依頼と約束!〜糞泥の塔林〜①
5月17日 午後13時31分更新
5月18日 午前8時19分更新
〜向日葵の月15日〜
昨日、メメントを送り届けるのに毒沼を往復したせいか足の疲労が半端ない。
……夜は濃霧で進むのに手間取り、モンスターの襲撃に備え気を張った所為でもある。結局、キャンプに適した場所も発見できず、夜通し探索を続け翌朝、糞泥の塔林へ辿り着いたのだった。
〜早朝 特級危険区域 糞泥の塔林 大糞虫の糞塚〜
「ああ゛〜〜……最悪だわここ」
牛糞と鉄臭さを足して割ったような悪臭に顔を顰める。
…お陰様で眠気がぶっ飛んだよ畜生!
「糞泥の塔林とはよく言ったもんだ」
鍾乳石に似た泥・老廃物・生物の死骸や糞を固め作った棒状の大きな塚が、あっちこっちに生えている。他には泥を這いずる奇妙な生物…飛び回る昆虫…不気味な音…漂う黄色いガス……生理的に嫌悪感を募らせる要素満載!
数百を超える糞泥の塔は、大糞虫というフンコロガシとアリを融合させたような昆虫の巣だ。
奥には女王大糞虫が住むコロニーもあるらしい。
鋼鉄の探究心でサーチしたので間違いない。
「お!?」
泥が盛り上がりモンスターが出現した。
ーーコォォ……コ?
「スライムか」
兇劒のスキルがある俺は問題ないが、スライムは軟体種の魔物で物理・魔法攻撃を軽減する強いモンスターだ。
ーーコッ!
問答無用で体液を飛ばしてきた。
「……うっわ……溶けた」
サイドステップで回避すると、大糞虫の糞塚に当たりシュワシュワと音を立て塚が崩れる。何十匹も虫が湧き出てきた。
名前はアシッドスライム?強酸性の体液を飛ばす汚い環境に生息するスライム、か。
「淵断・轟」
大獄丸の抜刀し斬撃を飛ばすと一撃で絶命させた。真っ二つに割れた液状の体が小さく萎んでいく。
「ふぅ……流石に回収したくないな」
武器を仕舞い、死骸と素材をゲットするか悩む。
酸と糞の悪臭のハーモニーに胃液が込み上げてきた。
「長居したくないし蛆溜りを目指そ……!」
凄い羽音がするので顔を上げると数百、いや千匹を超える大糞虫が飛行している。
「……あぁ!?糞塚もぶっ壊してる」
強力な斬撃は無数の塚に壊滅的被害を与えていた。巣を壊した俺を外敵と認識してるのは間違いないだろう。
あの虫に一気に襲われたら……エグい想像をしてしまい、鳥肌がやばい。
「うぉぉぉ〜〜!」
猛ダッシュでその場から逃げた。
ふぁあ!?めっちゃ追ってくるやん!
下手なモンスターよりよっぽど怖かった。
〜午前8時40分 糞泥の塔林 ???の園〜
大糞虫から無事、逃走成功し巣を抜け蛆溜りを目指し探索を続けると、奇怪な食虫植物が群生するエリアに到着した。
植物は熟し過ぎた果物のような甘ったるい匂いを発し、匂いに誘われた虫を捕食している。
ふむ……採取・採掘ポイントも豊富だ。こりゃ寄り道するっきゃない!
おや?赤と白の交互に点滅する謎のマークもあるぞ。……モンスターだと思うが戦闘回避できるかも。
経験上、マークが変化する場合は話の通じるモンスターが多いしね。
〜30分後〜
ピッケルで掘り当てた鉱石を片手に微笑む。
「むふふ」
また珍しい鉱石をゲットしたのでご機嫌だ。
「……お?こっちもみっけ!」
腰のショルダーからナイフを抜き草を刈り取る。
これは新たに製作した凡用ナイフだ。
龍鉱石と純銀鉱石で刀身を鍛えたので非常に硬い。
刃毀れし難いのが特徴で、エッジは薄くブレードの部分は厚くなっている。先端で細かい作業を行い、ブレードの部分で硬い物を切断し易いよう工夫したのだ。
中々、使い勝手の良い一品になったと自負してる。
「あ……」
明らかに他の植物と一線を画す大きな人型の魔物を発見した。真っ赤な花の頭が揺れ色鮮やかな花粉を撒き、ゆっくりと瞼を開ける。
まるで妖精のように可愛いモンスターだな。
ーーー………。
紫の瞳は何者か探るように俺を凝視していた。
「て、敵意はないぞ」
両手を挙げ、アピールする。
ーー……リョーマ?
「なに?」
思いがけない人物の名前を喋った。
ーーううん、似てるけど違う…リョーマじゃない……嗚呼、そうなの…貴方も契約者なのね。
「……リョウマ・ナナキのことか?」
ーーリョーマはリョーマだよ?
意図を理解してないのか、不思議そうに彼女は答えた。
ーー私は虫喰いのミクロピロラ……貴方は誰?
「俺は黒永悠だ」
ーーユウ……私と話せるヒトはリョーマ以外で初めて。
「そうなのか?えっと君は」
ーー困ってるの。
「は、はい?」
ーーとても困ってるの……助けてくれる?
急に困ってると言われても意味が分からない。
「助けるって何を…」
ーーリョウマは助けてくれたよ?
「困ってる理由は?」
ーー助けてくれるの?くれないの?
……会話のキャッチボールが困難だ。恐らく助けると言わないと延々、同じ内容をループするに違いない。
「……助けるから詳しく説明してくれ」
ーー嗚呼、とても…とても…嬉しい。
そう言うと助けを求める理由を語り始めた。
〜10分後〜
話を聞いた俺は腕を組み頷く。
「……成る程」
ミクロピロラは俺にベルゼブブというモンスターを退治して欲しいと頼んだ。奇しくも沈檎の蕾が咲く蛆溜りを根城にする蠅の魔物らしい。……昔、ミクロピロラはベルゼブブに仲間を殺され自分だけが逃げ延びたそうだ。そしつ偶然にもリョウマ・ナナキと出会い、彼にベルゼブブを倒して貰った……が数年前、謎の復活を遂げ怯えている。
ーーこのままじゃきっと殺される……あれは私の天敵。
「天敵か」
ーーそう…私の蜜はとても…とても…甘いから。
「蜜?」
ーーベルゼブブを倒してくれたらお礼にあげるよ?
助けるって約束しちゃったし、どのみち行く場所だ。
モンスターにモンスターの討伐を依頼されるのも変な感じだが……よし!
「分かった。俺に任せろ」
ーー嗚呼、貴方も優しいヒトね…どうかお願い…あの蝿を殺して頂戴。
それだけ言うと目を綴じミクロピロラは眠ってしまう。
俺はマップを確認しその場を後にした。
ミクロピロラの所から矢印を目指し進み、汚水が流れ込む鍾乳洞を発見する。
どうやらこの先に蛆溜りがあるようだ。
〜数時間後 糞泥の塔林 蛆溜り〜
目的地へ到着するも、不快感で嫌な汗が頰を伝う。集合体恐怖症や虫嫌いの奴は泡を吹いて卒倒する光景だ。
鍾乳洞の天井が崩れ、空が見える空間の中央に生物の死骸の山が積み上がる。壁と地面を這いずる蛆虫が死肉を喰らい、水滴を啜っていた。
……この骨格は竜か?それに人骨っぽい骨も散乱してる。悍ましい光景に反し悪臭はしない。
…寧ろ爽やかな香りが充満してるのが不気味だ。
ぽっかり空いた自然の天窓から落ちる泥水が茶褐色の滝となっている。
「!」
突如、モンスターの死体が落ちてきた。音を立て崩れる肉片と溢れる臓物……蛆虫には御馳走だ。
一斉に群がり貪っている。
「自然の厳しさは半端ないな……っと」
死肉を落としたのは張本人達の登場だ。
ーーブゥゥゥン!
ーー……ブゥゥゥン…ブブ…。
体長約3m近くある巨大蠅は俺が知る蠅の常識を覆す。
異様な複眼に大きな下顎は岩石も砕けそうだ。前肢と中肢と後肢の先は齧歯類のような指がある。
膨れた腹部は薄い毛がびっしり生えていた。
サーチしてみるとこの数匹の名前は蛆溜りの蠅兵。ベルゼブブの眷属で、蛆溜りの蛆が生体へ孵化したモンスターだ。
蠅兵は問答無用で襲ってきた。結構なスピードで攻撃してくる。
ーーブブッ!
頭上から落ちる岩石と風の衝撃波で大量の蛆虫が潰れ、体液が飛散した。
「……小癪な蠅だ」
紫の靄が視界を覆う。
生意気にも毒魔法と風魔法と土魔法の連携攻撃?
「魔法が使えない俺への当てつけかよ」
……ハエ叩きでぶっ潰してやりたい。




