仕事をしてお金を稼ごう!④
〜翌日 マイハウス リビング〜
「キューも連れてくのか?」
朝食のホットケーキを食べながらアイヴィーは頷く。
「ふゅーふぉひふぉりにすふるのはふぁわいふぉだふぁら」
「口に物を入れたまま喋るのは行儀が悪いぞ」
何を言ってるか全然分かんないし。
「…ごくん。アイヴィーはキューのお母さんだから。キューを一人にしたくない」
ーーきゅー!
「…そっか」
この子なりに思う事があるのだろう。
自主性を尊重するべきだ。
「悪口を言われたり嫌がらせをする奴がいたら俺に言えよ」
「大丈夫。昔の私じゃないもん。悠もアルマもキューもいる。…一人じゃないから」
…朝から目頭が熱くなる。
「ごちそうさま。歯磨きしてくる」
ーーきゅ。
食器を片付け洗面所に行くアイヴィーを飛びながら追い掛けるキュー。
ーーー泣かせること言ってくれるじゃないの。
「…自分が両親を亡くして辛い経験をしているからキューを一人にしたくないのかもな」
ーーー尚更、アイヴィーとキューをしっかり守ったげなさいよ。
「勿論だ。…アルマはホットケーキを食い過ぎだ。体重を気にしろよ」
ーーーにゃんにゃーん…にゃ?
「都合の悪い時だけネコの振りすんなっつーの」
〜15分後 マイハウス 玄関〜
「アルマ。お仕事行ってくるね。留守番よろしく」
ーーきゅきゅー。
アイヴィーに頭乗りをするキュー。
…贔屓目もあるがとっても可愛い組み合わせだ。
心がきゅんきゅんする。
「弁当も準備したしアルマの昼食も置いたし…よし。行ってくる」
ーーー怪我すんじゃないわよ〜。
見送られて金翼の若獅子に向かった。
〜30分後 金翼の若獅子 広場〜
キューを頭に乗せたアイヴィーは注目の的だったが特に問題はなかった。
騎士団の騎士達もすれ違って一瞥して終わる。
「…てっきり職質されるかと思ったけど案外、誰も気にしないもんだな」
「竜騎士が乗るワイバーンに見慣れてるから」
「竜騎士…え、ワイバーン?」
「そう。ワイバーンは竜種の生き物」
「モンスターじゃないのか?」
「モンスターだけどモンスターじゃない」
「モンスターだけどモンスターじゃない…?」
思わずおうむ返しになる。
「野生のワイバーンは人を襲うけど卵から育てたワイバーンは人を襲わない。…人を親だと誤認するって図鑑には載ってた」
あー。雛鳥が生まれて初めて見る生き物を親だと認識する…確か…刷り込みだっけ。
それと同じ原理かな。
「悠も本を読んだ方がいい。知らないのは恥じゃないけど学ばないのは恥だって本にも書いてるから」
ーーきゅー。
「………深く染み入ります」
正論過ぎてぐうの根もない。10歳から本を読めって窘められる30歳男性って…あれ、俺は保護者だよね?
「おはようございます。ユウさん」
広場を歩いているとボッツ・ラッシュ・メアリーの三人と偶然、鉢合わせた。
「おはよう」
「ユウさん。隣の子は…」
「ああ。一緒に住んでるアイヴィーと…アイヴィーの召獣でキューだ。ほら挨拶は?」
背中を優しく押す。
「………ぉはよう」
ーーきゅ。
「ボッツだ。何度か見掛けてはいたが話をするのは始めてだな。ユウさんの身内なら俺にとっても大事な仲間だ…アイヴィーと…キューか。よろしくな」
「ちーっす!俺はラッシュ。つーかAランク…いや今はAAランクか。噂って当てになんねーよな。召獣もいるってやべぇな」
「……かっわいい!!なにこれ反則でしょ!」
「ふぐぅ!?」
ーーぎゅ!?
メアリーがアイヴィーとキューを抱き締める。
巨乳に顔が埋もれ苦しそう。
「わたしはメアリーだよ!よろしくねアイヴィーちゃんとキューちゃん!」
「よ、よろふぃふ…」
ーーきゅ…ぎゅー。
「てめーのデブ乳で窒息死させる気かよ」
「ああー…うちのバカと交換したいよぉ…めちゃくちゃかわいいよぉ…。クエストに行かないでずっとこうしてたい〜」
頬擦りをするメアリー。
「く、くるふぃ…」
ーーぎゅぎゅー…。
「下等種族と化け物が朝から騒がしいわね」
「目障りなんだよ」
和やかな場を乱す一言。
…アイヴィーを虐めていたギルド寮にいた二人だ。
「チッ…ローグにマーロよぉ!…いちいち突っかかってくんじゃねーぞ。親の七光りが偉そうにしやがって」
ラッシュが敵意を露わにする。
「貧乏人のお前らと違ってオレ達は無理に依頼なんざ受ける必要がねぇんだよボケ」
「ギルド寮から退寮した化け物と連んで…汚物同士でそのまま一緒に死んでくれればいいのに。雑種の犬人族風情が生意気なのよ」
「……はぁ。どっか行ってよもう!」
「俺のPTメンバーや友人を侮辱しないで貰えるか?」
ボッツとメアリーも厳しい表情だ。多勢に無勢と思ったのか標的をアイヴィーに変えて罵る。
「…おい!!クソガキよぉ!何とか言えよコラ!?お仲間が増えて調子に乗ってっとまたイジメんぞ!!」
ーー…きゅるるる!
牙を剥き出しにして唸るキュー。
「化け物が気味の悪いペットも飼い始めたわけ?呪われた紅い瞳とお似合いね。鬱陶しい前髪をあげて…お洒落のつもりなの?屑らし」
マーロの悪口を遮る様にアイヴィーの影が剣となり二人の喉元に迫る。
「…ひ、ひぃ!?」
「きゃっ…!!?」
情けなく尻餅をつくローグとマーロ。
「…いい加減にして。アイヴィーの悪口は我慢する。でもキューや悠の友達の悪口は我慢できない」
冷たく静かにアイヴィーは怒っていた。
「文句があるならいつでも相手になる」
ーーきゅきゅきゅーきゅー!!
影を引っ込め見下す。
かつて自分達に怯え一挙一動していた少女しか知らない二人はアイヴィーの怒りに触れ怯えていた。
「……お、オレとマーロの親父は冒険者ギルド『グレンデル』のギルドマスターだぞ!?タダで済むと思うなよ!」
「ぱ、パパに言えばアンタらなんて…」
…これ以上は黙ってられないな。
「…ローグとマーロだったな。…お前達の両親が有名なギルドのGMでも関係ない。アイヴィーとキューは俺の大切な家族だ。ボッツもメアリーもラッシュも…大事な友人だ。危害を加えるつもりなら俺が相手になってやる。容赦するつもりもない。……それを忘れるなよ」
「悠…」
ーーきゅー!
「……ユウさん」
「へっ…」
「えへへ」
屈んで二人の目を真っ直ぐに見詰める。
「…うっ…!」
「……それに他人を馬鹿にしたり差別するのはやめろ。全部、自分に返ってくるぞ」
二人の手を取り体を起こしてやる。
「…い、いくわよローグ…」
「あ、ああ」
ローグとマーロは振り返らず走り去った。
「アイヴィー…お前…」
「………」
「スカッとしたぜ!影を操るってスゲェじゃん!!」
「え…」
「あれ自分の思い通りに操れんの?」
「う、うん」
「うぉー…カッケー」
「庇ってくれてありがとね。ちょー嬉しかったよ!」
「ははは!流石はAAランクだな」
「…あ、アイヴィーは…べ、べつに…」
ーーきゅきゅー。
褒められ照れたアイヴィーは俯きもじもじしている。
…少し前までは考えられなかった光景だろう。
先程のアイヴィーの啖呵は聞いてて誇らしい気持ちになった。
ただ、ちょっと気になる事がある。
「…ボッツ。ちょっといいか」
ボッツを少し離れた場所に呼ぶ。
「どうしました?」
「…あの二人がさっきメアリーやラッシュを下等種族って言ってたが…」
「ローグとマーロは『犬人族』の『純血種』ですからね。見下してるんですよ」
「…すまん。田舎者にも分かるように説明してくれるか?」
「ふふ。事情はどうあれユウさんから頼られるのは良い気分ですね。…亜人には数多くの種族が存在しますが種族によっては純血種と混血種に別れます。メアリーとラッシュは犬耳が生えてますがローグとマーロには尻尾も生えていたでしょう?より獣に近いのが純血種なんです」
「ふむ」
「純血種は生まれた時から『覚醒』と呼ばれる特別なスキルを持って生まれます。混血種がこのスキルを習得するのは容易ではありません。覚醒は亜人の真の力を引き出すスキルで戦闘力が桁違いに上昇します。リスクもありますがね」
覚醒…。アイヴィーが幻のジュエに使ったスキル。
確かに凄まじい強さだった。
「……」
「…純血種の種族は社会的に高い地位に就き全員ではありませんが平気で種族差別をする者もいます。各冒険者ギルドのGMや幹部は息子や娘を修行目的で『金翼の若獅子』に出向させたりするんですよ。あの二人もその口です。実力ならメアリーとラッシュの方が上だが、親の権力を盾に横暴な振る舞いをしても許されてしまう」
「……酷い話だな」
「ええ。実力主義の『金翼の若獅子』で悲しいですが…。ランカーの中には自身の部下にギルドを設立させ『金翼の若獅子』外に勢力を保ちフィクサーとして運営する輩もいるらしいです。ランカーが『金翼の若獅子』の紹介状を用意する代わりに賄賂を要求するって噂も…。GRに見合わないメンバーが最近、多いですから」
ラウラとエリザベートが変えたいギルドの現状…。
少し理解できた気がする。
「…ありがとう。これからもアイヴィーと仲良くしてくれ」
「もちろん。お互い未成年の保護者で悩みは尽きませんよね」
「おーい!二人で何話してんのー?」
「ちょっとした世間話だよ」
「ふーん。あ、そーいえばユウさん家にいつ遊び行っていいのー?アイヴィーもいるんでしょ。はやく行きたーい!」
「あー…」
くいくいっとアイヴィーがコートを引っ張る。
「……アイヴィーもメアリーと遊びたいから…」
ーーきゅ〜。
くっ。その上目遣いはずるいぞ。
「そうだな…櫻木の月26日は?」
この際、フィオーネも来るし合わせよう。
「おっけー!わーい!」
メアリーが万歳をして喜ぶ。
「遠征依頼に行くしちょーどいいんじゃね」
「二週間位かかるしな。携帯品も揃えないといけない。今日もクエストを頑張るぞ」
「うぇー…。また朝から晩まで依頼ざんまいかぁ…」
お、ナイスタイミングだ。
「興味本位で聞くけど三人の武器は?」
「武器ですか?俺は大盾とメイスです」
「大剣。ユーさんのエモノほどじゃねーけど」
「弓と魔導杖だよ。基本、わたしは援護だから。ボッツが敵を引きつけて…ラッシュが攻撃って流れ」
「本当は武器も新調したいですがそこまでしちゃうと予算オーバーになっちゃうんで」
「出発はいつかな」
「六日後だよ」
…六日後か。うん。いける。
三人と別れギルド施設に入った。
〜金翼の若獅子 二階 受付カウンター前〜
ーーきゅー。
「うっわーー…なんだしこのかわいいの!目がくりっくりじゃん」
キャロルにキューを紹介する。
「アイヴィーの召獣で家族のキューだから」
「召獣って……竜の赤ちゃんをテイムしたのか?…たった二日で何があったんだよ」
「悠の家の前に捨てられた竜の赤ちゃん。アイヴィーが拾った」
「竜の赤ちゃんを捨てる…」
ちょっと待ってアイヴィーさん。嘘が雑な気が…。
「箱で捨てられてた。可哀想だから悠に相談したの。飼ってもいいって言ってくれた」
は、箱って。
「…そっか。お前ってば大変だったんだなぁー」
ーーきゅー?
そっか!?
「……アイヴィー。キャロルはあれで信じたのか?」
キャロルに聞こえないように小声で話す。
「…小さいモンスターの赤ちゃんを拾って捨てる酷い人は結構多い。悠から内緒にしてって言われた時から考えてた言い訳。大丈夫だと思う」
…うちのアイヴィーは機転が利く頭の良い子だ。
「べつにギルドに連れてきても問題ねぇーしな。うちにも抱っこさせて」
ーーきゅ。
「ああ…ちくしょう。かわいいなぁ。仕事したくねぇ…」
「ダメ。仕事して。キューはアイヴィーと空中庭園にいこう」
ーーきゅー!
「アイヴィー。キューの分のお昼ご飯も忘れずあげるんだぞ。夕方には迎えに来るからな」
「うん。お仕事がんばって。無理しないでね」
キューはまたアイヴィーの頭に乗る。
一緒に庭園に行った。周りはキューとアイヴィーを凝視している。特に女性のメンバーはキューの可愛さが気になる様子に見えた。
「…あぁー。行っちまった」
「可愛いだろ?」
「やばいな、あの組み合わせは!すっげぇかわいい。…アイヴィーもかなり雰囲気が良くなったし。…ユーに任せて間違いなかったわ」
「俺自身も娘ができたみたいで楽しいよ」
「ひひ。あとはお母さんだな!いい人いねーの?」
「募集中だが残念ながらそんな相手はいない。なんならキャロルがお母さんになるか?」
「おま……真面目な顔して…な、何言ってんだよ!?」
急に慌てるキャロル。
「アイヴィーはキャロルに懐いてるし問題ないだろ?」
「い、いや…だ、だって…急に、そんなん言われても…まだ知り合って…日も短けぇーし…そ、それにフィオーネが…」
目が泳ぎ顔が頰を赤くするキャロル。
からかい過ぎたかな。
「冗談だよ冗談。困らせてごめんな」
「………」
表情が一転しぶすっとした顔だ。
「どうした?」
「けっ!なーんでもないですぅー。おじさんはぁ〜若い子をからかうのがお好きなんですねぇ!」
……おじさんは傷つく。おじさんはいけない。
「そんな怒るなよ。…それと頼みがある。アイヴィーとキューに何かあったら教えて欲しい。俺は保護者だ。辛い顔は二度と見たくない。…少しでも多く笑って欲しいんだ」
「……もちろんだぜ!」
親指を立て頼もしく笑う。
「ありがとな」
「あのさ、興味本位で聞くけど仮にそんな奴がいたらどうするつもりよ?」
腰袋から鋼石を取り出し右手で握る。
「こうするつもりだ」
握り締め砕く。右手を開くと鋼石は粉砕され欠片を一部残し砂に近い状態へと変わった。
「えぇー!?す、素手で鉱石を粉砕した…」
「殺しはしない。…二度と自分の足で歩けなくなるとは思うがな」
「ひっ…!」
一部始終をカウンターの傍で見ていたメンバーが俺の横顔を見て小さな悲鳴をあげた。
キャロルにアイヴィーとキューを任せ一階に向かう。




