仏の一面、修羅の二面 ⑩
3月4日 午後15時40分更新
3月4日 午後21時34分更新
3月5日 午後12時23分更新
「幾つか質問していいですか?」
「言ってみろ」
シオンは大剣を仕舞い、薄く笑う。
「…協力を求めるのはユーリニスを裁くためだけですか?」
「……なに?」
「かこつけて無関係の冒険者まで捕まえたりしないと断言して欲しい」
彼女の笑みが消え、秀麗な顔を険しく歪ませる。
「罪状の是非の判断はこちらに一任して貰う」
「罪状の尺度は?」
「ミトゥルー憲法の刑法だ」
俺を睨み答えるシオン団長から、先程までの友好的な雰囲気は微塵も感じない。
「俺は貴女の言葉を信じたい……でも、本当に信用していいのか……正直、迷ってる」
「……」
重い沈黙が流れた。
「……やれやれ…『辺境の英雄』は度を超えた御人好しで騙し易いと報告を聞いてたが当てにならんな」
ぽつり、と静かに答える。
「!」
「貴様を利用し大勢の冒険者を逮捕する目論見があるか?……その答えはイエスだ」
「…やっぱり」
悪びれもせず、シオン団長は堂々としていた。
「黒永は冒険者ギルド法が公平だと思うか?」
「平等……とは言い難いかな」
「その通り……ミトゥルー憲法という連邦の主要国家が制定し加盟国の民が遵守する絶対の法があるにも関わらず、ギルド法が物事を複雑に変え、罪の基準を曖昧化させる。中でも冒険者ギルド法は最悪だ……強者であれば、罪歴を免責しあまつさえ、優遇する始末よ」
思い当たる節は沢山あり反論は出来なかった。
「悪の芽が育ち花粉を撒き散らす前に刈り取れば、残る芽が染まることはない……疑わしきは粛正するに限る」
ベアトリクスより、更に過激な考え方だ。
「……もう一度、聞こう。協定を結ぶ気はないか?」
「貴女が間違ってるとは思いません」
「……」
「でも、俺が倒したいのはユーリニスだけだ」
首を横に振って、決裂の意思を示す。
「ふん」
「なっ!?」
シオン団長は俺の胸倉を乱暴に掴み、顔を引き寄せた。
「……私は『阿修羅』のお前を高く評価している」
反射的に胸倉を握る彼女の左手首を掴んだ。細身の女性とは思えない程、強い握力と腕力に驚く。
「武器市場で挑発した時を覚えてるか?」
「それは覚えてるが……」
「大切な者を侮辱され見せたあの顔が本性を物語っていた。そして、凄惨な殺戮に興じ惨い拷問を平然とやってのけた姿を見て確信したよ……貴様は狂っている」
「…酷い言い草だな」
「勘違いするな?私なりの褒め言葉さ」
意に介さず、シオン団長は喋り続ける。
「その狂気にこそ、私は惹かれたのだ。毒を治すには薬が必要だが、根絶させるには獰猛な毒が必要になる」
「…俺がその毒だと?」
「ハハハ!とびっきりのな」
睨んでも怯まず、動じない。
「……お前が子供に優しいのは過去に悲惨な目に遭ったからだろう?」
「!」
「不幸だった幼少期の自分を重ね、鬱憤と憎しみを発散させてる」
「……」
「何故、分かると思う?私も同じだからさ」
心臓を射抜かれた気分だった。
「英雄と呼ばれるのを嫌う理由は只の自己満足だと分かってるからだ……しかし、偽善でも救われる者がいれば正義に変わる…違うか?」
奥歯を噛み締め、目を伏せる。
「人殺しを正当化させる理由には十分だ」
見透かしたような囁きが心を蝕む。
「私と貴様は同類……己が定めた法に従い血に濡れ屍を喰らう信念の亡者っ!?」
俺は彼女の左手首を捻り、逆に自分に引き寄せる。
「ユーリニスの件は協力してやる」
「……」
「でも、他は諦めろ」
「…頷かなければ手首でも折るつもりか?」
至近距離で互いを睨んだまま、時間だけが過ぎる。
「フン……まぁ良かろう。何れ骨身に沁みて分かる時が来る…その時はお前が私に懇願するのだ」
黙って頷き、彼女の手首から手を離す。
「協定を結んだ秘密が漏れれば……言わずとも分かるな?」
「ああ」
「金も払わず契約も交わさず、か…フフフ…面白い!」
差し出された右手を握る。
「この握手が協定の証だ」
ユーリニスを殺しても解決しない……頭では理解してるつもりでも今回の件で納得が出来なかった。殺人という一線を超え、俺は引き返せない領域に足を踏み入れたのだ。
今までの自分を否定し、価値観が変わっても仕方ない。
……いや、それはただの言い訳か。
「邪魔するぞい」
彼女は即座に手を引き、離れる。入ってきたのはジーグバルトさんだった。
「ふむ……心配しとったが握手までして仲が良さそうで一安心したわい」
「……覗き見とは趣味が悪いジジイだ」
「ほぉほぉほぉ!」
面倒そうに悪態を吐き、シオン団長は扉の前に進んだ。
「もう用事は済んだのか?」
「ああ……黒永、また会おう」
マントを翻し、出て行った。
「まったく無愛想な娘じゃわい!折角の美人もあれでは台無しじゃ……そう思わんか?」
「ははは」
飄々とした態度でジーグバルトさんは気さくに笑う。
……そして、労うように俺の肩に手を置いた。
「色々と大変じゃったな」
「あ、いや…」
「…一人で抱え込むでないぞ」
「……」
「お主は強いが強者ほどその実、繊細で脆いもんじゃ」
「…俺は大丈夫ですよ」
「弱音を吐き時に泣くのは決して恥じゃないぞ……お節介じゃろうが覚えておけ」
ジーグバルトさんの気遣いが痛い程、伝わってきた。
「さて…皆が待っておるし行こうかの」
「皆?」
「うむ、一階にユウの関係者が詰めよって大騒ぎじゃ…ふぉふぉふぉ!信頼され愛されてる証拠じゃのぅ?」
「…また心配させちゃったな」
どやされる光景が目に浮かぶ。
「特に『金翼の若獅子』と『勇猛会』の者は最初、物凄い剣幕でなぁ……お主がシオンに逮捕されたと勘違いし暴動寸前じゃったわい」
「え!?」
「心配せずともグレンが上手いこと諌めたぞい」
「それは一安心だ」
「まぁシオンが行けばま〜〜た一悶着あるじゃろうがな」
前言撤回!
「……急いで戻りましょう」
「うむ」
騎士団本部で冒険者が乱闘騒ぎを起こせば余計、互いの溝が深まっちまう。
「!」
「どうかしたのか?」
「いや……別に」
死んだ筈のネフの姿が一瞬、視界に映り消えた。
幻覚……いや、きっと気のせいだろう。
コートも帽子も靴も血の汚れは既に拭き取り見当たらない。
……しかし、何故だろうか?
鼻腔を充す鉄の血生臭いが香る。今も尚、血に塗れ惨劇の最中に居る錯覚に見舞われた。
酷く自分が汚い存在に思え、嫌悪してしまう。
……今更、ショックを受けてるなんて笑えない冗談だ。
首を横に振り、気を取り直してジーグバルトさんの後を追った。




