阿修羅の麗しき姫君 ②
3月15日 午後12時28分更新
〜午前10時35分 焼け落ちたベルカ孤児院 跡地〜
…あらためて胸が締め付けられる光景だ。風が吹くと灰が宙に拐われ、家屋の残骸が無惨に倒れている。
じゃりじゃり、と歩く度に音が鳴った。
「…あ!?ユ、ユーの兄貴ぃ!」
木材を両手に抱えたゴンゾーが叫ぶ。
「おう」
軽く手を挙げ挨拶する。元気そうで安心した。
「…お、俺ぁなんて感謝したらいいか…あの時、兄貴が助けてくれなきゃ……」
俯く彼の肩に優しく手を置き慰める。
「違うぞ?…ゴンゾーが最後まで諦めなかったお陰で三人を救えた」
「…う゛ぅ…!」
「礼を言うのは俺の方さ」
これはお世辞でもなく紛れもない真実だ。
あの状況下で己を犠牲に火傷の激痛に耐え、重い柱を支えた鋼の精神力は感服に値する。
「あ、兄貴゛ぃぃ〜!」
「…まぁなんだ…ほら泣くなって」
側から見ると俺が泣かせてる様に見えるしね!
「…へ、へい……グスッ…そっちの二人は?」
「娘のアイヴィーと記者のホークさんだ」
「おぉ!『常闇の令嬢』の二つ名で有名な」
「有名なアイヴィーだから」
ーーきゅきゅ…きゅー…きゅむぁ!
「わははは!キューちゃんも元気やったかい?」
ゴンゾーは向き直り、彼女に頭を下げ挨拶する。
「ホークさんでしたね?俺ぁ『勇猛会』のゴンゾー・ドイと申しやす」
「ご、ご丁寧にどうも…」
勇猛会の若衆は見た目に反し、礼儀正しい。ガンジさんやガラシャさんの指導の賜物だろう。
「姉御も皆もあっちに居ますし行きやしょう」
「ああ」
「……おーーい!兄貴がきたぞぉ!!」
先頭を歩くゴンゾーが他の若衆達に声を掛ける。うーん……兄貴の連呼は止めて欲しいかなぁ?
「あぁ゛ん……お?」
「兄ぃ!キューちゃんも居ますぜぇ」
「わーってらぁ゛!若頭ぁ呼んでこい」
どうやら勇猛会の皆は瓦礫や廃材をツルハシで崩し、一箇所に運んでるようだ。
「怒鳴らんでも聴こえてるでやし」
半身を晒しツルハシを片手に、キセルを咥えた威容な佇まいに俺まで……姉御!と叫びたくなる。
「どうも」
「そっちの娘さんはアイヴィーやね?」
「アイヴィーだから」
ぺこり、とお辞儀する。
「何度か会ってるけど正式な挨拶はまだでありんした……わっちは『勇猛会』で若頭しとるガラシャと申しやす。お嬢の件では大変、世話になりやした」
「ん」
「……しかしまぁ、吸血鬼ってのはこうも可愛いんやねぇ…むさ苦しい野朗が殆どのウチにもアイヴィーみたいな可憐な華が欲しいわぁ」
どうも逞しく有能な女性に、アイヴィーは気に入られる傾向が強い。酷い差別を受けてた当初とは大違いだ。
…自分が変われば世界も変わる、か。チープな言葉だが嫌いじゃない。
イジメる奴は問答無用でぶっ飛ばすけどな。……え、モンスターペアレントだって?そう呼ばれても一向に構わん!
頭の中で馬鹿な自問自答をしていると、作業中だった若衆が集まってきた。
「……ほんっとお人形さんみてぇに可愛いわ」
「おうよ」
「飴さん舐めるか?」
「アニキがアイヴィーちゃんに必死になるって噂も分かるぜ」
他の根も葉もない噂と違い、それは真実だ。
「……」
「どうした?」
アイヴィーは顔を赤くして俺の背に隠れてしまった。
「……ちょっと恥ずかしいから」
「ははは」
普段はちょっと背伸びしてても、年相応の反応に頰が弛んだ。上目遣いで庇護欲を擽る仕草に、若衆の面々もハートを射抜かれたように破顔する。
「…い、癒されやすねぇ…若頭みたく棘もねぇし」
「……」
ピクっと彼女の眉が動いた。
「なんかこう守りたくなるってやつだな」
「若頭は勇ましくて男より男らしい……正に漢!って感じだしよ」
「俺ぁ神さまがガラシャの姉御の性別を間違えたんじゃねーかって思ってる」
「わははは……うぉ!?」
ツルハシの先端が笑った若衆の前に振り下ろされる。
「誰がガサツな男女だって?もっぺん言うてみいや」
うわぁ……すっげぇ怖い。
途端に若衆は直立不動の姿勢で冷や汗を流したまま、黙り込んだ。
綺麗な女性の一喝ってのは迫力が凄いな。
「……さて話を戻しやすが今日はどうしやした?」
「あ、あぁ…実はーーーー」
〜10分後〜
瓦礫の山を前にこの場に居る全員が集まった。
「どらごん!どらごん!!」
「カッケーー!」
「リルお空飛んでるよぉ〜〜」
ーーきゅきゅう〜…きゅ?
孤児院の子供達はキューに群がり、大はしゃぎで喜んでいる。愛想が良く懐っこい我が家のマスコットキャラクターは大人気だ。対照的に数人のシスターは心配そうに、その様子を眺めている。
「……本当に可能なのですか?」
右隣に佇むレイミーさんが小声で囁く。
「ええ」
「創造魔法はわっちも知ってやすが、最上位魔法でありんすよ?」
「ルルイエの魔女が使えるってのは有名でさぁ」
「それをアニキの嬢ちゃんが…?」
「まあな」
正直、俺も成功するか分からないがアイヴィーは自信満々だ。娘ができるって言ってるのに、父親が疑心暗鬼じゃ様にならない。
何かあれば代わりに責任を取るだけさ。
「…アイテムが足りないかも?」
瓦礫の山をジッと眺め、何か思案している。
「悠」
「ああ」
「鉱石は持ってる?」
「あるぞ」
「他の素材系のアイテムもあると嬉しい」
「任せろ」
幾つかアイテムは常備するようにしている。
「そこに置いて」
アイヴィーの指示された場所に置く。
「あとはこれを使って……よし」
「ん?それって」
「禮花オオカミヅムだから」
家の庭に植えた神樹の根元で咲くこの美しい真っ赤な花は、エンジの渇流放魔体質の改善に一役買ってくれた希少な素材アイテムだ。
「…アイテムを並べてどう使うんだ?」
「アイテムとスキルの力を借りるから」
答えると精神統一するかの如く、目を瞑った。邪魔しちゃ悪いし後ろで待機しとこう。
全員の注目を浴びる中、数十秒経過した。
「……準備オッケーだから」
「お!いよいよか」
アイヴィーは天に左手を翳し、一言呟く。
「覚醒」
「……へ?」
突如、轟音と共に黒雷が天へ昇り渦巻く烈風が吹き荒れた。
ナ、ナーダ洞窟で見た時と質が違う!
あの頃より段違いに成長した結果、磨かれた魔力は強力に可視化されている。
「ーーきゃ!?」
「か、雷!?これは…?」
ナタリアさんとレイミーさんが服の裾を押さえ驚く。
「……ほぉ」
「す、すっげぇ圧だ!」
ガラシャさんは目を細め、感嘆の溜め息を漏らした。
「す、凄まじいな…」
ヒースフェアと他の団員も目を見張り息を飲む。
「!」
何かが前と違う…いや、まさか……し、身長が伸びてる!?目を凝らし観察すると髪も容姿も手足も胸も急激に変化していた。
「……ア、アイヴィー?」
俺は素っ頓狂な悲鳴を挙げそうになったがぐっと堪え、名前を呼んだ。




