錬金術の真髄とは?②
8月31日 午後18時56分更新
9月2日 午後12時58分更新
〜15分後〜
「チッ!ほんっっと目ぇ離せねーわ……毎度毎度、知らねーとこで女の影が…ぶつぶつ…」
……女の子の知り合いが増えるのが駄目なのだろうか?
しかし、蒸し返すと面倒になるって俺の中のゴーストが囁いてるので言うのは止めとこう。
「悠さんは無自覚で天然な女たらしなのねぇ」
「…えー」
ナターシャさんはティーカップを優雅に口元に運ぶ。
甚だ納得いかない評価だーー!
因みにこのお茶は彼女が配合した特製の薬膳茶。
青臭く苦いけど、飲むと爽やかで清涼感ある風味が鼻を突き抜ける。
「それでも浮気性の夫の百億倍はマシだけど」
「そーいえばじいちゃんは?」
「あのエロジジイは新薬の投与中よダーニャちゃん」
……笑顔が超怖い。
「まぁそんな話は置いといて」
置いといていい話じゃない気がする。
「約束通りアイヴィーちゃんに秘伝の調合術を教えましょう」
「よろしくだから」
「こちらこそ」
無論、見返りについてはアイヴィーに伝えてある。
「頑張って覚えてくれ」
「ん」
「……悠さんは本当に何もいらないの?」
「別に大丈夫ですよ」
「欲しいポーションや錬成素材を言ってくれれば喜んで作りますよ」
「うーん」
特に思い浮かばない。
「何かあればお願いするので今は大丈夫かな」
「そうですか。その時は遠慮せず頼んでね?」
「はい」
「さて……教える前に一つクイズをしましょうか」
「ん!クイズは嫌いじゃない」
ナターシャさんは網かごをテーブルに置く。
「このポーションを完成させるには、この中のどの素材が必要だと思う?アイテムは左から順に…乾燥させた魔物の頭蓋骨の粉末、蛍草、ガジュマルの根、紫の腐葉土、フォレストホーネットの巣の一部よ」
「………」
アイヴィーはジーッとアイテムを眺める。
「はっはーん、なるほどな」
モミジは答えが分かってるようだ。
「……え〜?どれも必要そーに見えるけど」
俺もダーニャと同意見だった。例え鑑定しても素材がその錬成品に適してるかどうか……知識のない俺には判別が難しい。分かり易く表記される素材も確かにあるが、この五個のアイテムは対象外だ。
ポーションの小瓶を再度、一瞥しアイヴィーは口を開いた。
「その万能薬に素材を足す必要はないから」
え?
「この五つのアイテムはいらない」
「どうしてそう思うの?」
ナターシャさんは穏やかな顔で問う。
「完璧に調合が済んでるし、そこに余分なアイテムを混ぜれば治癒する状態異常の種類が半減化する。一番駄目なのはガジュマルの根っこ。ガジュマルの根は細胞を活性化させるエキスを抽出できるけど、毒系の状態異常も促進しちゃうし最悪の組み合わせ」
スラスラと答える娘を義父はポカーンと見るばかり。
「本当にその答えでいいの?」
「ん!ファイナルアンサーだから」
「……」
「……」
某クイズ番組の司会者並みに沈黙が長くない?
「……だ」
「だ?」
「大正解よアイヴィーちゃん」
満面の笑顔でナターシャさんは答えた。
「……おお〜〜!アイヴィーってばスゲーじゃん」
「ぶい」
ダーニャとハイタッチを交わす。
「大したもんだぜ」
「ふふふ!素晴らしい慧眼だわ」
感心する二人を横目に小声で囁く。
「……よく分かったな?」
「空いた時間に書斎の本を読んで勉強してるから」
アイヴィーが耳元で囁き返す。
「鑑定しても俺は分からなかったぞ」
「鑑定は便利なスキルだけど、内容を智見し読み解けないと宝の持ち腐れ」
「……」
「大事なのは答えより答えの導き方だから」
一分の反論の余地もない言葉だ。
正確な方程式で的確な解を導く……当たり前に思えてもこれが難しい。
鋼鉄の探究心に頼りっぱなしの俺には耳が痛い。
「どうしたよユウ」
「………勉強嫌いの自分に自己嫌悪してる」
モミジは怪訝そうに眉を顰めた。
「アイヴィーちゃんは本物ね。錬金術の才能があるわ」
こころなしか声が弾んでいた。
「才能ってスキル?」
「いいえ違う」
「わかった!錬成の数値だ」
「それも違うわダーニャちゃん」
二人の答えに彼女は小さく首を横に振った。
「錬金術の才能とは学識です」
「学識?」
「ええ。学んだ知識、経験で培った見識、正しく素材を見分ける判断力は錬金術で最も必要とされる力です。技術と錬金のパラメーターだけ重視するのは二流……一流の錬金術師は知識を基に素材を錬成します」
ナターシャさんは静かに語り始める。
「特に調合・合成の錬金術は、組み合わせる素材の種類と良し悪しを見極め、配合比率を割り出しアイテムを錬成するから顕著に現れる」
……無教養の俺に刺さりまくりぃ!
「もちろん技術も錬金のパラメーターも重要な技能だけど、優先順位は兎にも角にも、知識です。……未熟な錬金術師が病を治すポーションを調合した筈が、手順を違え病を重篤化させるポーションを錬成し服用させてしまう由々しき、問題が後を絶ちません。これを踏まえ失礼だけど、私はアイヴィーちゃんが教唆に値するレベルに到達してるか見極める必要がありました」
「アイヴィーは合格した?」
「ふふ、文句なしの合格ですわ」
「えっへん」
「……あの」
俺はおずおずと手を挙げた。
「何かしら悠さん」
「錬成炉で錬成品を錬金するのはナターシャさん的にどう思いますか?」
少し間を置き、答える。
「……非効率ですね。そもそも錬成炉を使った錬金術は、アイテム精製の手段というより、錬金術師を志す者がMPと魔力を鍛える訓練目的で使うことの方が大半なの」
クルルさんも同じことを言ってたなぁ。
「ただ、錬成炉でしか錬成できないアイテムも存在します」
「ふむふむ」
「悠さんの錬金した錬成品の評判は私も知ってるわ。あれは錬成炉で精製したと聞いたけど、本当かしら?」
「はい。そもそも、錬成炉と紀章文字を彫る以外の錬金術はできません」
「…へぇ…」
穏やかな笑みを浮かべたまま沈黙し、俺を見詰める。
「ユウも色々とあっからさ、気にしないでくれよ」
見兼ねたモミジがフォローしてくれた。
「だろ?」
「ま、まあね」
フォローに感謝!
「……そうね、ふふふ」
何か含みを感じる微笑みだった。
「では、前置きはこの辺にして……アイヴィーちゃんは私と別室に行きましょうか」
「了解だから」
ナターシャさんがソファーから立ち上がる。
「モミジも手伝ってくれる?」
「いいぜ」
「悠さんとダーニャちゃんはどうします?」
「あー……俺はその間、他の用事を済ませてきてもいいですか?」
「もちろん!結構時間が掛かりますし」
「おれは…」
悩むダーニャの肩に手を置く。
「良かったら俺と一緒にくるか?」
「ユーと一緒に?」
「折角だし冒険者ギルドと商人ギルドを案内するぞ」
「行ってこいよ。ユウがいりゃ問題ねぇ」
モミジの一言が決め手になり、ダーニャは腕を組み、得意気に胸を張った。
「……し、しょうがねーなぁ?特別に寂しがり屋のユーにおれが付き合ってやんよ」
「テメーは何様だこのスッタコ!」
「いっ、痛ったぁ〜〜い!?」
モミジの拳骨が頭の天辺に落とされ、その場でピョンピョン飛び跳ねる。
「ははは」
三人と別行動で俺とダーニャはファーマン邸を出て、金翼の若獅子に向かった。




