ダーニャと金翼の若獅子 ②
9月6日 午前11時30分更新
9月7日 午後19時34分更新
9月7日 午後17時16分更新
9月8日 午前8時5分更新
〜午前11時25分 二階 受付カウンター前〜
カウンターに向かい、挨拶を済ませる。キャロルとダーニャも顔馴染みだった。
「ダーニャとは定例会で仲良くなってさ〜……脇が弱いんだよなぁ?ほれほれ」
「アハハ!くすぐったいよキャロル」
「仲良しさんだな」
誰とでも打ち解けられるのは、無二の才能だと思う。
良い意味で彼女の気安さは、警戒心を弛ませ、場の雰囲気を和ませるのだ。容姿も相まり、キャロルの爛漫な明るさに、惹かれる冒険者も多いとフィオーネから聞いた事がある。
特に結婚適齢期を迎えた年齢層に人気が高いとか。
「…そういえば他の冒険者が少ないな」
ロビーを見渡し気付く。
「この時期は討伐依頼と護衛依頼の繁忙期だかんな」
「繁忙期?」
「ゴブリンとかオークの二足歩行のモンスターは、詳しくわかんねーけど、夏になると森の集落や街道の隊商を積極的に襲うんだよ」
「ふむ」
「植物系のモンスターも繁殖しちゃうし、依頼殺到っつーわけ……ニッシッシ!熟練の冒険者連中にゃ稼ぎ時だけどな」
Bランク以降の依頼は、単独で手強いモンスターの他、複数匹の討伐依頼が急増する。Lv上限は素養で異なるので、正確な数字ではないが、B級の冒険者一人につきLv35〜40程度が平均的な割合……らしい。
「仕事熱心なのはいいことさ」
「でもなぁ〜〜鷹の目の勧誘騒動で例年より、受注率が下がってんのが問題なんよ」
キャロルはカウンターに突っ伏し、溜め息を吐いた。
「そんなに酷いのか?」
「ん〜……去年の今頃は冒険者同士で、依頼の奪い合いになるぐれーだったのに、今年は他のギルドに回さなくちゃいけねーレベルかな。ギルド職員の間じゃ鷹の目の評判は最悪だよ」
これは由々しき事態と言って差し支えないな。
「……ユー、腹でも痛ぇの?」
「え?」
「眉間に皺寄せてこわい顔してっし」
ダーニャに指摘され、気付いた。意識してない内に、顔が険しくなっていたようだ。
「…ううん、大丈夫」
慌てて笑顔を取り繕う。
「ま、悪いことばっかじゃねーよ」
そんな俺を見上げ、キャロルが笑った。
「ユーが第8位に就いて一部、派閥の小競り合いが減ったし、雰囲気も良くなったもん」
「俺は特に何もしてないぞ」
「わからないかなぁ?上が仲良くなれば下も…ってやつじゃん」
「あぁ」
確かにフィンを除き、他のメンバーの評価は概ね好評。個人指定依頼を地道に頑張った甲斐があったと思う。ユーリニスのクソは論外だけどな。
「まあネイサンは苦労してるみてーだけど」
「…なに?」
しまった、とキャロルは表情を変える。
「気にしなくていい……って言っても遅いよなぁ」
「おう」
勿論、その通りである。
「……ホントに聞きたい?」
「ああ。ダーニャは退屈かもしれないがいいか?」
「おれは大丈夫!」
素直で助かるぜ。
お昼は好きなものを一杯食べさせてあげよう。
ネイサンの苦労……それは十中八九、ヨハネとの決闘で勝利した事が、起因しているのだと思う。暫定第8位の責務を負う俺は聞く義務がある筈だ。
「あ〜も〜ウチってばバカ!口を滑らせちった…」
両手を頭の後ろに組みボヤく。
「……先に言うけどユーのせーじゃないかんな?『冥王』の自業自得なんだからよ〜」
キャロルは事務的な口調で説明してくれた。
「十三翼の派閥は、十三翼が指揮してっから成り立つじゃん?『冥王』がユーに負けて、第8位を退いたから『戦団』の特権は剥奪され、運営費もストップされちゃったんだ」
戦団はヨハネを慕う冒険者で形成された派閥の呼称だ。
「ネイサンは『ヨハネが帰ってくる場所を守る』……って健気に頑張ってっけど、大半のメンバーは鷹の目に吸収されちまったんだ。失墜したとはいえ『冥王』がいれば、『瑠璃孔雀』も簡単に手出しはできなかったと思うけど、肝心の『冥王』は我関せずだし、組織としてはボロボロじゃん?十三等位が入れ替わる度、派閥の解散・合併・引継ぎがあって一悶着あるけど……ま、仕方ないよ」
「仕方ない、か」
「……おいユー」
キャロルはビシッと人差し指を突き付ける。
「まさか自分のせーとか考えてんじゃねーよな?」
「少なからず責任はあると思うが…」
「ユーに責任なんてねーっつーの!後先考えず勝負を挑んで、負けたアイツが悪いに決まってんじゃんか」
「まぁ…」
「自分のことばっかで、背負ってるモノの大きさを自覚してなかった末路だよ」
辛辣に聞こえるが、キャロルの主張は正しい。
非難されて当然だろう。
強ければいい……それは、一方からの主観でしかない。
ギルドガールのキャロルの視点だとヨハネは、喧嘩を吹っ掛け敗北し後始末もせず、身勝手に振る舞う輩だ。……しかし、地位を失った男の再起を願う者達がいるのも事実。ネイサンを筆頭に戦団に残った冒険者は、きっとヨハネの復活を信じてるに違いない。
「とにかくさ、ユーが責任感に駆られるのはネイサンも」
「違うぞキャロル」
俺は首を横に振り否定する。
「望む望まないとか関係なく、俺は自分が納得したいだけさ」
「へ…」
「だって見過ごせないだろ?」
「いやいや!ネイサンはともかく、戦団の連中はユーを」
「俺の敵は俺が見定める」
「だ、だから」
「大丈夫!余計な世話焼きは俺の得意分野だから」
親指を立て笑うと、呆れ顔で眉を顰めた。
「……こーなると思ったし言いたくなかったわ〜」
「情報提供に感謝するよ」
「うっせー!」
兎耳を逆立て、バンバンとテーブルを叩く。
「ったく……ま、そーゆーお節介なとこ嫌いじゃないけどな」
「はっはっは!惚れちゃったか?」
「………」
キャロルは頰を朱色に染め、カウンターに頬杖を突き黙ってしまう。……あれ?ツッコミがないぞ。これじゃ自意識過剰な痛い奴じゃん!
「…話は終わった?おれ腹減ったぞ」
コートの裾を摘みダーニャが空腹を訴える。
「お、そっか」
話が長引いたしそろそろ昼飯にしよう。
「俺達はご飯を食べに行くがキャロルも一緒にどうだ?」
「あ〜〜……ウチはまだ仕事が残ってからさ」
「そっか」
「バイバーイ」
ダーニャと一緒に階段を登り、三階へ移動した。
〜同時刻〜
離れていく後ろ姿を眺め、呟く。
「とっくに惚れてるっつーの……バーカ」
……矛盾してるが悠は面倒事を嫌う癖に、放って置けない難儀な性格だ。ある意味、究極の自己中とも言えるだろう。周りが右往左往されるも結局、引っ張られてしまうのは、言葉だけでなく実際に行動で示す故か?
「…ん〜〜」
キャロルは背筋を伸ばし仕事を再開する。
「ま!ウチはウチのペースでがんばるし」
兎と亀が競争する寓話では、兎が負けてしまうが、このレースはどうなるだろう?
その答えが判明するのは、まだまだ先の話だ。




