仕事をしてお金を稼ごう!②
〜午前11時40分 金翼の若獅子 一階フロア〜
甲級転移石碑許可証のおかげで前より楽に移動できた。これは便利だ。
「今日は人が多いな」
クエストの達成報告に行こうとするが混み合ってる。
ぐー、と腹が鳴った。…無残な遺体を見た後でも腹は空くなぁ。
フィオーネから貰った焼きおにぎりと……何か頼むか。空いてる端のテーブルに座りウェイトレスに声を掛けた。
「すいません」
「はーい!」
猫耳がキュートな朗らかな女の子が来た。
「メニューはお決まりですか?」
「んーっと…ガポの煮込みとコリアジンジャーを一つお願いします」
「ガポの煮込みとコリアジンジャーですね。かしこまりました!…あれ……その帽子と服は…お客さんってもしかしてユーさん?」
「…?…はい。俺は黒永悠だけど」
「やっぱり!最近すっごい強いって評判の人ですよね!握手してくださいな〜」
「あ、ああ」
右手を差し出す。
「えへへ〜。ありがとうございます!わたしは『金翼の若獅子』の一階の酒場『酔いどれ蛙』でウェイトレスをしてるブーチです。どうぞご贔屓に!」
ブーチが頭を下げ厨房に戻る。
…女の子に握手を求められるなんて初めての経験だ。
〜数分後〜
「よぉ兄ちゃん」
顔に深い傷痕がある暴力団組長みたいな角の生えたおっさんが数人の若衆を従え現れた。
「な、なんですか」
「俺ぁ冒険者ギルド『勇猛会』でGMやってるガンジ・フォン・ローゴドリっつーもんだ。兄ちゃんが噂のクロナガユウだろ?」
噂ってなんだろ。
「ええ」
「えれぇイキの良い若ぇもんがいるって聞いてたが噂通りの…いーい面構えしてんじゃねぇか。実力も申し分なさそうだ。お前さんは無所属なんだってな」
「…はい。フリーメンバーです」
「うちに遊びにきな。名刺を置いてくからよ」
机の上に名刺を置かれる。
「じゃあな」
ガンジさんは若い男達を引き連れ出て行った。
なんなんだよ一体…。
〜数分後〜
「お・に・い・さ・ん」
銃の整備をしていると今度は女性が声を掛けてきた。
またか…。
顔を上げると露出狂に見間違うほど布面積が少ない服装の妖艶で小さな翼が生えた美女がキャバ嬢っぽい若い女の子達と一緒にテーブルの側に立っている。
どことなくイージィに似た雰囲気。
夜魔族かな。
「…どちら様ですか」
「私はぁー…冒険者ギルド『リリムキッス』でギルマスをしてまぁーす…ソーフィ・リリーよぅ」
か、顔が近い。……胸の谷間の強調もやばい。
「ソ、ソーフィさんですか。…何か御用でも?」
「実はぁー…最近、ちょー有名なぁ…お兄さんの噂を聞いてぇ〜。うちのギルドにぃー…勧誘しちゃおっかなって思っちゃいましたぁ」
「か、勧誘?」
「そーよぉ。…悠ちゃんはぁ強くてぇ……とぉーっても頼りになるらしいじゃない。うちは男手が足りないからぁ〜。…この名刺をあげちゃう」
胸の谷間から名刺を渡される。
な、なんて露骨な…!
「いつでもぉー…遊びにきてね。ちゅっ」
頬っぺにキスされた。
余りの出来事にフリーズした俺にウィンクをしながらソーフィさん達は出て行く。
「…えぇー…」
その後も注文した料理が届くまでひっきりなしにPTの勧誘や知らない人に話し掛けられた。
…ゴブリン軍団の討伐依頼より疲れるわ。
〜30分後〜
漸く勧誘も落ち着き注文した料理が届いた。
「ん!美味い」
ガポの煮込みは日本で言う牛スジ煮込みに近い料理。
とろとろの肉に味噌風味の濃い味付けが堪らない。
コリアジンジャーはコリアの果実と呼ばれるライチに似た実を炭酸水にすり潰して混ぜた炭酸ジュース。
喉に心地良い刺激を与えてくれる。
焼きおにぎりもしっかり表面が焼けているが焦げてはいない。形も整えられ美味しい。
〜10分後〜
「ご馳走さまでした」
料理を食べ終え受付カウンターを一瞥する。
…まだ人が並んでいるな。
タバコでも吸って待つか。
大変有り難い事にギルド施設内も喫煙可だ。
喫煙者に優しい世界って素敵やん。
「ちーっす!ユーさん」
ラッシュだ。
「おう。ラッシュじゃないか」
「どうもユウさん」
「やっほー!」
ボッツとメアリーもいる。
「やあ。三人もクエスト達成の報告待ちか?」
「俺たちは家に帰る所です。…それよりもユウさんの噂話でギルド内は持ち切りですよ。AAランクの昇格依頼に同行したって聞きましたが」
「ああ、それか。実はなーー」
〜数分後〜
「ーーってな感じだ」
経緯を簡単に説明した。
「あの子と一緒に住んでるんだ…」
「うん。可愛くて良い子さ」
「Aランクってだけでとんでもねーガキってのは知ってたけど……。まさかユーさんが一緒に住むとはね」
「悪い噂は色々と聞いてましたが……なるほど。今度、紹介してください。ユウさんの身内なら俺にとっても友達ですから」
「そーだよ!噂なんてわたしは気にしないし」
「俺もギルド寮の奴らは大っ嫌いだし気が合いそーじゃん」
「…ありがとな。嬉しいよ」
アイヴィーもきっと三人と仲良くなれるだろう。
「当然ですよ…って、その名刺は?」
ボッツが机に置いてあった名刺について尋ねる。
「あー…『勇猛会』と『リリムキッス』って冒険者ギルドのGMから貰ったんだ」
「……これは…また凄い冒険者ギルドから名刺を貰いましたね。どちらも有名なギルドですよ」
「『勇猛会』って元『金翼の若獅子』のランカーが独立して立ち上げた武闘派の冒険者ギルドだぜ。猛者揃いで荒っぽいけど総勢900人近いギルドメンバーを抱えた大御所だ」
「それに『リリムキッス』のGMも元『金翼の若獅子』でランカーだった有名な魔法使いだよ。ギルドメンバーがほぼ全員女性だけなの。ギルドの酒場でメンバーが接客サービスもするから超人気のギルドだし」
「へぇー」
金翼の若獅子しか知らないからあまりピンと来ない。
「…へぇーって…ギルドマスターから名刺を貰ったって事は高待遇するから所属しろって言われてるもんですよ」
「そうなのか?興味がないからなぁ」
「…ユウさんはこの先も単独で行動するつもりなの?」
「んー…。今は一人の方が気楽だし所属したりPTに加入するつもりはないかな」
「残念だなぁ。わたしたちのPTに加入してくれればいいのに…」
「だなぁ〜」
「三人が困ってたら加入してなくても助けるから遠慮なく言えよ」
大切な友達だしな。
「…ありがとうございます。この間も貴重なポーションも頂いて…そう言って貰えると嬉しいです」
「そうだ。まだ三人の本名とPT名を知らなかったんだ。教えてくれないか?」
「でしたね。改めて…俺は『砦の守護者』のリーダーでボッツ・ザッツマンです」
「わたしはメアリー・スコットヤード!」
「俺はラッシュ・スコットヤードだ」
三人と暫く談笑し受付カウンターも空いたので別れてカウンターに向かった。
〜一階フロア 受付カウンター〜
「お疲れ様です」
「お疲れ様。依頼達成の報告にきたが今日は混んでてフィオーネも大変だな」
「ええ。大変でした」
…笑っているが違和感を感じる。
「…?…じゃあ依頼の」
「悠さん」
「は、はい?」
「嬉しそうでしたね」
「…嬉しそうって…何が?」
「ソーフィさんに頬にキスをされて、ですよ?」
薄目でこちらを見るフィオーネ。
ぞくり、と背筋が寒くなった。
「えぇ…いや、あれは…急に…」
「ふぅん。…急に?」
「……その、気付いたらされてました」
フィオーネが怖いよぉ!!
「私は構いませんよ。…ただ悠さんもソーフィさんみたいな女性がタイプなのかなぁと思いまして」
「うーん…。実はちょっと苦手だな。落ち着いてる女性の方が好きだし。フィオーネみたいな」
あの手の女性と会話の間が持たない。
単純に趣味とかも正反対なイメージがある。あくまで俺の個人的な見解だけど。
「…そ、そうですか」
耳がぴくっと動く。
「うん。初対面であそこまで過剰なスキンシップはちょっと…な」
「……ふふふ!そうですよね。悠さんには落ち着いてて傍で支えてくれる女性がお似合いです」
いつものフィオーネの笑顔だ。
…よく分からないがフィオーネの機嫌は治ったみたいだ。きっと仕事で疲れて不機嫌だったんだろう。
「ではクエストの依頼達成の報告を承ります。ギルドカードをお渡し下さい」
ギルドカードを渡す。
「はい。確認が終わりました。…凄いですね。ゴブリン81体とゴブリンの族長1体も討伐されてます。こちらFランクの報酬金2000Gになります」
2000Gを受け取る。
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所持金:59万7500G
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冒険者ギルド
ランク:F
ギルド:なし
ランカー:なし
GP:2680
クエスト達成数:23
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「GPが2680…」
いつの間に貯まったんだ。
「AAランク昇格依頼のクエスト達成のGPも加算されてます。…もうCランク上位にも負けない数値ですね。Cランクの昇格依頼を受けれますが受注されますか?」
「あー…いいや。急いでGRを上げたい訳じゃないし」
「畏まりました。死骸と素材はどうされます?」
「全部貰うよ。…それとGランクの討伐依頼の件なんだがーー」
〜数分後〜
廃村で発見した遺体について報告した。
「そうですか……遺体があったのですね。そのまま放置すれば廃村はいずれ魔窟になってたかもしれません。被害が拡大する前に防げて良かったですがやり切れませんね」
「…ああ。人を故意的に攫うなんて恐ろしいよ」
「ゴブリン・オーク等の一部モンスターは異種間でも交配可能で強い子を産ませる目的で積極的に人を襲います。……どちらも乱暴で凶悪だから襲われた女性達は地獄だったでしょう。悠さんは不幸になる女性を少しでも減らしたんです。…きっとその方々の魂も報われます」
「……ゴブリンやオークは見掛けたら依頼じゃなくても討伐するよ」
見過ごしてたまるか。
「はい。無理だけはしないで下さいね」
「ああ。…今日はいつもより賑やかだな」
酒場にいる人の数が普段より多い。
「それはベルカに点在する冒険者ギルドの定例報告会の日だからですよ。各GMが参加するのでスカウト目的で集まるフリーメンバーも大勢います。年に一度開催される連邦内の冒険者ギルドが集う大集会はもっと凄いですよ」
「ふーん……あ!やけに声を掛けられた理由はそれか」
「有名なのに自覚がありませんね。…特にソーフィさんの様な女性のお誘いには注意が必要かと」
ジッーとこちらを見るフィオーネ。
「き、気をつけるよ。それじゃまた明日な」
「はい。ではまた明日」
金翼の若獅子を出て巌窟亭に向かった。




