依頼と約束!〜糞泥の塔林〜③
5月22日 午前8時4分更新
〜同時刻〜
ベルゼブブは渾身の魔法に喘ぐ悠を静観していた。
ーー………。
勝ち誇るでも、激昂するでも、喜ぶでもなく沈黙し佇んでいるのだ。
不浄なる土壌は只の魔法ではない。ベルゼブブが編み出した『固有魔法』である。
そもそも魔法とは五大元素と魔力を媒介にエネルギーを抽出し超常現象を起こす技なのだ。
属性系・攻撃系・変化系・治癒系・補助系等々、カテゴリーも多彩で凡用性を誇るアビリティと言える。
アルマでさえ総ての魔法を網羅する事は不可能だろう。
そして、固有魔法の性質は術者のスキルが核となる。
不浄なる土壌は液体を一定時間、強酸液に変化させる蠅王の涎の能力をベースに土魔法・水魔法を融合させた魔法だ。土台にベルゼブブのスキルを必要とするので、他の誰にも使う事が出来ない。
極稀にアビリティがスキルへ派生する事もあり、逆も然りだ。
両項目は混同し易いが、異世界でスキルは天賦、もしくはトレーニングや経験によって得られる才能でありアビリティは環境・技能・戦闘数値を活かす技術と考えた方が良い。
……話が脱線したがベルゼブブの手腕は見事だった。
蛆溜りの蛆兵を突貫させスキルで溶解後、注意を逸らし魔法で拘束……攻撃を誘発させ動揺を誘い、魔力を溜め大技を出す機を窺い、見事食らわせた。
全て策略である。
耐性・戦闘数値・アビリティ・スキル……どれを取っても格上の相手に臆さず、成し遂げるとは自身を老獪と評するのも伊達じゃない。
しかも、ベルゼブブに全盛期の力はなかった。
……リョウマに敗北し瀕死の重傷を負った体を、何十年もかけ治癒に費やすが、今も満足に動けず11項目ある戦闘数値の大半が全盛期の半分以下だ。それでも十二分に強いが、悠のような化け物を相手にするには絶望的だろう。
故に分かっていたのかも知れない。
「ハァ…ハァ…ああ゛クソ!……めっちゃ痛かった」
この人間に殺されるならば、未練も残さず逝けると。
酸の塊を弾き飛ばし、悠は立ち上がる。怪我がみるみる内に治癒していた。……蛆溜りに蔓延する毒は、急激なスリップダメージを発生させ常人ならば数分と保たない。
環境に適応する耐性が必須の魔窟……しかし、悠には最高の環境だ。深淵の刻印により戦闘数値は増加し、自己再生により全快に近い状態まで回復していた。
ベルゼブブの緻密な策略も結局、徒労に終わる。
ーーおぉ……漸く、漸くか?
それでも蛆溜りの主に焦りはない。
まるで自分の死を悟り、達観したようである。
自然界で弱者は強者の糧になるだけで善悪もなく、あるのは明確な生死のみ……恨みも嫉みもない。しかし、自分の死が蛆溜り……いや糞泥の塔林の全域にどんな影響を及ぼすか知っている。
それこそ四十年前、リョウマが殺さなかった真実なのだ。
「……忿怒荒神流」
悠は右肩に大剣状態の大獄丸を担ぎ、低姿勢で腰を捻る。
ーーおおぉぉぉ……!
翅を失い飛べないベルゼブブは、不様に巨体を引き摺り駆け出した。無防備な捨て身の突進は、まるで光に誘われた蛾のようである。
「流星」
一瞬で懐に潜り込み、すれ違う。
淵噛蛇で強化された刃は容赦なく剥き出しの心臓諸共、胴体と腹部を両断する。
ーー……ふ、ふふ…。
緑の体液と内臓を撒き散らして尚、満足気に笑っていた。
〜同時刻〜
「ふぅ」
大獄丸を仕舞い、横たわるベルゼブブの傍へしゃがむ。真っ二つに離れた腹部が痙攣し後肢が動いていた。
ーー偶に、は……見下ろされ…るのも、悪くない…な?
「……」
パワーアップした状態の俺の攻撃を受け、まだ意識があるとは呆れた生命力だ。昆虫は神経節があるから直ぐに死なないからな……モンスターは尚更だろう。
「……最初から死ぬつもりだったのか?」
ーー……。
感じていた疑問を投げ掛ける。
あの魔法の連携は感心する程、素晴らしく正に戦闘巧者だ……ハンディを背負った状態であれなら昔はもっと強かった筈。……だからこそ最後がお粗末過ぎる。
急所を晒し愚直に突進はあり得ないだろ?
ーー……敗北し…晒す恥は耐え、難い…リョウマに、生かされた…挙句…貴様にまで生かされた…ら……我の自尊心は…どうなる?
「負けても生きてこそ、だろ」
ーーぶ、は、ははははっ…酷、い思い上がりだ……覚えておけ…契約、者よ……?
震える前肢を伸ばし肩を掴んだ。
ーー我が死は…終わ、りでは…ない…次代の…礎となり…尊く……故に…慈しみは、侮辱な…のだ。
「礎だと?」
ーー……虫喰…の牝花……蔓延れ…しか、し……また…我々の……時代が…全、ては……円環…え…ん…なり……。
肩を掴む力が弱まり、ゆっくりと離れ落ちる。最後に大きく一度、痙攣しベルゼブブは絶命した。
「あっ…」
生き残っていた蠅兵が次々と鍾乳洞を飛び出していく。主亡き今、此処に居る意義を無くしたのだ。
ベルゼブブは己の信念に殉じ最後まで貫き通し逝った。その最期を忘れない……それが俺にできる唯一の弔いだと思う。
「折角だし墓でも作るか」
素材は頂くが死骸は持ち帰る気にならないし、ちゃんと埋めて供養しよう。
「あ!そーいやサーチを忘れてたっけ?急な戦闘だったしなぁ…」
む〜……リョウマ・ナナキがベルゼブブを生かした理由が判明してたのに失敗だぜ。
〜30分後 蛆溜り 沈檎花の岩畑〜
埋めて盛り上がった土に花を添え、手を合わせ唱える。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
どうか安らかに眠ってくれ……よし!
「気持ちを切り替え目的のアイテムを探さなきゃ」
ちなみにこの花は蕾が咲いた沈檎花だ。折角だし何輪か摘まんでいこう。鑑定内容を見ると酸の蜜を蓄える花らしい……蕾の方が希少とは珍しいな。
「……およ?」
強酸の大きな池の向こう側で大量の青マークが点滅してる。
「ふむ」
あの天井の氷柱石を淵噛蛇で掴み、跳躍すれば届きそうだ。




