吐が止まらず…副隊長とロドリゴを見守りながら…隊長達をお待ちしてた次第です…」
「…分かりました。貴方は私のワイバーンに乗り副団長へ緊急事態と報告して下さい。私は村へ行き村長を尋問します。悠さんはすみませんが二人を…」
「いや村には俺が行きます」
「ですが…」
「…頭痛がまた始まってませんか?」
「……ええ。到着してからずっと。どうしてそれを…?」
顔を顰めるシーさん。
魔菌は対象者に頭痛・吐き気・腹痛を発患させる。
…もう、疑いの余地は無い。
俺は狂気耐性持ちだし大丈夫みたいだ。村へ行くのに適任だろう。
これ以上、感染者を出す訳にはいかない。
本の記述通りならばレムレースを封印すればダーバンさんとロドリゴの症状も治まる筈だ。
「…今、一番動けるのは俺だけです。体調も問題ない。信じて任せてください」
「……」
まだ逡巡している。
「駄目だって言われても勝手に行きますよ」
この一言が決まりだった。
「……そうまで言われては駄目とは言えませんね。…宜しくお願いします」
「はい」
野営地を出てノーマ村に向かった。
〜ノーマ村 広場〜
「…空気が重く感じる」
午前中で陽も昇っているが誰も居ない村の中は息苦しく感じる。仄暗い水の底を歩いている気分だ。
「親宿主を見つけなきゃ話にならない。どうやって探すか…」
マップを開くとマデリンさんの家に白いマークが一つだけ表示された。
他の村人は一体何処に…?
「そうだ。マデリンさんに村の話を聞けば親宿主の手掛りが見つかるかも知れないな」
マデリンさんの家を訪ねてみよう。
〜マデリンの家〜
家の周囲には無数の足跡があった。
「…まさか…!」
裏口の戸を叩く。
「マデリンさん!俺は昨日、お邪魔した冒険者ギルドの黒永悠です。…大丈夫ですか!?」
鍵が外れる音がした。戸を開き急いで中に入る。
「…悪いね。…こんな姿で…」
「大丈夫ですか?顔色が…」
とても辛そうだ。息もするのも苦しそう。
「……昨日から…ひどい頭痛と吐き気でさ…。夜中に家の周りで…誰かが居たみたいで…気が休まらなかったんだろうね。……あんたの顔を見てホッとしたよ」
「肩を貸しますよ。リビングに行きましょう」
〜マデリンさんの家 リビング〜
リビングに移動し椅子に座らせ事情を説明する。親宿主になる可能性が高い子供は居なかったか尋ねた。
「…そ、げほっ!…うさね…。ガードナーの子供が…ユーが言ってた親宿主ってのに…当て嵌まるかもしれんねぇ」
「最初に変死で見つかった村人ですね」
「子供の名前はパトリ。街で暮らしてたんだが…数年前、母親と一緒にノーマ村に戻ってきたんだよ…」
パトリってあの三つ編みの女の子じゃないか。
「詳しい理由は知らないけど…実父は…事故で死んだらしい。…一年前にガードナーと再婚して一緒に暮らしてるけど…ガードナーとの仲は良くなかったみたいだね。…怒鳴り声や喧嘩の罵声が隣家に聞こえてたみたいだから…」
「……」
「茱萸の月の1日だったかねぇ…村の外に一人で遊びに出ちまって村中で大騒ぎになった事があったけど…ユーの話が本当なら…南の森で…そのレムレースって怪物に魅入られたのかもしれん…」
時期的に該当するし靴や鞄もサイズを考えれば納得できる。
それにパトリは村で最初に出会った。
行く先々に現れたのも俺達監視してたって事か…?
「…ガードナーの家は何処に?」
「…大きな野菜畑がある家だよ…。表札が出てるから行けば分かる…ごほっごほっ!」
「わかりました。…ゆっくり休んで下さい」
「……ああ、そうするよ…」
こっちには猶予がない。
急がなくてはっ!
マデリンさんの家を出てパトリの自宅を探す。




