君の名は?⑦
4月16日 午前11時29分更新
4月17日 午前8時32分更新
4月17日 午後18時50分更新
「……えーと名前はアイザックだっけ?」
「お、おう!」
「とりあえず、今後はもっと礼儀正しい模範的な冒険者になれ」
「れ、礼儀正しく模範的って俺たちが?」
彼も子分も驚いている。
「そうだな……先ずアイザックはその汚い髭を剃って、他三人も床屋でボサボサ髪を切ってこい」
「髭を!?」
「オイラも!?」
「…ま、マジですか」
「そんなん言われるたぁ思わなかった……」
「身だしなみを整え、心機一転ってやつだ」
「だ、だけどよぉ」
「姿は俗称を現すって言葉を知ってるか?身なりや物腰でその人の品格が分かるって意味さ」
「「「「……」」」」
「初対面で失礼は承知の上で言わせて貰うが、粗暴な態度と身なりは損するだけだぞ」
内面も大事だが、外見だって同じくらい重要だ。
「冒険者の評判を貶める真似はしないで欲しい」
「悠……」
セノラは嬉しそうに両手を合わせ、俺を見詰めていた。
……柄じゃないが見過ごすのは後味が悪いしね!
「でもよぉ」
あーだこーだ言われると埒が明かないな。
「……文句があるなら俺は拳で語り合っても構わないが?」
首と拳の骨を鳴らし軽く脅す。
「も、も、文句なんて滅相もねぇ!!綺麗さっぱり剃るよ!」
「オイラも全剃りしてきます!」
「お、おー!」
ふぅ……快く同意を得られて良かったぜ。
「約束だぞ?俺は嘘が嫌いだからな」
「仮の話で……も、もし約束を破ったら…」
アイザックが恐る恐る聞くのでにっこりと笑い、答える。
「わざわざ聞きたいのか?」
「や、止めとくわ」
「懸命な判断だ」
こうまでお灸を据えれば大丈夫だろう。
……俺の二つ名に怯え慄く連中は改心も期待できるが、問題はミーシャやネフみたいなタイプだ。
「そろそろ行きましょうか」
「おー」
余計な時間を食ってしまったが、セノラに促されその場を後にした。
〜同時刻〜
「ぷ、ぷは!……こ、殺されるかと思ったぜ」
二人が群衆に消え、漸く解放されたと安堵したのかアイザックは息を吐き呟いた。
「まさか『阿修羅』がギルドストリートに来るなんて夢にも思わなかったぞ」
「……いや〜…あんな美女を連れちゃって女好きの噂は本当だったんっすね?」
「おう」
この場に悠がまだ居れば、きっと憤慨したに違いない。
「……んでアイザックさんどーするんすか?」
「あ?」
「『阿修羅』との約束っすよ」
子分の一人が質問する。
「嘘が嫌いだって言ってましたけど……」
「オメーはバカか?んなもん口約束だっつーの!!」
「……それじゃ最強の『金獅子』と張り合って、あの戦闘狂の『冥王』をぶっ倒し、超弩級の賞金首『黒髭』を退けた最高にヤベェ冒険者の約束を破るんすね?」
「うっ」
手下の一言にアイザックの傷だらけの顔が再び青褪め沈黙が続いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『わざわざ聞きたいのか?』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
悠の凄味は相手の意思と裏腹に、何故か納得させてしまう特殊な威圧感である。それは神の威光と素養が合わさった偶発的な産物で、悠自身も自覚していない。
「……た、たまにはイメチェンするのも悪くねぇよな?」
万が一を考え、安全牌を選ぶ彼の考えは間違ってない。
「そ、そーっすよ」
「ぶっちゃけ汚ねーのも本当ですしね!」
四人は滅多に行かない床屋へと足を運ぶのだった。
〜午後13時30分 ギルドストリート〜
道なりに歩いていると見覚えのあるシンボルマークが目に飛び込んだ。
「『楔の教会』?」
鉄柵に囲まれ、他から離れた位置に建つ古びた屋敷には鎖のエンブレムが掲げられている。
庭には食虫植物が不気味に蠢いていた。
「『楔の教会』はギルドストリートで一、ニを争う冒険者ギルドです」
「ほほう」
セノラの説明にも慣れ、違和感を抱かなくなってきた。
どっちが案内されてるか分かったもんじゃないや。
「『楔の教会』のGMは噂が絶えない人物なので、有名らしいの。……真実は不明ですが、ネフィリム教を破門された聖職者で堕落の女神の信奉者だとか」
ネフィリム教……ミッケさんは元気だろうか?
「ラウラ曰く悪人ではないけど変人だそうよ」
「変人?」
「昔、山羊百頭と牛五十頭の死体で魔法陣を作り、女神メリアを召喚しようとしたそうです」
「……」
「無論、失敗に終わりましたが騎士団も巻き込んだ大騒動になったと言ってました」
「えぇ…?」
……絶対、ヤベー奴じゃん!!目の前の屋敷が急にお化け屋敷に思えてきたぞ……む?
「あれ……もしかしてクロナガさん?」
「う、あ、お、お、お久しぶりです…」
柵の向こうから現れたのは、遺跡竜の防護ジャケットを着た二人組の若い冒険者はシュウとユージンだった。
駆け寄って来る二人に片手を上げ応える。
「よっ!元気にしてたか?」
「超元気!クロナガさんが作ってくれたジャケットとパンツも最高だよ!」
くるり、と身を翻しシュウは笑う。
「う、動きやすいしモ、モンスターの攻撃も……」
「直撃したけど破れなかったしね〜」
「それは良かった」
「服なのに鎧と同じくらいの防御力だよ!」
鎧と同じ……竜革は服飾の素材でも一級のアイテムだ。
その素材を使ってる割に耐久性が低い。混在刺繍法の修復も予想より早い段階で限度がくるかも知れん。
「また注文があれば『巌窟亭』に来てくれ。あと馬の油を馴染ませると革に艶がでるぞ」
「へー!報酬金を貰ったら買おっか?」
「う、うん……えと」
「どうしたのよ」
「そ、その綺麗な女の人は……?」
ユージンは俺の隣を横目で何度も盗み見していた。
「私はセノラ。貴方のお名前は?」
麗しい微笑と仕草に心を射抜かれたのか、茹でた蛸みたく顔が真っ赤になる。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは…ユユ、ユージジ……ン!…あ、あうぅぅ〜……!!」
「……ちょっと!?」
シュウの背中に飛び付き隠れ、ユージンは縮こまっていた。
「だ、大丈夫?」
「は、はぅ〜……」
セノラが声を掛けるも彼の返答はない。
「大丈夫ですよ!ユージンは女の人と話すと緊張してよくこーなるんで……ったく」
呆れ顔で彼女は溜め息を吐いた。
「あれ?モミジとは普通に喋ってたよな」
巌窟亭で会った時のユージンを思い出し首を傾げる。
「モ、モミジさんは……女の人っぽくないから…背も高いしめ、目つきも鋭いし…声も大きくて……こ、怖い…」
「……それ本人の前では言うなよ?問答無用でブッ飛ばされるぞ」
鉄拳制裁間違いなし!
「僕……じゃなくてお、俺はセ、セノラさんみたいな……タ、タイプが…男の理想だと思う…」
「うふふ!光栄です」
セノラは穏やかに笑い、謙虚に振る舞った。
ユージンは意外と女性の好みに五月蝿いタイプらしい。
「かーー!生意気言ってんじゃないわよこのマザコン!」
「……痛っ!?マ、マザコンじゃないよ!」
シュウが歯を剥き出しにして頭を叩く。
「ま、好みは人それぞれだけどユージンはモミジを誤解してる」
「……え?」
俺が腕を組み答えるとユージンは驚いた。




