依頼と約束!〜糞泥の塔林〜②
5月19日 午後12時24分更新
5月20日 午前11時32分更新
ま、この程度のモンスターであれば様子見も必要ないか。
「いちっ」
ーー……ブブッ!?
跳躍しすれ違い様、燼鎚・鎌鼬鼠で頭をすっ飛ばした。
「にぃ…の」
ーーブゥゥゥッッ!!……ブ、ブブ…。
左から迫る蠅兵を炎で焼き尽くす。
「さん!」
最後の三匹目は鎌の刃で一刀両断した。
「戦闘終了っと」
汚れた体液を払い、武装解除する。
「…親玉はこっちか?」
奥で大きな赤マークが点滅している。はたしてベルゼブブとはどんなモンスターだろう?
死肉の山を踏み越え、蛆溜りの深部へと足を進めた。
〜20分後 蛆溜り 沈檎花の岩畑〜
尖った石筍と鍾乳石…硫酸の池…朽ちた骨と死骸…咲き誇る奇花……深部は恐ろしくも美しい場所だった。
しかし、瞬時に気を引き締め大獄丸を肩に担ぐ。
数えるのが馬鹿らしくなる蠅兵が、自分達の主を守護し俺を威嚇しているからだ。
「こいつがベルゼブブ……」
黄金色の四つの複眼が俺を捉えていた。大剣と見紛う湾曲した顎をカチカチ、鳴らす。蠅兵を数倍巨大化させた立派な体躯……そして目を引く理由はもう一つあった。
無惨に引き千切られた翅と切断された腹部だ。紫の中腸は変色し剥き出しの心臓が脈打っている。
……戦う前に重傷ってのは予想外だぞ。
ーームゥ……ムゥゥ…この匂いはリョウマか…?
し、喋った!
ミクロピロラと同じくベルゼブブも知能が高いようだ。
……何より驚いたのはリョウマ・ナナキの名をベルゼブブも知っている事だった。
ーーいや違う…カンパニュラも敵わぬ禍々しい匂い……貴様は誰だ?
あの四つの複眼は見えてないらしい。
「……俺は黒永悠。お前の言った通り契約者さ」
ーーほぉ…驚いたぞ。契約者といえ我が言葉を理解するとはな……余程、従魔に染まってるようだな。
染まっ……どーゆー意味だ?
ーーくっくっく……毟られた翅と抉られた腹が疼くわ…我はベルゼブブ。屍肉を喰む蛆の主……それで、此処へ何しに来た契約者よ?
「お前を倒せとミクロピロラに頼まれてね」
ーーミクロピロラ……まさか虫喰いの牝花か?くっくっく!はははは!!
ベルゼブブは顎を鳴らし笑った。
ーーなんと奇妙な運命巡り逢わせか?二度も契約者に命を狙われるとは……ふふふ。
敵意は感じないしどうも様子が変だな。
「……なぁ事情があるなら訳を聞かせてくれ」
ーー……。
「彼女は仲間を殺され自分も殺されると怯えてたが違うのか?」
ーー………。
「リョウマ・ナナキは何故、お前を殺さなかった?……ちゃんと話してくれれば力になるよ」
相手が魔物といえコミュニケーションは大切だし、ミクロピロラが言うほど悪いモンスターに思えない。……彼が致命傷を負わせたまま、ベルゼブブを見逃したのはきっと理由がある。
暫く沈黙が続くも静寂は嘲笑で破られた。
「!」
ーー…くっくっく!貴様もリョウマもやはり人の子……甘い……甘過ぎる。
突如、ベルゼブブは起き上がった。地面に擦れた腸が痛々しく飛ぶこともままならない翅音が虚しく鳴る。
ーー魔物を舐めるなよ小僧。たかだか数十年しか生きられぬちっぽけな種が善悪を振り翳すなど片腹痛いわ……良いか?弱者は淘汰されるのが、摂理にして道理よ…それが分からぬとは愚か者め!
突然のガチギレ!?な、何が気に障ったんだ?
咆哮と共に猛々しい魔圧が炸裂した。
ーー最早、語る言葉もない。相容れぬならば闘争こそ本望……老獪なる我の底力を侮るなよ契約者め。
「……待て!俺は」
ーー二度は言わぬ!抵抗せぬば貴様は蛆の餌となるのみだ……征け蠅兵っ!!
主の号令に従い、無数の蠅兵が突貫してきた。
「ちっ!問答無用かよ」
舌打ちし大獄丸を真横に振るう。
胴体と腹部を切断し倒すも次々と襲う。剣撃を繰り出し応戦するが質量が凄い。
死んだ仲間を意に介さず突進してくるのだ。
……虫だから恐怖心がないのか?
「羅刹刃・莫月」
でも、相手にならないな!
無駄に死骸と素材の山ができるだけだ。衝撃波で三、四十の蠅兵が墜落し無残な骸へ変わる。
「……言っとくが俺は強いぞ?」
ベルゼブブを睨み凄む。
ーーああ……貴様は恐ろしい。
焦るでもなくあっさりと認めた。
ーー毒に強い魔物の自由さえ奪う腐臭を吸い、平然とは賞賛に値する。そして息一つ切らさず、下僕を瞬く間に殺した見事な攻撃……我より遥かに強いな。
「そこまで分かってても話し合いに応じるつもりはないのか?」
これが最終勧告のつもりだった。
しかし、顎を鳴らしベルゼブブは不敵に笑う。
ーー見縊るなよ?契約者の強さは五十年前、経験済みだ……!
「む?」
蛆溜りの蠅兵がまたも突っ込んでくる。
芸のない特攻は、また同じ結果を辿るだけなのに。
「……残念だ」
大獄丸を握り直し戦闘技を繰り出そうと構える。
ーー蠅王の涎。
向かってきた蠅兵が溶解した。しかも、一体だけじゃない……十数体同時にだ。
蠅兵の死体が慣性に従い凄い速度で迫る。
……虚を突かれて判断が遅れた。戦闘技を中断させ、回避か防御しないとまずい。しかし、淵噛蛇を発動させようとした瞬間、石筍が蔦のように腕に絡まる。
ーームゥゥ……バインド・セメント!ロックブレイク!!
土属性の魔法を無詠唱で連続発動だと!?
真上に浮かぶ大きな岩石が浮かぶ。
「ふんっ」
絡み付いた石筍を破壊し拘束を解除する。
……俺の筋力を舐めんな!
右拳を握り、力を込めた。岩石を砕いた勢いに任せ近接戦に持ち込んでやる……と意気込むも不発に終わった。
「な、に……?」
拳が当たる瞬間、勝手に砕けたのだ。
ーー次で最後……我が放つ最大魔法を存分に味わえ!!
ベルゼブブの漲る魔力が可視化した。
このゾワゾワ感……高火力の攻撃がくると脳内で警戒音が鳴り響くも、思いっ切り空振って勢い良く躓き転んでしまった。
急いで迎撃に備えわぶっ!?
ーー……ブッブッブッブゥゥゥン。
「ち、畜生…!」
投擲された岩石の破片が顔に当たったのだ。残った蠅兵の存在を忘れていた。
自分の散漫な集中力に苛立ってしまう。
ーー…我が意のままに我が為すままに…地に蹲った醜悪なる者よ糧となれ…生者を飲む蕩けた塊となれ……。
鍾乳洞が揺れ蠅兵の死骸が溶けて泡立つ、濁った液状の塊へ変わった。
「淵噛蛇!」
黒蛇を纏い、咄嗟に防御を固めた。
ーー……不浄なる土壌!!
四方八方から塊が直撃し黒蛇が溶け始めた。
「ぐあああああっ……痛っ…うぅ゛」
背筋も凍る恐ろしい魔法だ…!この塊は例えるなら動く濃硫酸の液体である。ウェールズの炎も耐えた淵噛蛇の黒蛇が溶け、皮膚が熱傷していく。
これは大ダメージを一撃で与える魔法ではなく、継続ダメージを与える魔法なのだ。ゆえに黒蛇がカバーできるダメージ量を超え溶けてしまう……しかも、新しい黒蛇を纏うには一度、解除し淵噛蛇を再発動させる必要がある。
「むっぐぅ……!」
それ故、歯を食い縛り苦痛に耐えるしかなかった。




