ダーニャと金翼の若獅子 ③
9月9日 午前11時55分更新
9月10日 午後12時39分更新
9月13日 午後22時14分更新
〜午後12時30分 三階 バー 『LUXES』〜
耳に心地良いBGMと清潔で快適な空間で寛ぎ、運ばれた料理に舌鼓を打つ……最高のランチタイムだ。
「お飲み物は如何ですか?」
「あ、コーヒーを」
「おれはこれちょーだい!」
口元を汚したダーニャが、メニュー表を指差した。
「汚れてるぞ」
「べつに…ん、ん〜〜!」
「拭いてやるから動くな」
「ぷはっ!は、恥ずかしいっつーの」
照れて嫌がるも構わず、ナプキンで拭う。
「ふふ、コーヒーと潤色メロンのカスタードクリームパフェですね……少々お待ちを」
注文を受け軽やかな足取りでバーカウンターに戻る。
「あ〜〜ん!はぐっはぐっ」
スプーンに掬った一口大の肉を頬張り、ダーニャは美味しそうに咀嚼する。ホーン・カウのスジ肉を酒と野菜で煮込んだ煮込み料理だ。
自分も料理するので分かる。カロさんの腕前は相当だ。
俺が食ってるパエリアに似た料理も美味い。
そもそも生涯、この稼業で飯を食えるのはほんの一握りだ。戦闘職である以上、怪我や事故の引退は付き物だし、命の保証もない。彼も怪我で引退し数年ほど料理屋で勉強した後、運良く金翼の若獅子で店を構えれたと言っていた。
異世界でもセカンドキャリアは重要なのだ。
〜30分後〜
「けぷ」
「お腹いっぱいか?」
「も〜食べれない……」
ダーニャの膨らんだ下腹部は料理を十二分、堪能した事を物語っていた。
「綺麗に食べて頂き嬉しい限りですよ」
テーブルの皿を片付けるカロさんの顔は嬉しそうだ。
「おじちゃんの飯、美味しかったぜ!」
「お褒めに預かり光栄です」
年下の子供が相手でも、敬語を崩さず丁寧に接する。
それが彼の流儀なのだろう。
「黒永様もお味はどうでした?」
ちなみに何度お願いしても、俺を様付けで呼ぶのを止めてくれないので訂正は諦めた。
「もちろん美味しかったですよ」
「……それは良かった」
あ!戦団についてカロさんにも話を聞いてみよっかな?
常日頃、Sランクの冒険者相手に客商売してるし、キャロルも知らない情報を知ってるかもしれない。
「ちょっと変なこと聞いていいですか?」
「変なこと?」
俺はキャロルに聞いた内容を簡潔に伝え、ネイサンの最近の様子を尋ねてみた。
「ーーーー成る程」
彼は目を細め、端正な顔を僅かに歪める。
「……私の見た限りだと最近のネイサン様は困憊したご様子でしたね。原因は戦団に所属するギルドメンバー達へのクレームのようです」
「クレームだって?」
「クレームの内容は、素行不良、内容に沿わない達成報告、物品破壊による金銭被害と聞きました。元より戦団は救難依頼ないし討伐依頼を、メインに活動していた派閥ですからね。それが護衛、護送、採取、採掘の依頼に出向き失敗を重ね信頼を失い、遂に受注する依頼がなくなってしまった」
「失敗は仕方ないと思うけど」
それは誰のせいでもない。
「や、それが……裏でフィン様が悪辣なクエスト依頼をわざと戦団に集中するよう画策していたとか」
眉間の中心に皺が寄る。
……火のないところに煙は立たないか。運営会議のフィンを見た限りだと、違法も厭わないぞ!…って雰囲気だったし怪しいな。
「うーむ」
「……」
顎に手を当て唸るとカロさんは、胸ポケットから一枚の名刺を取り出しテーブルに置いた。
「それは冒険者ギルドの裏事情に精通した情報屋シンドバッドの名刺です」
シルクハットを被ったネズミのロゴだけ、描かれた薄っぺらい紙だ。
「情報屋シンドバッド?」
「金を払えば額に見合う分の有益な情報を提供してくれる探偵ですね」
穏やかに微笑み答える。
「……正直、最近の『金翼の若獅子』は鷹の目と無垢なる罪人を中心に不穏な空気が蔓延していますし、黒永様が問題解決に動いて下さるなら、協力したい」
「カロさん…」
「十三翼の第8位に余計なお世話でしょうが、もし気が向けばその名刺を持って、歓楽街の『マジック・ラット』を訊ねてみて下さい」
「……ありがとうございます」
今回の騒動は、想像以上に根が深そうだ。行き当たりばったりで行動するより、先ず情報を集めよう。
腹休めも済んだ後、モンスターハウスへ行った。
本来、一般人はおろかAAAランク以下の冒険者は、門前払いのモンスターハウスだが、暫定第8位の権力で特別にダーニャの入館を認めて貰った。
そして案の定、いや予想通り……か?
エキドナの素材をマリーさんに無事納品すると、常軌を逸したレベルの狂喜乱舞した姿を見せ付けられた。ダーニャはドン引きしてたが、俺は慣れ……やっぱ無理!
報酬金を受け取り折角なので、地下1F哺獣区層へ見学に連れて行く。生で見るモンスターに思いの外、ダーニャは喜んでいた。
……途中、彼女と他職員に鬼気迫る表情で、依頼の他にモンスターの捕獲を懇願される。
巨獣骨の塩湖で気長に探してみよっと。
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所持金:1億4312万G
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〜午後13時30分 モンスターハウス 1F〜
用事も済んだし、俺とダーニャは受付に戻って来た。
「楽しかったか?」
隣に佇むダーニャに聞く。
「……めっちゃ面白かった!」
「そうかそうか」
連れて来た甲斐があったってもんだ。
「またねダーニャちゃん」
いい加減、落ち着いたマリーさんが声を掛ける。
「マリーのネエちゃんもありがと」
「仕事中なのに案内まで、ありがとうございます」
「いいっていいって!第8位が連れて来たお客さんだし、当然の対応だよ」
煩わしいと思ってたこの地位も意外と役に立った。
「それに……もう一つ依頼を頼んでいるし絶対、達成して帰ってきてね?」
め、眼力が凄いな。
「が、頑張らせて頂きます」
「はははは!黒永君には無用の心配だろうけどさ」
声高らかに笑うマリーさんだった。
「はう〜〜!研究が楽しみで楽しみで仕方ないよぅ」
恍惚な表情を浮かべ、エキドナの腹鱗を保管した瓶に頬擦りしている。
「……ネエちゃんって変わってんだな?」
「まぁ…うん」
小声で囁くダーニャに同意し苦笑する。
「ちなみに黒永君にも、改めて興味が湧いたよ。私の想像よりずっと凄い」
厚底の眼鏡を外し、白衣の裾で拭きつつ言う。露になった素顔は、彼女の印象をガラリと変える。
本当に美人だな。
「凄くないですよ」
「……ま、追求しないけどね」
この女性は、俺が考えてる以上に鋭い。詮索しないのは、彼女なりの気遣いだろう。
…さて、次の目的地へ行くか。
俺とダーニャは、金翼の若獅子を出て、オーランド総合商社に向かった。




