君の名は?⑥
4月13日 午後20時54分更新
4月14日 午前11時42分更新
看板を掲げるギルドはどれも、事務所って風で金翼の若獅子には遠く及ばない印象を受ける。
……いや、比較対象を間違えてるのか?しかし勇猛会もリリムキッスも素晴らしく立派な施設だった。
「悠は冒険者ギルドを設立するそうですね」
「え、あぁ……うん」
「こう見えて私も冒険者に詳しいの」
「セノラが?」
「うん……ラウラが会う度、色々と教えてくれるので自然と詳しくなったと言った方が正しいけど」
予習してきたように喋る彼女に違和感を感じたが、追及はしない。
その時、野太い怒声が響いた。
「ーーーーいい加減にしろよボケッ!運搬の護衛依頼で護衛対象を放っておくバカがいるか?あぁ!?」
「テメェの先導がヘタクソだからだろぉが!……Cランクの依頼を無駄にしやがって!!」
白昼堂々、取っ組み合いの喧嘩に興じる二人組の冒険者の周囲に人が集まる。
「……ケンカか」
意外な事にセノラは怯えるでも嫌悪するでもなく、その様子を冷静に眺め口を開く。
「冒険者の殆どがCランクを境に辞めてしまう原因があれです」
「あれってケンカが?」
「はい」
こっちに向き直り彼女は語る。
「…大雑把ですが、Dランクの依頼を達成し続ければ生活費を賄う程度には稼げます」
「そうなのか?」
俺は金で困った経験がなかったからなぁ。
「ええ……そして、Cランクに昇格すれば報酬金もDランクより大幅に上がり難易度も高くなる」
「当然だな」
世の中、楽して稼げるほど甘くない。
「すると、こう考える冒険者が増えます……命を張る代償に見合わないと」
「……」
「単純に計算すれば、装備品や解体業者への諸経費で赤字になるのは明白ですが、志ある冒険者は耐えられるでしょう。……しかし、実際は食い扶持を稼ぐのに已むを得ず冒険者になる者が殆ど」
「まぁ理由はそれぞれだからな」
「私もそれは否定しません……ですが、どんな仕事にも壁は存在するし、その壁を前にして簡単に引き返す性根では駄目なのです」
セノラの口調は厳しく、険しい表情だ。
「よく才能を言い訳にする輩がいるけど、それは現実逃避……努力と研鑽が報われる事はないと知っても、難題に向き合い挑戦し続ける気概こそ本当の才能だわ」
「おー」
説得力のある物言いと態度に感心し拍手する。まるでラウラと話してる気分だ。
「ぜ、全部、ラウラの受け売りですけどね」
彼女は咳払いし頷く。
「……こほん!悠は瞬く間に出世したそうなので、一般的な冒険者の実態は知らないでしょう?」
出世とゆーか成り行きだけど!
「あの二人は報酬金の高い依頼に、恐らく急増でPTを組んだのね……あれが現状です」
「……なるほど」
「悠には無縁の世界でしょうが、知ると知らないでは大きく違うわ」
確かに言う通りだ。
自己責任と言うのは簡単だが、冒険者の業界で……況して十三翼の一翼となった俺には知る責任が生まれる。
それは、暫定の立場と云えどなのだろう。
面倒で本当は敬遠したくとも、きっちり引き継ぐまで責務を全うするのが筋だ。
……しかし、セノラは不思議な娘だな。冒険者に詳しいとはいえ、只のお嬢様じゃない気がする……ラウラの面影が頻りに重なるのも妙だし。
「あっちへ行ってみましょう」
周囲の喧騒と雑踏を意に介さず彼女は先へ進む。
……これじゃどっちが案内役か分からないな。
〜数分後〜
「おい!見ろよ」
「嘘だろ?……すっげー美人だぜ」
「ここらじゃ見ない顔だわ」
セノラは歩いてるだけなのに注目を集める。貴族のお嬢様って風貌だし、周囲から際立って浮いていた。
男の熱い羨望と女の妬みで視線は半々って感じか?隣を歩く俺は、置物程度にしか思われてないだろう。
「あの『蜥蜴の巣穴』ってギルドは『金翼の若獅子』の傘下の一つですよ」
木彫りの看板を指差し、彼女は得意気に説明する。
「へぇ」
「中々、評判の良い冒険者ギルドで近々、別区画に移転予定だとラウラが言ってました。向こうは『大鴉』……鳥人族のみ所属登録できる変わったギルドですね」
「……セノラの方が俺よりずっと詳しいな」
「え?き、気のせいだと思いますよ」
でも、楽しそうだしこれはこれでいっか!
「ーーーーおい」
顔面傷だらけの大男が行手を遮り、背後には子分が数人控えていた。
冒険者より山賊って言葉が似合ってるな。
「ネェちゃんはギルドストリートに依頼に来たのかい?俺は『ストロングスタイル』のギルドメンバーでアイザックってんだ……アンタみてーな女の依頼は喜んで引き受けるぜ」
「結構です」
……今のでナンパのつもりなのだろうか?
セノラは臆する事なく返答し、横を通り過ぎる。
「ハハハッ!つれねぇなぁ?ちょっと待てや」
彼女の肩を掴もうと伸ばした男の手を掴んだ。
「彼女は俺の連れだ」
「なんだぁテメェ?」
「穏便に済ませたいから下がってくれ」
「デカイ口を叩くヒュームじゃねーか……俺が誰か知らねーようだな」
寧ろ知ってると思う根拠を俺が聞きたい。
「!……ア、アイザックさん」
手下の一人が何かに気付き、血相を変える。
「オウ!このヒュームに俺がどんな冒険者か教えてやれや」
「こ、こいつ……いや、この人は『辺境の英雄』のクロナガですよ」
束の間の静寂の後、冷や汗を浮かべアイザックは問い返した。
「な、なに?」
「……一度、見たことあるんで絶対そうっすわ」
「あ、あの『阿修羅』か?」
「はい…」
「ヤベェ噂しか聞いたことねーぜ……」
「……十三翼の中で最も凶暴な冒険者だって話だよな?」
「誰が凶暴だ」
聞くに耐えず反応してしまった。
「あ、あの腕を放して貰え……貰えますか?」
さっきまでの威勢が消え、震えるウサギのように怯えた姿は滑稽……いや、可哀想に思えた。
「ふ、ふふ!…あ、ごめんなさい」
セノラは笑いを堪え切れず、吹き出す。
「じゅ、十三翼の第8位にとんだ失礼を……ど、どうか許して下さい!!」
アイザックはその場で土下座しそうな勢いだ。
「そんな謙らなくても…はぁ……兎に角、乱暴なナンパは感心しないな」
溜め息を吐き、目を細めた。
「金輪際、二度としねぇって誓うんで殺さないでくれ……テ、テメーらも頭を下げろ!」
往来の場で騒ぐもんだから、衆人の関心を集める。
「……ねぇアイザックが揉めてる相手ってさ」
「『辺境の英雄』とか『阿修羅』って言ってたな」
「や、やっぱり?契約者のクロナガユーよね」
セノラとは違う嫌な注目のされ方だった。




