チビとルウラ ①
7月10日 午後22時57分更新
7月10日 五語19時36分更新
〜午後17時45分 ビガルダの毒沼 転移石碑前〜
程なくしてキャンプ場に戻って来た。
「着きましたね」
まだ管理小屋前に集まってるのか人気がない。
「クロナガさんの快挙を伝えないとな」
「きっと驚くぞ」
「あー…」
正直、大騒ぎされ時間を割くのは面倒だ。
淵嚼蛇の後遺症で疲れてるし、早く家に帰って湯船に浸かりたい。
ちょうど転移石碑の前だし……よしっ!
俺は腰袋の留め金を指で弾き、ヴォージャンの死骸と素材を地面に置いた。
「クロナガさん?」
不審に思ったセバスチャンが呼ぶ。
「俺は帰るから適当に説明しといてくれ」
「「……え、えーー!?」」
メンデンとサイトが叫ぶ。
「討伐した証拠に死骸と素材は置いてくからさ」
「て、適当って言われても」
「あとマルタさんは知ってるか?」
「それは、はい……彼は昔、有名な冒険者でしたし」
「殺された遺体を埋葬するようこの金で頼んでくれ」
「おわっ!?大金じゃないですか!」
困惑するセバスチャンの肩に手を置き笑う。
「まぁうん……それじゃ」
どうも納得いかない様子だったので無理矢理、話を切り上げた。
「「「あっ」」」
手を振りベルカへ転移する。
偶にはこんな風に頼み事をするのも悪くない。
〜午後18時30分 ビガルダの毒沼 キャンプ場〜
メンデン、サイト、セバスチャンが皆に顛末を説明し三十分が過ぎた。管理小屋の前に群がった十数人がヴォージャンの死骸を前に息を飲む。
「……まさか『辺境の英雄』が来てたとは」
「指定危殆種を惨殺とかマジかよ…」
「く、首がないわ」
「噂通りの化け物だぜ……」
「……十三翼ってのは半端じゃねーな」
口にする台詞は救ってくれた感謝よりも、畏怖の念が先立っている。
その様子をサイトは腹立たしく睨んでいた。
「俺に埋葬を?」
「ああ」
「……ぶははは!」
セバスチャンに渡された札束を手にマルタは笑う。
「『鬼夜叉』の旦那といい『辺境の英雄』といい……契約者ってのは面白ぇぜ」
しみじみと呟く横顔は愉快そうにメンデンには映った。
「俺達も手伝わせてくれ」
「ん……構わねーが条件がある」
「条件?」
懐に金を仕舞い、片手を呷る仕草をする。
「終わったら一杯付き合えよ?酒の肴に『辺境の英雄』の話を聞かせてくれ」
その誘いにセバスチャンは頷く。
「喜んで付き合おう……なぁ?」
「ふふ、一晩じゃ語り尽くせないけどね」
「本当にな!」
年老いた元冒険者は、三人に昔の自分を重ね郷愁に駆られるのだった。
〜同時刻 ベルカ〜
家に帰宅した俺は真っ先にチビを紹介した。
概ね皆の反応は良好だ。
蛇……まぁ爬虫類系の生き物って女の子は苦手かなぁと心配してたが杞憂だった。しかも、意外だったのは滅茶苦茶、チビがルウラに懐いたことだ。
顔を真っ赤にして、ルウラも喜んでる。
……兎も角、風呂で汚れを綺麗さっぱり洗い流して飯だ飯!
〜夜20時37分 マイハウス リビング〜
天を仰ぎ、俺は背を思いっ切り伸ばした。
「……ああ゛〜〜やっぱ我が家は天国だぁ」
清潔で広い湯船に浸かって疲れを癒やし、オルティナが作ってくれたご飯に舌鼓を打ち、柔らかいソファーに身を委ねるこの幸せ……これ以上の贅沢はないと断言できる。
「今回も大冒険でしたねぇ〜?」
隣に座るオルティナが微笑む。
「お陰で色々と収穫もあったよ」
「……大抵は数ヶ月以上、時間を費やし徒労に終わる探索がほとんどなのに毎回成果が凄いですぅ」
テーブルの上に並べた宝石類の原石を見て、感嘆の溜め息を漏らした。
「耐性とスキルのお陰だけどね」
「それにしてもですよ〜」
ギルドの運営費を貯える必要もあるし、大聖堂で入手した分も含め幾つか売ろう。
他は…ん?
「にゃむ…これだと……ふーーん」
片目を細めアルマは、前足で斜陽のサファイアを触る。
「欲しいなら好きに貰っていいぞ」
「あら悪いわね」
「興味本位で聞くけど何に使うんだ?」
「それは……にゃふふ!名案が思い付いたわ」
途中まで言い掛けるとアルマは自信満々に頷いた。
「アイテムの調達をアンタに依頼してあげる」
「…へ?」
「報酬は……まぁその時のお楽しみってことで」
「そりゃ構わないけど」
「依頼第一号が魔王なんてすっごい名誉よね〜。咽び泣いて喜びなさいな」
「……頼まれる側が泣くのかぁ」
無理難題を吹っかけられてる気がして若干、不安だ。
「因みにどんなアイテムですか〜?」
「『煉獄虫』、『ロートスの葉』、『不滅の逆鱗』、『星珊瑚』、『霜月の欠片』……全部で五個ね」
「へー!手に入る場所は……オルティナ?」
隣で聴いていた彼女は、青汁を一気飲みしたような険しい顔をしている。
「どれも超危険なモンスターの素材ですよぅ……不滅の逆鱗は不滅竜ファーブニルの喉…煉獄虫は怪獣ギドンの体内に巣食う寄生虫……他三つも危険度は同じ」
「……」
不滅竜ってオルドが倒した竜っぽい……ってか正解だろ!
「大袈裟ねぇ?どいつも大したことない連中ばっかよ」
アジ・ダハーカを弱虫とかほざくアルマの尺度は当てにならない。
「ちなみにランダは余裕で倒したわよ〜?」
煽るような口調だ。
「む」
「まさか祟り神の契約者ともあろう者がビビッてる?」
……本当、俺の性格をよく理解してるネコちゃんだぜ!
「まさか依頼を断る訳ないだろ?喜んで引き受けるさ……楽勝だっつーの」
楽勝な訳がない。オルティナの反応が事実を物語っているが、それでも意地を張るのが男……一家の大黒柱ってもんだ。
「にゃひひひ」
「…あ〜う〜」
オルティナは嫌な予感が的中したのか不安そうだ。
「まぁわたしも鬼じゃないし気長に待ったげる」
「そのモンスターは何処にいるかだけ教えてくれ」
「適当に探せばいるでしょ」
依頼内容が雑過ぎぃ!!
「……」
不満を露骨に顔で表現すると仕方なさそうに助言する。
「ったく甘ちゃんねー……書斎を調べてみなさいな」
「書斎?」
「ランダの日記が何冊かあるから」
「日記なんて書いてたのか」
「アンタはそーゆーの嫌いなタイプでしょ?」
「…ん〜」
「日記を書くって柄じゃなさそうだし」
図星だった。俺はブログやSNSの面白さを理解できないアナログ派である。
「……ユウさんと出会ってどんなに世界観が狭かったか身にしみるなぁ〜」
オルティナが遠い目で何か呟いた。
「え?」
「なんでもないですよ〜」
暫くのんびりした夜の時間を満喫する。




