依頼と約束!〜ビガルダの毒沼〜⑥
5月14日 午後12時42分更新
5月16日 午後21時08分更新
「依頼された沼主の討伐は完了……さて」
こちらに向き直り、メメントは眉を顰める。
「貶す前に褒めてあげる……沼地の奥まで来れるって事は毒耐性・睡眠耐性・混乱耐性・暗闇耐性の合計Lvが13以上!大したもんよ」
「え?」
「きっとこの稼業を始める前は戦闘職に携わってたんでしょ?アタシくらいの熟練冒険者にはわかるわ」
「あー…」
得意気に話す彼女の顔を見てると全部、外れてるとは言い辛くなった。
「でもこのモンスターに殺られてたわよ。蛮勇は身を滅ぼすって言葉を知らないの?」
「……」
「ま、依頼も終わったしキャンプまで送ってあげる」
「お気遣いどうも……でも結構だ」
「……ハァ?」
「俺はこの奥に用事があるんだよ」
「アタシの話を聞いてた!?」
「そ、それより君の戦闘は凄いな」
「む」
話題を変え、適当な所で切り上げよう。
「あれはスキルなのか?それともアビリティ?」
メメントは腰に手を当て胸を張る。
……凹凸のない平坦な胸なのが残念!
「アタシの『不思議遊戯』は凄いけど、赤の他人に自分の能力を暴露すわけないでしょ?秘密にするのが常識じゃない」
「それもそうか……それじゃまた」
「待ちなさい!何を逃げようとしてんの」
……もぉ〜〜〜!こうなったら仕方ない。
「あのな、隠してた訳じゃないが俺は十三翼の……大丈夫か?」
彼女は睡魔を我慢するように目を擦り始めた。
「……おかしいわね?……急に眠くなる……なんて」
霧が一層、濃くなり周辺を包んでいく。
……明らかに様子が変だ。
マップを確認すると俺達の近くで、大きな赤いマークが点滅していた。
「だ、駄目……立ってら…れ……な」
「おっと」
倒れる寸前で彼女を受け止め抱える。
「あぁ……なるほどな」
背後を振り返り確信する。
この深い霧の原因は間違いなくこいつだろう。
メメントが倒したモンスターは成長途中の幼体……沼主とは成体を遂げたビガルダサラマンダーの事なのだ。
ーーヴェェェェ……ヴェアアアアァ…!
20mは優に越える巨体を覆う班模様の皮膚は分厚く、背中に並ぶ尖った疣から、大量の粘液を噴射し自分の子供を殺された恨みか威嚇するように唸る。
「……よっと」
不恰好で申し訳ないが肩に彼女を担ぎ、ペナルティの銃口を沼主に向けた。
「悪いが倒させて貰うぞ」
ーーヴェアアアアァヴォォォ…!!
発砲音が開戦の合槌となり、戦闘へ突入する。
〜午後23時51分 ビガルダの毒沼 野営地 管理小屋〜
眠りから目覚め、最初に視界に映ったのは天井にぶら下がる煤汚れたランタンだった。
「う……ん…」
メメントは上半身を起こし、状況を確認する。
「あれ……ここは?」
周囲には薄汚れたシーツを敷いたベッドが並び、苦しむ数人の男女が横たわっていた。
「起きたか」
椅子に座るマルタが彼女を一瞥しパイプを吹かす。
「……おかしい……アタシは毒沼にいたのに」
「お前さんは沼主を倒し気を失い、眠ってたそーだ」
「なんですって?」
「管理小屋まで運んでくれた男に感謝しな……そのまま放置されてりゃ今頃、モンスターの胃の中か沼地の泥になってただろう」
次第に頭の靄が晴れ、記憶が蘇っていく。
「男……そう!男よ!!」
血相を変え、ベッドから飛び起きる。
「運んでくれたのは帽子を被ったマスクの男でしょ!?」
「あぁ」
「やっぱり!」
「野朗は名前も言わずに帰っちまったよ」
「え……」
悠との会話を思い出し、彼は嘘を吐く。
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『ーーーー流石、十三翼の冒険者だ。毒沼を突っ切り一人で背負って運ぶとはな……ふむ……外傷もねぇし瞳孔も正常…沼主の睡霧を吸い込んだせいで眠ってるだけだ。暫くすりゃ目覚めるだろ』
『それは良かった。沼主も当分、現れないでしょう』
『ほぅ』
『彼女が討伐してくれたので』
『この女が?』
『ええ』
『……そーゆー事にしておけってか』
『……』
『沈黙もまた答え……分かったよ』
『それと俺のことを聞かれたら名前は伏せて帰ったって
言って下さい』
『構わんがどうしてだい?』
『まぁ何となくですよ』
『……なんだそりゃ』
『頼みますね』
『おい!まさか今から再出発するんじゃねーよな……?』
『それじゃ』
『夜の毒沼は日中より危険………って行っちまった』
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隠す理由は分からないが沼主を倒したのはメメントではなく悠だとマルタは過去に対峙した経験から理解していた。
ビガルダサラマンダーの成体は、睡魔という変化系統のスキルを操り強力な睡眠作用を引き起こす霧を散布し、外敵・捕食対象を眠らせてしまう。睡魔を防ぐには睡眠耐性のLvが8以上必要で、他にも毒・混乱・麻痺など状態異常のアビリティを駆使し主と呼ばれるのに相応しいモンスターなのだ。
しかし、悠が相手ではそれも火に油を注ぐようなもの。
得意とする状態異常攻撃を悉く吸収され、僅か数分で物言わぬ死骸となった。
「……無様な姿を晒しちゃったわけね」
偉そうな言動を思い出し、恥ずかしくなる。
「気にするこたぁねぇさ」
メメントは視線を落とした。
「名前を聞いておけばよかったな」
「何だって?」
「……別に」
ベッドから起き上がり無愛想に答え、テーブルに紙幣を数枚置く。
「邪魔したわね」
「金ぁ要らねーよ」
「とっといて」
彼女なりの介抱されたお礼だった。
「……もう行くのかい?」
「ええ…こう見えて忙しいから」
「それと嬢ちゃんはもしや『黒獅子』の」
マルタはメメントの襟元を見て喋る。
「ええ……『百獣の王』のギルドメンバーよ」
「やっぱりか」
「じゃあね」
挨拶も適当に彼女は管理小屋を出て行った。
「純血種の冒険者のみで構成された冒険者ギルド、か……あの嬢ちゃんも只者じゃねーな」
その背中を見送り、彼は独り言を呟いた。
百獣の王は魔獣都市に数年前、設立されたゴウラの息子……『黒獅子』ことギウラ・レオンハートがGMを務める冒険者ギルドである。メメントはギルドメンバーでAAAランクの凄腕冒険者だが、S級の冒険者と比較しても劣らない実力者だ。
……実は二人は近い内、予期せぬ再会を果たし戦う羽目になる。
狂宴の日は着々と迫っているのだった。




