仏の一面、修羅の二面 終
3月8日 午後12時24分更新
3月8日 午後19時01分更新
3月9日 午後15時4分更新
〜向日葵の月6日〜
ベルカ孤児院を襲った悲劇から二日が過ぎ、市内はネフカンパニー壊滅の噂で持ち切りだ。
表向きは唯一、逮捕されたテッド・アダムスキーがGMより大量殺人の指示があったと自白……偶然、孤児院に居合わせた『辺境の英雄』が粛清したと報じられている。
無論、真実は違う。様々な憶測が飛び交うも、悪徳ギルドを成敗し孤児を救った悠を市民は賞賛したが本人にとって不本意な結果だった。
〜夜21時21分 マイハウス キッチン〜
「………」
「……ユウさん」
「…ん〜〜」
悠はぼんやりと腑抜けた顔で皿を拭いていた。
「…そのお皿、もう二十分も拭いてますよぅ」
「え?……あ、あぁ!すまん」
一緒に食器を片付けるオルティナは心配そうに覗き込む。
「ついボーっとしちゃってたな……あはは!」
「………」
「どうかしたか?」
「やっぱり少し休んでゆっくりした方が……」
「休むも何も俺は元気だぞ」
「…孤児院の一件からまだ二日ですし〜」
一瞬、表情が曇ったのをオルティナは見逃さない。
「いやいや!別にもう大丈夫だって」
「でも」
「…ちょっと外でタバコでも吸ってくるよ」
「あ…」
不自然な態度で話を切り上げ、キッチンを出て行った。
「よっと…あのバカってば重症みたいね〜」
離れて様子を見守っていたアルマがテーブルの上に飛び乗り、溜め息を吐く。
「ええ」
「……悠は大丈夫なの?」
「ルウラも心配」
同じく眺めていたパジャマ姿のアイヴィーとルウラもとても不安そうだ。
「……きっと皆に心配させたくなくてわざと明るく振る舞ってると思うわ〜」
この場に居ない他の仲間や友達も家を訪ねては、悠の精神状態を懸念していた。…しかし本人が頑なに大丈夫だと言い張る以上、周りは気遣い口を噤むしかない。
ーー……きゅ〜〜!
「あ」
キューが悠の後を追いかけ外に出た。
「ほんっと悩むポイントも似てるんだから」
「師匠?」
「いい加減、あの顔も見飽きたしちょっと説教してくるわ」
魔人変異で姿が猫から人へ変わる。
「え、え〜…大丈夫ですか?」
「現在進行形で傷心のゆーにそるとを塗り込みそう」
「……」
普段のやり取りを思い出し三人が顔を顰める。
「心配すんにゃっての!伊達に年は食ってないわよ」
不安そうな弟子達を意に介さず、アルマは自信満々に笑った。
〜夜21時27分 マイハウス 庭〜
「………」
俺はタバコを吹かし、黙って夜空を見上げていた。
ーーきゅ!
「どうしたキュー……って熱っ!?」
挟んだ指を焦がしてしまい、慌てて灰皿へ捨てる。
「あーあ、何やってんだが…」
ーーきゅう〜。
元気を出せと言うように、頭を擦り寄せキューが鳴く。
「……慰めてくれてるのか?」
皆に気遣いされる自分の不甲斐無さに情けなくなった。
「はぁ…」
…ついついあの日の出来事ばっか考えちまう。
「大きな溜め息ね」
「……アルマ?」
振り返ると腰に手を当て、呆れ顔で俺を睨んでいた。
「いつまでウジウジしてんのよ」
「……」
「女子供に気を遣わさせてんじゃにゃいっつーの」
「ウジウジしてないし…」
「どーせアンタのことだし命の価値が〜…とか平等な〜…とか暴力がどうたら〜…って狭い価値観と倫理感の中で悩んでんでしょ?」
意地悪そうにほくそ笑み、図星を突いた。
「むぐっ」
エ、エスパーかよ!
「くっだらない」
「……アルマにとっちゃ下らないことだろうさ」
微かに慰めを期待してた俺は思いがけ無い厳しい一言に、蹲り指で地面に弄った。
「かー!分かりやすく拗ねてんじゃにゃいわよ」
さっきと正反対に今度は優しく微笑む。
「ふふふ……ランダとそっくりだわ」
「ランダ?」
「詳細は省くけどあの娘も昔、親友を殺したショックで今のアンタみたくなったの」
「親友を殺したって……」
「落ち込んで毎日、メソメソ泣いてたわ」
親友を殺せば誰だってそうなるに決まってる。
「人生の大先輩としてわたしが助言し立ち直らせたけどね」
「……」
「あの時、ランダに贈った言葉をアンタにも贈ったげる」
目を細め厳しい眼差しを向け告げる。
「どうしようもないと思いなさい」
「……どうしようもないだと?」
「生きるってのは他を犠牲に成り立つ平等で不条理な世の理なの」
「ああ」
その理屈は分かってるつもりだ。
「質問だけど悠は作物を荒らす害虫を殺さない?」
「…そりゃ…殺すな」
「人を食う魔物がアイヴィーを襲えば?」
「退治するに決まってる」
アルマの表情は変わらず険しかった。
「虫が人の命より劣るって誰が決めたのよ」
「……」
「魔物も自分の子供に食わせるために襲ったかも知れないじゃない」
「…その問答って不毛じゃないか?」
「まーね」
一旦言葉を区切り、アルマは立ち上がった。
「結局、螺旋階段のよーに出口はないし正解もないわ……どーしようもないってのはそーゆー意味よ」
「……成る程」
堂々巡りと言いたいに違いない。
「前にわたしが封印されても仕方なかったって話したの覚えてる?」
「神樹の種を植える前夜だったよな」
「犯した過ちを後悔しないと言えば嘘になるわ……それでもやり直しは望まない」
髪を夜風に靡かせ可憐に答える。
「未来で家族に出逢えたからよ」
優しい不意打ちに唇を噛み顔を伏せ、暴露ないように両目を擦る。
「悠」
「……おう」
「何で戦うか……今一度、己に問いてみなさいな」
「俺が戦う理由……」
拳を強く握り締め、目を閉じる。瞼の裏に思い浮かぶのは出会った皆の笑顔だった。
種族や人種は関係ない……そう…俺は!!
「…罵倒されようと非難を浴びても皆を守りたいから戦う」
立ち上がり力強く頷いた。
「迷っても躓いてもそれが俺の生き方だ」
偽善と言われても他人の幸福を願い助けたいという思いは、純粋で美しく決して偽りではない。
「罪を背負ったまま進むよ」
「難儀な性格ねぇ…誰も責めやしないのに」
「自分を嫌いになりたくないってエゴさ」
アルマは嬉しそうに目を三日月に細めた。
「えっと…その、励ましてくれてありがとな」
今更だけど照れ臭くなった。
「気まぐれよ気まぐれ」
そっぽを向き、答えるがそうじゃないって分かってる。
「俺は」
「にゃ?」
「アルマを母親みたく大事に想ってるよ」
……普段は絶対に言わないけど今日はいいよな?
「は、はぁぁ!!?」
褐色の肌が真っ赤に染まり思いの外、狼狽えた。
「い、いや……そんな驚くのか」
「なんで母親なのよ!」
「我が家で一番年上で物知りだろ?いざって時は頼りになるし姉より母親って感じがしっくりくるから」
「…へ、へぇ…そうなんだ…ふーーん」
意外と満更でもないのか機嫌が良さ気だ。
赤の他人が見れば父親と娘みたいに見えるだろうけど。
「つまり甲斐性なしのエロ本野郎は母性に飢えてるのね!」
鼻高々にアルマは胸を張った。
「……あ?」
「…にゃふふふ!わたしの溢れる包容力と魅力に溺れたいなら素直にそう言いなさいよ〜?」
「……」
「アンタも意外と顔に似合わず甘えん坊ね。特別に今日だけママって呼んでも……にゃふぃふんのよぉ〜〜〜!!」
我慢の限界がきたので頰を摘み左右に引っ張った。
「誰がエロ本野郎の甲斐性なしだっつーの」
「にゃってふぃふぃつふぇひょーーが」
ーーきゅきゅう〜……きゅむ!
遊んで貰えると思ったのかキューも参戦した。
「…ぎにゃーーー!!し、しっふぉふぉふぁむなぁ〜!?」
「いいぞキュー!もっとやれ」
ギャーギャーと騒ぎ時間が過ぎる。
…アルマのお陰で心の靄は消え晴れやかな気分だった。
〜同時刻〜
「ふふふ〜!すっかり元気になったみたい」
「ん」
「…ちょっとじぇらしー」
畑の小屋から三人がこっそり覗いていた。
「ユウさんは普段、弱音を吐かない人だけど師匠の前では別かしら〜?」
「二人は一番付き合いが長いから」
アイヴィーは元気になった悠を眺め安心する。
「ルウラも間にふぃっとでアルマは義理のまざー」
「まぁルウちゃんってば冗談が上手いわね〜」
お淑やかに微笑むオルティナだった。
「本気と書いてマジ」
「……私のほうがお嫁さんって感じがしますけど〜?」
途端に圧が増しお淑やかさの欠片もなくなった。
「のー!オルティナは家政婦のほーが似合う」
ルウラも負けじと煽った。
「「……」」
アイヴィーを間に挟み、二人が火花を散らす。
黙って眺めていたアイヴィーが突如、飛び出した。
「がーる?」
「アイちゃん?」
「……混ざってくるから!」
いつだって悠がアイヴィーを一番に考えるように、アイヴィーも悠を大事に想っている。
彼が落ち込めば悲しいし笑えば嬉しいのだ。…それは特別な事じゃない。家族だから当たり前なのだろう。
しかし、二人の絆を試す試練が迫っていた。
悠がアイヴィーの血縁者と対峙する日もそう遠くない。




