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君の名は?⑤

4月12日 午後12時20分更新

4月12日 午後19時20分更新





〜午前11時50分 第8区画 公園〜


「……夢みたい」


ジュースを買いに行った悠の帰りを、ベンチに座って待つラウラが呟く。


二人は露店街から第8区画へ移動していた。


「この時間がずっと続けばいいのに……」


叶わない願いと知りつつ口にしていた。


「ーーーーおーい!お待たせ」


両手にアイスを抱えた悠が戻って来た。


「…あ、お帰りなさい」


焦る素振りもなく、またセノラを演じる。


「ほい」


「ありがとう」


ワッフルコーンのアイスを受け取り、礼を言う。


「昼飯がこれで本当に良かったのか?」


「ええ……あまりお腹が減ってないので」


隣に腰を下ろし悠がアイスを舐める。


「暑くないのか?」


ロンググローブを指差し、悠は問う。


「薄い生地だから」


……無論、暑くない筈がない。これは心紡ぎの指輪を隠すためのグローブだった。


「ふーん……ま、こーゆーアイスも美味いよな」


隣でアイスを舐める悠を横目で眺める。


「……」


変に気取った様子もなく自然体だ。


誰が相手でも態度を変えないのが、悠の魅力の一つだとラウラは理解している。


「食べないのか?」


「え、あぁ…はい」


促され一口舐めると、爽やかな甘さが口に広がった。


「この後さ、セノラは行きたい所や案内して欲しい所はないのか?」


「悠が隣にいれば何処でもいい」


「……お、俺が隣に?」


驚いた様子で問い返す。


「!」


ラウラはやってしまったと内心、焦った。


自分が架空人物を演じ、観光案内を頼んでる設定を一瞬、忘れ素で答えてしまう。


「ど、何処でも興味深くて……そう!田舎者の私には新鮮なんです!」


「……」


「それに悠はとても強い冒険者だと聞いてるし、隣に居てくれれば安心だなって」


「………」


無理があるか?と内心、ラウラは肝を冷やしていた。


「ーーーーなるほど!そーゆー理由ね」


心配を余所にあっけらかんと悠は納得したのだった。


……この時ばかりは彼の酷い鈍感に感謝し、胸を撫で下ろすが同時に心配にもなる。


こうまで鈍いのはある種、()()ではないか?


一時期、わざと気付かない振りをしてるのかと疑った時もあったが彼を知れば知る程、杞憂だと知る。


冷血漢ではなく、恋の駆け引きでもなく、女性の好意に異常に疎いのだ。でも、そのお陰で皆の関係が壊れずに済んでいるのも事実である。


「強いって褒められるのは悪い気分じゃないかな」


「……」


「あははは」


暢気に笑い、アイスを舐める悠に少し腹が立ったラウラだった。


「……悠はラウラと仲が良いのよね?彼は貴方を親友だって言ってたけど」


「ああ」


「どんな風に思ってるの?」


普段は吐露しない印象を聞き出すチャンスを活かす。


「真面目で責任感が強く頼り甲斐のある奴さ。俺が女だったら惚れてると思う」


「ほ、惚れる……へぇー…そうですか」


ちょっと意味合いが違うが、にやけるのを堪える。


「……それに」


「それに?」


「いや、これは言わないでおくよ」


「言ってください!気になります!」


「でもなぁ……うーん」


言い渋る悠だったが、当の本人は納得できない。


「ラウラには絶対言いません」


「それならまぁ……あ、先に断っておくけど、俺にそっちの趣味や嗜好はないからな?」


前置きを述べ、悠は答える。


「ラウラが偶に女の子に見えるんだ」


「女の子、ですか」


「容姿とかの話じゃなく……んー…雰囲気ってゆーか内面的?上手く言葉にできないけど」


「……」


朴念仁とばかりに思っていたので、意外な回答だった。


そして、真実を話すチャンスかも知れないとラウラは考える。


「……あの、実はですね」


「うん」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『にゃむ……例えば山登りの競争に例えましょっか』


『山登り?』


『ゴールは山頂ね!…スタート地点は複雑で歩幅も狭く険しい崖道の前で歩くのも一苦労って感じ?』


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「わ、私」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『それでも頑張って悪戦苦闘しつつ皆は山頂を目指し登ってるけど……ラウラは深海から目的の山へまだ向かってる途中よ』


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……本当はラウーー」


心臓の鼓動が早くなり、顔を上げ悠を見詰める。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『これは声を変えるマジックキャンディーよ』


『声を?』


『昔、ランダが作った変化薬ね!潜入とか変装でよく使ってたわ』


『凄いな……変身の薬品は精製がとても難しいのに』


『変声は一日で切れるけどラウラにあげるわ』


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


怪訝そうな悠にラウラは決心が鈍り嘘を重ねた。


「……ラウラは正真正銘、男だから気のせいですよ」


「おー!そりゃそうだよなぁ」


何も知らない悠は快活に笑う。


「あ、はは…」


反対に彼女は己の意気地のなさを恨めしく思った。


……関係が壊れる恐怖が臆病にさせ、今の距離感が心地良く甘んじてしまうジレンマに陥っている。


「僕のバカ」


「え?」


「……なんでもないです」


それでも今日は目一杯、楽しもうと気を取り直す。


悠を独占できる貴重な一日なのだから……ラウラは想い人の隣で静かに微笑むのだった。



〜1時間後〜



公園でアイスを食べ休んだ後、()()()()()()で第19区画へ向かう。


俺も初めて行く区画で、特に観光に縁のない場所だと思うが……まぁ彼女が望むなら俺は付き添うだけさ。



〜午後13時10分 第19区画 ギルドストリート〜



「これは……」


冒険者ギルドの看板が並び、道端は同業者でいっぱいだ。


「邪魔!邪魔!!退いて〜」


「轢き殺すぞコラーー!」


乱暴な運転で荷馬車を走らせ、モンスターの死骸を運ぶ業者が横切る。


「チッ!また『楔の教会』に獲物を横取りされたわ……商売上がったりよ」


「あの二人だろ?最近、有望な若手冒険者らしーぜ」


愚痴る冒険者が酒場の外で酒を呷る。


「ポーションの大安売りだよ〜!さぁ買った買った!!」


「ピッカピカの新品のいらねーか!?剣も槍も盾もあるぞ」


接客マナーなんて言葉はきっと知らないだろう店主が、アイテムや装備品を次々と売っ払う。


……こんな中世ファンタジーの酒舗みたいな区画がベルカにあったとは知らなかった。


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