大海を知らない蛙、空の青さも知らず ②
7月2日 午前8時53分更新
〜同時刻〜
ヴォージャンは言葉を介さず知能も低い故、これは心情を表現する内容になる。
……こいつは何だ?
悠に対するヴォージャンの第一印象だった。
突然、黒い何か……あのウニョウニョ動く物にぶっ飛ばされた。
痛ぇ…自慢の歯まで折れてやがるだと!
「○◇△%」
何だよ……その余裕綽々な顔は?
そもそも何を言ってやがるんだ?
……どんな敵も自慢の拳で屠り喰らい、悲鳴を挙げ泣き喚き許しを請うのに……この野朗は違う!
全然、怯えてねぇ。
「……◇◇△○」
俺は強いのに……強い俺が一番偉いのに……ここは最高の餌場だ…餌は黙って食われろよ?
自分勝手で理不尽な怒りと憎悪に呼応し、ヴォージャンの筋肉が膨張していく。
生意気…生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気生意気……生意気だぞテメェッ!?
地団駄を踏み、地面が揺れる。
「○◇△◇△◇◇△……◇◇%」
そんな武器で俺に勝てると思ってんのか?
グチャグチャに引き裂いてブッ殺してやる…!
ヴォージャンが意気込むと血管が全身に浮き、鋼の如く筋肉が締まり硬質化した。
可視化した魔力は赤い蒸気となり、無造作に振った腕の拳圧で岩壁を破壊する。
強化スキル『怒髪天』を発動したのだ。
怒髪天は体内を循環する血中の魔素を沸騰させ、短時間の間、攻撃力と速度を飛躍的に上昇させるスキルだが、発動中はスリップダメージが発生し、激痛に見舞われ正気を保つことが困難になる。
しかし、痛みを凌駕する激昂状態のヴォージャンは代償を気にしない。
……殺しでやる゛ぅぅうううぅ゛っ!!
地獄の猿魔と化したヴォージャンが叫び突進する。
驚くことに悠は真っ向からかち合った。
〜同時刻〜
爆音が鳴り砕けた岩の破片が宙を舞った。
ーーヴォアアァアアァ……!?
涎を撒き散らし喚くヴォージャンの顔が歪む。
「……やるじゃんかよっ」
真正面で迎え打つも怪力に驚いた。後退し踏ん張る足が地面にめり込み、押さえる左腕が震える。
純粋なパワーは俺より上だ。
「ふん!」
ヴォージャンの腕を弾き、腹にパンチを喰らわせた。
ーー……ギャアアァ!
怯まず即座に反撃に転じ、皮一枚で拳が鼻先を掠めた。
「硬いな」
感触を確かめ呟く。
……総合的な戦闘力では、俺の方が遥かに勝っているが一番の筋力が負けていた。
サーチしたヴォージャンの筋力値は二万を超え、更に強化スキルでパワーアップしている状態だ。
矢継ぎ早に連撃攻撃が襲ってくる。回避と防御に専念し反撃の機を狙う。単純な殴打による物理攻撃も暴獣必撃と狂打のスキル効果が加算され、厄介極まりない。
遊んでる暇もないしまず淵嚼蛇を……いや、待てよ。
「!」
俺は果たして淵嚼蛇を使い熟しているのか?
突然、疑問が浮かんだ。
深く考えず拘束したり、伸ばしたり、攻撃や防御に流用していたが……武器に纏う際、明らかに攻撃力が上昇する。それは説明文に載っていない使い方で、俺自身が発見したものだ。
「……試してみるか」
大獄丸の刃を黒刀に染めるイメージで黒蛇を圧縮させ、全身に集中させる。
「くっ…」
イメージした瞬間、蠢く黒蛇が体の至る箇所を締め上げ噛んだ。肉を貫き骨まで牙が食い込み、激痛が襲う。
「ぼ、棒立ち!?どうして…!」
「避けて下さいっ!」
メンデンとセバスチャンが叫ぶ。動きたくても痛みで動けないのだ。
一撃、二撃、三撃と拳が当たるが、今は耐えるしかない。
ーーヴォアアァ!ギャアアァアアァ!!
勝ち誇ったようにヴォージャンは雄叫びをあげる。
……次の瞬間、凄まじい変化が現れた。黒蛇が服と…いや、顔を除く全身と同化し漆黒へ染め甲高い金属音が鳴り響き、黒い瘴気が燃ゆる。
拳を二、三度握り直し感触を確かめた。
これは……成る程、そーゆー効果か。
「ま、前!前を見て!」
メンデンの声に反応し眼前に迫るヴォージャンの拳を微動だにせず、左手で受け止めた。
ーーヴォ!?
驚くのも無理はない。俺もまだ驚いている。
「……さっきは好き放題やってくれたな?」
首を鳴らし右肩を回す。
「今度は俺の番だ」
試運転は実戦で存分に試させて貰おう。
通常時を上回る瞬速の足捌きで背後に回り、拳を握る。
ーー……ヴォ…アアアァ?
俺を一瞬見失ったヴォージャンが背後を振り返る前に右拳を突き立てた。
金属音と共に殴った箇所に瘴気が炸裂し衝撃が貫く。筋繊維を抉り、骨が折れる感触が伝わってくる。
ーーギ、ギャアアァアアァアアァアア〜〜ッ!!
絶叫を挙げ転がり回り、体勢を立て直したヴォージャンの戦意はまだ萎えていない。
跳躍し懐へ潜りフックを叩き込んだ。
「ふっ!」
高い金属音が再び響いた。凝縮された力は無駄な破壊を必要としない。
血反吐をぶち撒け蹲る。
ーー……ヴォ、ヴォアヴェアアァ!!
近付くと起き上ったヴォージャンの巨拳が直撃するも、鼻血程度で済んでいる。
「……」
またも金属音が鳴り響く。
淵嚼蛇の黒蛇が肉体と同化し攻撃力・防御力・速度を底上げする……MPの消費量も激しく痛みも伴うが凄い効果だ。
ただ、俺が行動する毎に徐々に纏った淵嚼蛇は解除されていくようだ。
金属音はその知らせである。
「本当の意味で使い熟せた気がするぜ」
例えると禍面・蛇憑卸の下位互換だな。劣るものの、リスクが低減し発動し易いのは助かる。
ヴォージャンはどう攻撃すれば通用するのか分からず焦っている。……来る途中、無惨に食い殺された冒険者と傭兵の遺体を見つけた。
今更、見逃す訳にはいかない。
「……終わらせるか」
燼鎚・鎌鼬鼠のトリガーを引き構える。




