錫の魔女 ③
8月21日 午前10時48分更新
8月24日 午後14時35分更新
8月24日 午後20時4分更新
「小難しい言葉を並べて煙に撒くつもりか?条理とか異端とか……そーゆー話はしてねぇだろ」
面倒な意図はなく謝れって言ってるだけだ!
眉間に皺が寄り、苛々は募るばかり。
「人格、品格、家格……そもそも私と下々の民草では別格過ぎて謝る必要もない」
「……」
「しかし、近頃は分を弁えぬ平等主義者が増えた。黒永悠、お前はその中でも最たる者に違いない」
「………」
「王も神も斬ると憚らず公言するとは傲慢で愚かだ」
「…………」
「もう一度、はっきり言う」
高圧的にサイファーは告げる。
「下賤な輩に下げる頭も謝辞もない」
頭の中でプツン、と糸が切れる音が聴こえた気がする。
「『金獅子』殿はお前を買い、気に入ってる御様子だったが契約者といえ所詮、ヒュー!?」
俺は右手で奴の顎を掴んだ。
「…グダグダ、グダグダとまぁ……ウるせぇナ」
「ギ、グッ…」
「た、隊長!」
「格の違いガ知りたいナラ喜んデ教えテやるヨ」
怒りが渦巻き、凶暴な獣が解き放たれた。
「……ユウ!?手ぇ離さねーとヤベェって!そいつ死んじまうぞ!」
モミジが焦った表情で必死に呼び掛ける。
「あア、そウだナ」
「え…そ、そうだなって…」
「死ンで構わなイ…大切な人を…仲間ヲ…傷つケる奴は許せねェ…」
徐々に視界が影が覆い、頭の中が殺意で染まっていく。
「…アッ…ギィ…?」
酸欠で青褪めた顔を真っ赤な柘榴に変えてやる。
「ーーーーやめてなの!」
頭蓋骨を破壊しようと左拳を引いた瞬間、服の裾を涙目で必死に掴むトトに阻まれた。
「おじさん…お兄ちゃんをイジメないで?…トトが謝るから…ごめんねするっ…ヒク!…から゛」
「……」
靄のような視界の影が薄れ殺意と憎悪が萎えた。
「…悠ちゃん、どうか落ち着いて」
宥められ怒りで沸騰した頭が急速に冷めていく。
「オレも皆も大丈夫だから…な?」
モミジの一言に完全に我に返り、俺は息を吐きサイファーの顎から手を離した。
「ーーゲホッ!?ゲホ!がぁ…あ、顎がっ…俺の顎…」
「下顎が折れてるな……今、治癒魔法を施します」
「隊長、大丈夫ですか?」
蹲り喘ぐサイファーに部下が駆け寄る。
「く、黒永…悠゛っ…貴様ぁ……だ、誰に向かっで…」
物凄い形相でサイファーは俺を睨む。
まただ、頭痛がする。
…しかも俺は今、本気でこいつを……意味不明の頭痛、感情の爆発、視界の黒い影…もしや……いや、考え過ぎか。
疑惑を振り払うように首を振った。
「…帰れ」
「な、んだと!?」
「グローアさん、トト、モミジ……俺を止めてくれた三人に感謝しろ」
殺意を込め、睨み返した。
「次はないからな」
「ぁ…うっ…」
気迫に押されたサイファーは血の気を失いたじろぐ。
「……サイファーを連れ王宮に帰りなさい」
「しかし、グローア様!この男は」
「帰りなさい」
有無を言わさぬ口調で彼女は部下を嗜めた。
「貴方達じゃ天地が逆さまにひっくり返っても、彼には勝てない」
「くっ…」
「私に任せるえ」
「……畏まりました。サイファー隊長、私の手に」
「い、いい……自分で立つ」
部下の手を払い、立ち上がる。畏怖と嫌悪で顔は引き攣り、逃げるように衛兵隊を連れ去って行った。
「…皆さんには嫌な思いをさせちゃって申し訳ないえ」
開口一番にグローアさんは謝罪を口にした。
「別によぉ魔女さまが謝ることじゃ……なぁ?」
「んだんだ」
「『錫の魔女』は王宮の良心だって親方も言ってたし」
職人の態度を見ると彼女の評判は上々のようだ。
「あの噂は本当みてぇだな」
ダデは難しい顔で呟く。
「モミジちゃんもごめんなさい」
「あー…言われ慣れてっし大丈夫っすよ」
……慣れる必要があるのだろうか?
「オーガが野蛮っつーのはあながち間違いじゃねぇもん」
「モミジ嬢の場合は野蛮ってより短気だけどのう」
「素直になれねぇ照れ隠しみてーなもんだろ?」
「ガハハ!違いねぇわ!特にユーの前じゃ」
「……あぁ゛ん?」
睨まれたダデさんは顔を背けた。
「ゴ、ゴホッ…ゴホン!急に持病の咳が…」
「ほぉ〜長ぇ付き合いだが初耳だぜ」
躙り寄るモミジから逃れ、俺の背後に隠れる。
「ユ、ユー!助けてくれぃ」
「あははは……ってどうかしました?」
俺の横顔を観察するようにグローアさんが眺めている。
「さっきとの落差が凄いと思って……悠ちゃんは怒ると人格が変わっちゃうタイプ?」
「ん〜…あーゆー奴は男女問わず許せませんね」
言葉の暴力は簡単に心を傷付ける……切創や打撲と違って一生治らない可能性もあるのだ。社会階級の差別は、人が人らしく生きる尊厳を容易に奪う。
パルキゲニアは可能性に充ちた素晴らしい異世界だ。
しかし、人種が多様で寿命の差が激しく、種族の血統や種別で酷い差別が横行しているのが現実。……俺は権力に屈さない。反社を気取る訳じゃないけどインタビューの解答こそ覚悟の証なのだ。
「誤解しないで欲しいけど王宮の皆がああじゃないえ」
「それは理解してますよ」
現にグローアさんやトトがそうだし。
「…サイファーも王宮に根付く悪習の犠牲者だえ」
「犠牲者?」
グローアさんは苦笑し首を小さく横に振った。
「悠ちゃんは気にしなくていいえ」
「……」
そう言われると逆に気になっちゃうよなぁ!
「兎に角、この非礼の詫びはさせて貰うえ」
彼女が指を鳴らすとカウンターにインゴットが突如、出現した。
ま、魔法?
「こ、こりゃ…もしや『魔女の製法術』の鋳塊!?」
グローアさんは頷き答える。
「私が錬成した錫色の鋳塊という特殊な錬成素材え」
皆の視線はインゴットに釘付けだ。店先のショーケースに飾るトランペットを欲しがる少年のように目をキラキラと輝かせている。
「…はぁ〜…ぶったまげるわい」
「儂ぁションベン漏らしそうじゃ」
「お目にかかれる日がくるとは思わなんだ…」
この場で一人、俺だけこのアイテムの凄さを分かっていない。
「モミジさんモミジさん」
「…おう?」
隣に居るモミジの服の裾を引っ張る。
「ウィッチクラフトってなに?」
「魔女しか使えねぇ門外不出の錬金術らしい」
「らしい?」
「オレも詳しく知らねーけどな……ただ、ウィッチクラフトを素材に鍛えた武器は知ってるぜ」
「ふむふむ」
「赤槍ゲイ・ジャルグや妖刀・村正とか」
村正は異世界でも有名な刀のようだ。すごいぞ村正!
「ルルイエの『崩王』が持ってる魔剣グラムもウィッチクラフトの素材で鍛えた武器だってジジイが言ってたし」
「……つまり凄い武器に使われる凄い素材だってこと?」
「ま、簡単に言うとそーだな」
モミジは真剣な眼差しでインゴットを見ている。
「ナターシャさん曰く紀章文字はウィッチクラフトに必須の技術だって昔、言ってたけど……チッ!他にどんな技術と知識が必要か想像もつかねーわ」
魔女の製法術、か。
ランダの日誌を読み解けば発見があるかも知れない。




