依頼と約束!〜ビガルダの毒沼〜④
5月10日 午前9時34分更新
5月11日 午前9時14分更新
スピードを犠牲に高い防御力と沼地の環境を利用した攻撃で外敵を弱らせ捕食する……中々、厄介なモンスターだったようだ。
あのまま二人が戦ってれば敗北し餌になってただろう。
「大丈夫か?」
武装解除し安否を確認する。
「お、俺は大丈夫だ」
「そっちの彼女は?」
「……うぅ」
気は失い、唇が真っ青で辛そうに唸る。
「沼地の泥をモロに浴びたせいで毒と麻痺を罹ってる……ここじゃ治癒魔法の効果も半減するし、急いで戻らないと」
てれててってって〜!!超特製エックスポーション〜!
「これを飲ませろ。薬効は保証するから」
「……貰っていいのか?」
「勿論さ」
袖触れ合うも他生の縁って言うだろ?
〜数分後〜
「本当にありがとう……」
すっかり状態異常が快復した彼女が頭を下げ礼を言う。
「気にしないでくれ」
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はレウス・エーンデバン……こっちは妻のレイアだ」
夫婦で冒険者とはまた珍しい。
「あんたはヒュームか?」
頷き肯定するとレウスは少し思案し再び問う。
「……もしかして『辺境の英雄』だろ?」
「え!?」
「こんなに強いヒュームは滅多にいないし」
レイアは驚き何故か身構えている。
「うんまぁそう呼ばれてるけど……」
「『冥王』も凌駕する凶暴な戦闘狂なんでしょ?」
「え」
「噂じゃ血の風呂に浸かって内臓を敷き詰めたベッドで眠るとか……あと契約の代償に三日に一度、人肉を食わないと体が腐るって」
スプラッター映画の化け物か!?噂が酷過ぎて笑うに笑えねーぞ!
「……いやいや!違う違う!」
必死に誤解を晴らそうと弁明する。
〜5分後〜
労力の甲斐あって二人の警戒心は薄れた様子だ。
「不快な思いをさせてすまない」
「……別にいいよー」
全く!もっと良い評判が広まって欲しいもんだぜ。
「噂は嘘だって帰ったらギルドの皆にも教えなきゃな」
「そうね」
「是非、よろしく頼む」
根拠のない誹謗中傷の根絶活動を始めたくなるぜ。
「クロナガさんのお陰で脅威は去ったし目的の鉱石を探しましょう」
「ああ……ここがベストスポットに違いないしな」
「鉱石?」
ちょっと興味が湧いてきた。
「私と夫は依頼で『泥涙石』という宝石を探しに毒沼へ来たの。ビガルダの毒沼の岩から稀に掘れる希少な宝石で、とても綺麗なのよ」
「この一帯は打ってつけだ」
レウスの読みは当たっている。ごろごろと転がる岩とマップの青マークの位置が一致していた。
「手強いモンスターもいるとは思わなかったけどね」
「ハハッ!沼主とかち合うよりマシさ」
二人は鉄製のピッケルをアイテムパックから取り出す。
……俺も採掘しよう!
〜30分後〜
俺と少し離れた位置で二人は眉間に皺を寄せ、入手した鉱石を検分していた。
「泥岩石、泥炭石、硫砒鉱、毒砂、昆虫化石……また外れよ」
「こっちもだ」
「岩が脆いし採掘回数も限られてるのが辛いわ」
「簡単に手に入れば苦労しないか……お、魔石だ」
二人は眉間に皺を寄せ鉱石を検分していた。
「………」
……泥涙石を掘り当てたとは言い辛ぇ!
既に四個ほど入手し他にも瑠璃毒石や毒瑪瑙を皮切りに宝石の原石などを掘り当てた。
鋼鉄の探究心の効果が発揮されまくりだ。
「クロナガさんはどうだい?」
「え、あ、あー」
「ふふふ!その反応だと私達と同じね」
うわぁ……余計に言い難い反応じゃん。
「そろそろ体も限界だし一度、キャンプに戻って出直すしかないな」
「はぁ……早く家に帰ってレリスを抱き締めたいわ」
「レリス?」
「私の息子よ」
「子供がいたんだな」
「本当は傍に居てあげたいけどお金が必要だから」
浮かない表情でレイアは呟く。
「この依頼を達成させれば、その報酬金で何もかも上手くいくさ」
「……そうね」
「何か事情があるのか?」
「まぁその……」
「息子は病気でその治療に大金が必要なの」
歯切れの悪いレウスに代わりレイアが答えた。
「レイア」
「隠すことでもないでしょ?……息子は爪先から頭まで鉱物に変化する黒紋病という奇病を患ってるのよ」
また恐ろしい病だな。
「治療の手立てはあるのか?」
レウスが頷き、口を開く。
「ストナポーションというポーションを一週間ほど飲用すれば完治するが」
「が?」
「……非常に高価なんだ」
「調合できる錬金術師は少ないし、貴重な材料を使うからね……この依頼を成功させれば購入資金の目処が立つわ」
「軽々しく聞いてごめん……」
「別に謝ることじゃないわ」
「レリスのために泥涙石は必ず見つける」
帽子の鍔を触り、深く被り直し腰袋の留め金を指で弾いた。
「これやるよ」
採掘した泥涙石と超特製エックスポーションを渡す。
「……嘘だろ…泥涙石じゃないか!」
「え!?」
「沼の毒素と鉱質が融合し放つ不思議な緑の輝き……間違いない。しかも、欠損のない完璧な状態だぞ」
小指程度の大きさの泥涙石を凝視しレウスは息を飲む。
「俺には必要ない物だ」
あと三個もあるし!
「ちょ……」
「そのポーションも息子さんに飲ませてみろ……必ず病は治るから」
運命の船は些細な切っ掛けで舵が変わる。お節介でお人好しな俺と出会えた二人……いや三人は幸運だったのだ。
……何故、そうまでするのか?きっとレウスとレイアも理由を問うだろう。しかし、明確な理由はない。
赤の他人でも初対面でも俺が助けたいから助けるだけだ。
「ま、待っ」
二人の呼び止める声を無視して霧の向こうへ去った。
……べ、別に照れ臭いとかじゃないよ?
〜百合紅の月15日 早朝4時20分 ケンドル湿原〜
翌日、エーンデバン夫妻は毒沼を出発しケンドル湿原を歩いていた。水棲種と魔鳥種の魔物が数多く生息するこの湿原を越えなければ毒沼へ辿り着けず、湿原を抜けなければ家へは帰れない。
危険区域付近とあってモンスターもそれなりに強く、油断すれば骸となり堆積するのみ。
至る箇所に咲き茂る水花や水草の養分となるだろう。
「あの人はどういうつもりだったのかな?」
「分からないわ」
レウスの呟きにレイアは答える。
「……ただ、クロナガさんのお陰でレリスは助かる」
「そうだな…」
「感謝しても仕切れない……また会えるといいな」
「ふふふ!その時はちゃんとお礼を言わないとね?」
「ああ」
……運命は変わる。確かにその通りだ。
ーー………ギャアアアアア!!
「「!?」」
故にこの結末も運命なのだろう。
大気を震わせる雄叫びと共に突如、モンスターが現れた。
魔猿ヴォージャン……神出鬼没の指定危殆種に分類される超攻撃的で獰猛な魔物である。異常発達した筋肉は竜の鱗さえ剥ぎ、伸びた牙は岩も容易に噛み砕く。このモンスターが湿原に現れたのは全くの偶然……夫妻が遭遇したのもまた偶然だ。
しかし、偶然も重なれば必然へ変わる。
もしまだ泥涙石を探してれば?もし悠と出会わなければ?
もし、もし、もし………その答えは誰も知らない。放られた賽がどうなるかは神さえ干渉できぬ領域なのだから。
「あ……」
次の瞬間、レイアの半身が吹き飛び、血飛沫と臓腑が飛び散った。
「……」
武器を抜く暇も悲鳴を挙げる間もなく、振り下ろされたヴォージャンの拳でレウスの頭が潰れる。衝撃で首にぶら下げたロケットペンダントの鎖が千切れた。……チャームが開きモノクロの息子の写真が露わになるも浅い水底へ沈む。
ただ、死肉を啜り食らう音だけが無常にも風に拐われた。
……悠がエーンデバン夫婦の悲惨な末路を生涯知る事はないだろう。




