君の名は?⑧
4月20日 午前7時5分更新
「最初は取っ付き難く思うかも知れないが、本当は面倒見が良くて繊細だ」
「……」
「姉御肌で真面目だし責任感もあって凛としてる」
「………」
「あ、あの…?」
「仕事っ振りは惚れ惚れするし、笑うとこう……ギャップがすごい可愛くて和む」
「…………」
「……クロナガさんさぁ」
「女の子の魅力ってのは男には計り知れないからな……一つの側面を見てると損だぞ?」
度々、鈍感だとか朴念仁だとか言われるけどその評価は不本意だ!
自分では人の機微に察しが良い方だと思う。
……偉そうにユージンへ語るほど恋愛経験豊富ではないけ!?
「ーーーー痛ぁ!!」
不意に鈍い痛みが走る。
「……あ、ごめんなさい」
気付けばセノラが俺の足を思いっ切り踏んでいた。
「う、うん……それで話の続きだけどモミジはおふぅ!!」
「私ってば反対の足も踏んじゃいました」
わ、わざとだよね?明らかに故意的だよね!?
すこぶる不機嫌なオーラを醸す笑顔のセノラが怖い。
……フィオーネもよくこんな風になるっけ?
「ちょっとちょっと」
「お、おい?」
シュウが駆け寄り手を引っ張る。
「……クロナガさんってば彼女さんの前で他の女の子を褒めるのはダメだって!」
「セノラは恋人じゃないが…」
「え!?そなの?」
「友達から頼まれてベルカの案内をしてるだけだ」
「でも、あれは明らかに……」
明らかにどうしたのだろう?
「……まぁいいや!それでもデリカシーなさすぎだよ」
「何で?」
素で意味が分からず問い返す。
「うっわ〜……」
シュウは残念な物を見るような眼差しを俺に向けた。
「……どうかしたの?」
「なんでもないですよ!アハハ〜」
誤魔化すようにシュウがセノラに答えると同時に扉の軋む音が聴こえた。
「外が騒々しいと思えば、これはこれは……クスクス」
振り返り、喉から出掛かった言葉を飲み込む。
螺旋の鎖と絡ませた奇妙なエンブレムマークを刺繍した裾の長い紫のローブを羽織り、髑髏のアクセサリーを身に付け異様な雰囲気の女性が歩み寄る。
背後には、複数人の男女が控えていた。
「マ、マスター」
彼女が楔の教会のGMか?
「まさか『阿修羅』がいるとは驚き……クスクス」
近くで見ると目元の隈が酷く、肌も病的に白い。
「どうも初めまして」
軽く会釈し挨拶する。
「クロナガさん!あたしとユージンのGMのミザリー・ベイツ様だよ」
「ツ、二つ名は『陰者の紫』」
「紹介をありがとう」
これまた癖が強そうな女性だ。
「我輩のことは気軽にミザたんって呼んでくれて構わないわ……クスクス」
ミ、ミザたん!?
そんな可愛い呼称で気軽に呼べる感じじゃないやい!
「……ふーん」
観察するように爪先から頭まで睨め付ける。
「闘技場で初めて見た時、君が十三翼の第8位になるなんて誰が想像したかしら」
「あの時?」
「『舞獅子』との代理決闘ね……クスクス」
彼女も観戦してたのか。
「我輩が送ったスペシャルオーダーは袖にされたけど」
「あー……」
ラウラが前に殺到してるって言ってたっけ?
「それが今じゃ獅子の一翼を担うSSランクの冒険者……嗚呼、逃した獲物は大きかった」
「……」
「クスクス……残念無念…」
鼻で笑う妙な口調に眉を顰める。
「貴女も相当、強そうだけどな」
「我輩が?いやいや!君にはとてもとても及ばない……Aランク風情の冒険者だもの」
……能ある鷹は爪を隠す、か。
Aランクの枠に収まる冒険者には全く見えないぜ。
「む……隣のお嬢さんは恋人かい?」
「いや彼女は」
「私はセノラと申します」
俺が答えるより早く彼女は答えた。
「獅子族の娘は珍しい……セノラさんは実に『灰獅子』によく似てるね」
あ、やっぱり?
「気の所為ですよ」
「……ミザリー様?」
穏和に答えるセノラを凝視するミザリーを変に思ったシュウが呼ぶ。
「嗚呼、不躾に済まないね……あの獰猛な『灰獅子』と可憐な女の子が同一人物なわけないか」
「……」
「ラウラが獰猛だと?」
そんな言葉とは一切、縁のない筈だ。
「気にしないで頂戴……クスクス……さて我輩は失礼するよ?今日は野暮用があってね……また遊びに来た時はお茶でもご馳走しよう……シュウもユージンも頼んだお使いを忘れないように」
「オッケー!」
ギルドメンバーを従え、屋敷の中に戻る彼女の背中を見送る。
「……んじゃクロナガさんもまたね!」
「こ、今度はゆ、ゆっくり……その、お、お話を」
「ほら行くよユージン」
「ま、まだ話のと、途中なのに」
シュウに引っ張られユージンは唇を尖らせた。
「……俺達も行くか」
「ええ」
突っ立っても仕方ないので、その場を立ち去った。
〜数分後〜
「うーん」
「唸ってどうしたの?」
「……ミザリーって人が言ってたラウラが獰猛って言葉が引っ掛かってさ」
品行方正、清廉潔白、容姿端麗……礼儀正しく欠点らしい欠点がラウラには見当たらない。
獰猛とは言わば乱暴って意味だぞ?
「それは間違いではないと思う」
セノラはぽつりと呟いた。
「間違いではない?」
「……悠はラウラのスキルを知らないから」
「そりゃ確かに知らないが」
「彼が『灰獅子』と呼ばれるのは敵を焼き尽くし、降り注ぐ灰を被る姿が由来なの」
彼女は淡々と語り出した。表情が曇ったように見えるのは太陽が雲に隠れ、陽射しを遮ったからだろうか。
「火を操るスキルか?」
「ううん……正しくは超高熱を操る能力でスキル名は『灰塵』。水分を発熱させ、蒸発し起こる爆発を利用し攻撃する……敵は地獄の業火に焼かれる亡者の如く、立ったまま絶命するわ」
気化熱……いや水蒸気爆発?高校の科学の実験授業で習った気がする。
「強くて凄いスキルじゃないか」
そう言うと彼女は口を噤み、風が間を通り抜けた。
「それが御し切れないスキルでもそう思いますか?」
「御し切れないって……」
「灰塵は強力だけど、強力過ぎて正確に操れず、広範囲を無差別に必要以上に攻撃してしまう」
「……」
「ラウラは練度を高め、威力を抑えるのに苦心したわ……それでも敵諸共、味方を……仲間を傷付けてしまった事があった。ミザリーさんが獰猛と言ったのは過去を知ってるからでしょう」
……何故だろう?
セノラはまるで自分を責めるような口調だ。




