君の名は?②
3月30日 午前8時32分更新
3月30日 午後19時13分更新
3月31日 午前8時34分更新
〜午後10時15分 八階 GM執務室〜
昇降機で移動し執務室へ到着っと!
「……」
ラウラは俺に気付かず、一枚の手紙を凝視している。
「…お疲れ様」
少し遠慮気味に声を掛けた。
「悠じゃないか」
顔を上げると、表情が一変し朗らかに微笑む。
「ごめん、仕事の邪魔しちゃったかな?」
「大丈夫だよ」
手紙を素早く折り畳みポケットに仕舞い、立ち上がる。
「何か仕事の案件か?」
ポケットを指差し問う。
「別に大した内容じゃないよ」
「ふーん」
「紅茶を淹れるから座ってて」
ティーポットに茶葉を積め、湯を注ぐ横顔は疲れているように見えた。
〜数分後〜
「ふーふー」
意外と猫舌なので、湯気に息を吹き掛け冷まし啜る。仄かな柑橘系の甘味と酸味が口いっぱいに広がった。
「最近は仕事が立て込んでてさ……悠に苦労をかけたね」
「あー」
一連の騒動を指して言っているのだろう。
「……僕とムクロの提案で都市から離れた区画や近辺の町・村々のパトロールを依頼で発注したよ」
「え?」
「フィンを除いた他の十三翼も了承済みで、派閥のランカーは強制受注だから暫く安泰だと思う」
「そりゃ助かるな」
「……今回の事件にユーリニスが関わってるなら総本部として遺憾し難い…いや、とても度し難いことだ」
声がトーンダウンした。
「……」
「表沙汰になってないだけで、長年野放しにしてた僕に責任がある」
悔恨の情を滲ませ、ラウラは呟く。
「…それは違うだろ?」
「違わないよ」
首を横に振り力強く言い切った。
「こんな悲劇は二度と繰り返しちゃ駄目だ……僕の全責任と権威を持って、パトロールを徹底させる」
…俺が言えた義理はないがラウラは非常に責任感が強い。十三翼で副GMの立場だから……それだけじゃないだろう。
金翼の若獅子はラウラにとって、誇りなのだ。格式を重んじつつ改革を望むのは、先人への深い尊敬の念が根底に根付いているからに違いない。
悪評で踏み躙られる現状は、堪らなく嫌なのだと思う。ティーカップをテーブルに置き、穏やかに答えた。
「近い将来、その心労も綺麗さっぱり消えて無くなるさ」
「え?」
「ラウラの努力は決して無駄じゃない」
「悠……」
「後は俺に任せろ」
最早、他の誰にも譲るつもりはない。
……それに変な予感だが、俺以外ではユーリニスに勝てない気がするのだ。
徐々に曇っていた表情が和らぎ、笑顔へ変わる。
「……ありがとう」
ラウラには笑顔が良く似合うな。
「ふふふ!本当に頼もしいよ」
「おー」
「それと僕に用事があったようだけど」
「そうそう」
「……まさかルウラが問題を起こしたとか?」
申し訳なさそうに眉を八の字に曲げる。
「違う違う!毎日、アイヴィーとオルティナとキューと一緒に修行を頑張ってるよ」
「良かった……暴れて迷惑を掛けたかと思ったよ」
「アイヴィーとよく喧嘩はするけどあれは仲良しの証拠だな」
お互いに気を許してないと、ああまで素は出せない。
本当に嫌いなら口も利かない筈だ。
「へぇ」
「食べ物の好き嫌いも徐々になくなったぞ」
「…ほ、本当?ルウラは野菜が苦手で、特にニンジンは死ぬほど嫌いだったと思うけど」
「アルマは食べ残しに厳しいから……って話が逸れたな」
迅速に用件を伝えないと、仕事の手を煩わせてしまう。
「明日、俺と遊びに行かないか?」
「……」
ラウラの動きが止まった。
「忙しいなら別の日でも良いけどさ……前に遊び行こうって約束したじゃん?」
「………」
「偶には息抜きも必要だろ……ってどうした?」
「あ、あぁ……うん!約束してたもんね」
ラウラは心なしか緊張した面持ちだった。
「でも、仕事が立て込んでて明日は無理なんだ」
「そっか」
急な誘いだったし仕方ない。
「か、代わりにって訳じゃないけど!」
「お、おう」
指を突き合わせ、ラウラは顔を伏せる。
「……実は頼みがあるんだ」
「頼み?」
「えっとねーーーー」
〜夜19時50分 マイハウス リビング〜
「ーーーー観光案内ですって?」
「ああ」
帰宅後、アルマは俺の話を聞いて双眸を細めた。
「……ラウラの女友達を?」
「仕事が忙しくて都合が合わなかったらしい」
俺は洗濯物を畳みつつ、答える。
「偶々、ラウラを遊びに誘いに行ったら頼まれてな……俺なら自信を持って任せられるってさ」
予想外だったが、大事な親友の頼みは断れない。
「ふーん…」
「獅子族のお嬢様でセノラって名前だけどルウラは知ってるか?」
「セノラ?ルウラは知らない」
隣で辿々しい手つきで洗濯物を一緒に畳むルウラは首を横に振った。
「確か…『獅子の谷』って所に住んでるお嬢様だって言ってたぞ」
「獅子族が統治する街ですね〜」
「有名なの?」
「初代『金翼の若獅子』GMの出身地ですし有名だよ〜」
オルティナはアイヴィーの質問に答えた。
「ま、変な輩に絡まれないようボディガード兼案内人って感じかな?」
「……にゃひひ」
アルマが俺を横目に笑う。
「どうかしたか?」
「別ににゃんでもにゃ〜い」
なーんか怪しい気が…?
「ちゃんとエスコートしてあげなさいよ」
「わはは!ボディガードは初体験だけど案内ぐらい余裕だっつーの……なぁ?」
自信満々に笑い、三人に同意を求める。
「う〜〜ん」
「ゆーはそーゆーの……のっとぐっとあう!だと思う」
「オシャレなカフェより定食屋に連れて行きそう」
「あ、あれ」
そ、想像してた反応と違う!
「にゃははは!精々、その娘をガッカリさせないよーにねぇ〜」
「……大丈夫だっちゅーに」
唇を尖らせボソッと呟く。俺だって大人だし、その辺のマナーは心得てるわい!
「先にあいせいするけど、浮気は許さない」
ジト目でルウラが言った。
「浮気ぃ?」
まーた変な事を言いおってからに。
「ゆーは節操ないしねいるを刺しとかないと」
「そーですねぇ〜……いい加減にしないとユウさんのユウさんを鋏で切っちゃいそう」
「!?」
「冗談ですよぅ」
ちょっと冗談に聞こえなかった気が……恐ろしく物騒な提案に身震いするわ!
「明日はどこで待ち合わせ?」
「メインストリートの広場で午前10時の約束だ」
「ん……楽しんできてね」
「おー」
一応、前に買った雑誌を参考に何処を案内するか考えとこう。
〜数時間前 金翼の若獅子 八階 執務室〜
時間は遡り、午後16時24分。
執務室にはラウラの他、複数名の職員が居た。
「報酬金の予算案は明後日の午前中までに書面にまとめ、僕に提出を……それと納品されたアイテムはレア度順にリストにして鑑定を依頼してくれ」
「はい」
「こっちは派閥毎に割り振りしたパトロール区域の地図だ。ギルド職員にも各自、確認の徹底を」
「了解しました」
「来客はどうしますか?……明日はベルカ市役所の財務課課長と王宮警備隊の隊長との面談を予定していました」
「ゼノビアが対応してくれる」
職員の質問に即座に答え、帰り支度を早々と済ませた。
「僕とは明日、連絡が取れないからよろしく……他に質問は?」
「来月開催の獅子祭ですがーー」
「ないみたいだね!じゃあ退室してくれ」
質問の途中だったが、ラウラは無理矢理打ち切った。ギルド職員は顔を見合わせ部屋から退散していく。
「……」
一人残った彼女は以前、アルマに貰った小瓶を懐から取り出し眺め息を飲む。
「部屋に帰ったら急いで準備しないと……まさかこのタイミングで作戦を実行するなんて…」
頰は紅潮し心臓の鼓動が早くなる。
「本当に大丈夫……いや!!臆しちゃダメだ!」
不安を掻き消すように叫ぶ。
「絶対に成功させる!ライバルとの差を埋めるんだもん」
立ち上がり拳を掲げ、恋する乙女は自分を鼓舞した。遠回りで不器用なやり方だが、いよいよ一歩を踏み出す為に。




