龍のお母さん ①
7月17日 午後12時18分更新
7月19日 午後15時52分更新
〜向日葵の月20日 マイハウス 風呂場〜
目が覚め時計を見ると時刻は午前4時21分……起きるには早過ぎるが二度寝する気分じゃない。偶には朝風呂も悪くないと思い、起きて風呂場に向かった。髪と体を洗った後、熱い湯に肩まで浸かる。
湯口から延々と注がれる湯、水垢一つない芳しい木の浴槽、バルブを捻ると温度を上下できる調整機能…………入る度、アルマの創造魔法の凄さを思い知らされるぜ。
『魔導具を組み込み、他の必要部を創造しただけよ』
……と簡単に言ってたっけ?
孤児院でアイヴィーの奮闘を見た以上、鵜呑みにはできない。謙遜でもなくアルマとっては簡単なことなのだろう。そのお陰で素晴らしい朝風呂を堪能できる事に感謝しなきゃな……ああ゛〜〜命の洗濯じゃあ〜!
……皆への報告は明日でいいかな?
ぼんやりと湯気を眺め今日は農作業・錬成・鍛治に一日を費やそうと決めた。
錬成炉が何を産み出すか非常に楽しみだ。
〜午前5時15分 マイハウス 寝室〜
風呂を上がり寝室に戻って作業着に着替える。
「よっと」
袖に手を通した瞬間、パキンと何かが割れた音が聴こえた。
ーー………。
「………」
振り返り、思わず目を擦る。
落ち着け、落ち着くんだ俺……あそこはキルカの卵を乗せてるクッションソファー…うん…そうだよな?
ーー………。
何度、擦っても疑いようのない現実に声も出ない。卵の下殻を突き破り四本爪の脚が二本飛び出し、卵が立っていた。卵が立つとは変な表現だが、殻を被った状態で割れてない以上そう言う他ない。
「つ、つ、遂に……遂にかっ!?」
俺は今、飛龍が誕生する瞬間に直面している。
これまでの経緯とキューの頑張りが脳内を駆け巡り、自然と涙が出そうになった。
「ま、待て…アルマを呼んで相談した方が良いよな?…って居ないじゃん!」
いつも寝室に居るのにぃ!?あ、神樹の前か?
「と、とりあえずタオルを……いやシーツか?包む物を用意して…」
軽くパニック状態である。
そして一瞬、目を逸らすと硬い何かと顔面がぶつかった。
ーーー……◇×◇…◇◇△◇○〜〜〜!!
「ばもふっ!?」
正体はソファーから飛び跳ねた卵だ。
「ぐおおっ…は、は、鼻が?」
思いの外、頑丈で痛い。
ーーー○○◇◇△〜!
くぐもった鳴き声を叫び、卵は殻の欠片を落としながら寝室を飛び出していく。
「ま、待て…」
急いで追いかけなきゃ!!
〜数分前 マイハウス キッチン〜
起床し着替えを済ませたオルティナは、食材を板の上に並べていた。
「美味しい朝ご飯を作らなきゃ〜」
リズミカルに包丁で野菜を切る。
「……ユウさんはご飯が好きだしご飯に合うメニューがいいよね〜?」
……今更だが、ミトゥルー連邦で一般的な主食はパンである。米は倭国から輸入された輸入品が殆どで安価で購入できる面から、一般家庭に重宝されていた。日本で育った悠にとって異世界の輸入米の味に不満はあるものの、食べられるだけマシだと割り切っている。
「奥さんって感じ〜……うふふ」
妄想を捗らせ幸せそうに微笑むオルティナだった。
その時、慌ただしい音が上から響く。
「?」
不思議に思い首を傾げるも、気を取り直し鍋に切った野菜を放り込んだ。
次の瞬間、階段を転げ落ちるような音が聴こえ眉を顰めた。
「……変ね〜」
エプロンで手を拭き呟く。
「ユウさん?」
返事はない。
「アイちゃ〜ん?ルウちゃんかなぁ〜」
またもや返事はない。
「…あっ!」
その時、正体不明の謎の物体が物陰に隠れた。
「………」
床に落ちた大小の殻の破片が目に留まる。
ーーー………。
生物の気配……強い警戒心を感じ取るもオルティナは穏和な笑みを浮かべ屈む。
「怖くないよ〜……出ておいで〜」
竜人族の本能の為せる知らせか?この生物が敵ではないと彼女は察していた。
静寂も束の間、唸り声をあげ姿を見せる。
ーーー……ウー……!
一本の角を生やし、背中に卵の殻を乗せた龍の赤ちゃんだ。純白の鱗は輝き、対照的に四肢は黒い鱗で覆われている。
口から漏れる冷気を含んだ白い吐息……親の能力をしかと受け継いでいるようだ。
ーーーウ゛ーー…ウヴ〜〜!!
この子は孵化したばかりのキルカの遺子である。強く雄々しい飛龍種といえ、まだ赤ん坊……未発達の小さい翼を広げ精一杯、威嚇する姿は逆に愛愛しい。
しかし、氷飛龍との相違点が二つ散見していた。
まず、キルカと違い左右で虹彩が異なる金の瞳。そして、白い龍鱗と真逆の手脚を彩る黒い龍鱗である。…どれも通常の氷飛龍に見られない特徴で龍血と龍識にキューの魔力が混同し、祟り神の影響を受けた神の悪戯……いや奇跡と評するべき生命の神秘だ。
「大丈夫だよ」
オルティナは静かに語りかける。
唸り続ける赤子にゆっくりと左手を差し伸べた。
ーーーウ〜〜……ガプッ!
鱗を逆立て、赤子は思いっ切り噛む。
生まれたばかりといえ、飛龍は飛龍……尖った牙が細い指に食い込み血が滲んだ。
「…怖くないからね?」
痛みをおくびにも出さず、ただ微笑み語り掛ける。
ーーーフーッ!フッー……フ〜…。
興奮し荒い鼻息が落ち着き、細まった瞳孔が丸みを帯び逆立った鱗が寝ていく。
「わたしは味方だから…ね?」
空いた左手でオルディナが頭を撫で始めると赤子は、ゆっくりと噛む力を弱め指を離した。
ーーー……ウル〜……ル?
怪我をさせた指の傷を恐る恐る舌で舐める。
「うふふ〜」
ーー……ウルルゥ!
遂には体を擦り寄せ鳴き、一寸前とはえらい違いだ。
この場にエリザベートが居ればさぞ驚いただろう。竜人族の間でも、飛竜とのコミュニケーションに差異が生じ飛龍が相手ともなれば更に難しさを増す……まして赤子となれば、困難の極みだ。
「あはは!擽ったいよぉ〜」
ーーウル!…カプカプ…。
今度は親に甘えるように腕を甘噛みする。
ーーウア〜〜!
「よっと」
オルティナは両腕を畳み抱えるよう抱っこした。
「いい子、いい子〜」
ーーウルゥ〜〜……ウアァ〜ム…?
そんな仲睦まじい光景を唖然とした表情で悠は、柱の影から眺めていた。




