仏の一面、修羅の二面 ⑧
2月27日 午前8時54分更新
3月1日 午後12時25分更新
幾度となる難敵との邂逅…そして、踏み越えた屍……シオンは百戦錬磨の手練だ。
実力では十三翼にも匹敵する彼女が慄く。
義理の娘を侮辱し覗かせた素顔を思い出し、二つ名の由来の正しさに納得した。
弱き者に寄り添い見せる仏の一面……そして、害を貪る悪鬼を狩る修羅の二面……その姿は正に阿修羅だった。
「貴女は第一騎士団のシオン団長…?」
「ヒースフェアから連絡があって来たが……その男は?」
度重なるポーションによる治癒でネフは過剰回復中毒に陥っていた。
吐瀉物に汚れ、手足は欠損……鼻と耳を削がれ、片目はない。
「このギルドのGMだ」
「……ぐっぎぃ!…ぇえぇげぇ…」
髪を掴み、持ち上げ悠は答える。
「では孤児院を襲った犯人か?」
「それを質問してる最中さ」
質問ではなく拷問だろう……シオンはその言葉を飲み込み眉を顰めた。
「……そのままでは死ぬぞ」
「死なない」
「ーーがっ!?」
ネフを放り投げ、ポーションの蓋を外し浴びせる。
「このポーションで傷は完璧に癒える…次は左目……喋らなければ、その次は肌を焼く……喋るまで何度でも繰り返す」
シオンは言葉を失った。
第一騎士団でも罪人を捉え拷問するのは珍しくない……彼女が驚いたのは常軌を逸した発想だ。
…悠の錬成したポーションがあってこそ、実現可能な方法であり、効力の高い治癒魔法はMPの消費が激しく習得も困難……ならばこそ、完全にHPを回復させるポーションは貴重品で高価なのだ。
このような使い方は論外である。
「さて…」
左目に悠が手を伸ばす。
……しかし、予想だにしない事態が発生した。
「ぃぃ……ぎゃああああああああっ!!」
突然、ネフの体の内側から混合色の炎が噴いたのだ。
「!」
「……発火だと!?」
「糞゛ォ…クゾォォ…痛ぇよ゛ぉぉぉ!!?」
「…黒永、手を離せ!!」
「……」
シオンを無視し悠は目を細める。
孤児院を襲った瘴炎に焼かれるネフを眺め、襲撃犯が別に存在していた事を悟る。
そして、彼自身がユーリニスにとってどうでもいい捨て駒だったことも…。
「…ハヴ……ェ゛…お゛れ…のぉ!…体゛に……仕掛…がっ……たの…が!?」
喉が焼かれたネフは叫び声を挙げる。
「……これでも話すつもりはないか?」
炎に包まれ、体が崩壊していくネフに悠は問う。
「喋れば楽に死なせてやる」
瘴炎の火傷に蝕まれつつ、残った右目で睨む。
「ぎゃは…はははっ!!…お゛…まえ゛……に゛…言ゔごと…は…一つ…も……ねぇざ!!……ぎひゃ!ひゃは、はははは゛……ひゃはははは……ぁ…」
焼死するまで、ネフは嗤い続け瘴炎も鎮火する。
「………ちっ」
後味の悪い結末……ユーリニスの掌で踊らされた事実のみが胸の中で渦巻き、悠は舌打ちするのであった。
〜同時刻 首都ベルカ 第12区画 路地裏〜
「ーーーーやっべ〜〜〜わ……ドン引き〜」
縫われた片目を薄く開き、ハヴエは呟く。
奇妙に重なる白円の模様の瞳は魔眼のスキルによるもので、他者と視界を共有する瞳力を宿していた。
ネフが死んだ事で能力が解除される。
「……ユーリニスがああ言うわけね〜〜」
瘴炎を無効化し一方的に億越えの賞金首を屠る戦闘力……正に自分達の天敵だと思い知る。
「女と子供にゃ甘いって言ってたけどさぁ〜〜…あのエゲツない拷問……『阿修羅』って呼ばれる理由も納得」
彼女はエルサレム支部で交わしたユーリニスとの会話を思い出した。
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『……孤児院を焼き払え?』
『孤児と修道女はなるべく殺すな。黒永が出向くように仕向けネフカンパニーがやったように細工しろ』
『うっわ…面倒い……』
『密偵の報告では騎士団にもマークされ、正攻法で土地を手に入れるのが難しくなったそうだ…十中八九、鍵は孤児院の地下に眠っている……黒永に探させ奪う方が手っ取り早い』
『つまり、ネフは見捨てると〜?』
『ああ』
『アンタのことだぁ〜〜いすきな忠犬をなのに?』
『全ての罪を被り、私に殉じるのだ……奴も本望だろうよ』
『……』
『お前も我々の大敵になるであろう男を直に見ておけ』
『大敵?』
『歩む道も思想も真逆だが、あれは私に似てる』
『な〜んか嬉しそうじゃん』
『フハハ!この件が成功すれば…ふむ……予想だが黒永は遂に童貞を捨てるだろう』
『ネフとその他、大勢は彼を動かす生贄ってこと?』
『そうとも言えるな……黒永の実力を私は高く買っているのでね』
『……ほんっとアンタってエグいわ』
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「鬼は鬼を知る、か……ヒヒヒ」
ハヴエは笑い、呟くと羽根を撒き散らし忽然と姿を消した。
〜同時刻 ネフカンパニー 3F〜
血に汚れた両手が殺人を犯した事実を思い知らせる。
……俺は後戻り出来ない領域へ踏み込んだのだ。
パルテノンで分かったつもりだったが、ベルカ孤児院の悲劇を目の当たりにして漸く身に染みた。……鬼を討てるのは同じ鬼だけ……理想を謳うならば感情を殺し、魂が穢れようと漆黒の覚悟は必要である、と。
しかし、頭で反芻させ言い聞かせても心は違う。
言い表せない不快な葛藤に、苛立つ。
「…いつ迄、そうしてるつもりだ?」
「あ…」
彼女に肩を叩かれ我に返る。
…そもそも、如何な動機があろうと殺人は殺人…法で裁かれるべき、か。
「本部へ行くぞ」
「……」
俺は無言で両手を揃え、突き出す。
「…なんの真似だ?」
怪訝そうに腰に手を当て、シオン団長は問う。
「俺は大勢を殺した」
「そうだな…で?」
「え?」
お互い、首を傾げ疑問符が浮かぶ。
「……まさか私に逮捕されるつもりで両手を?」
「う、うん」
俺が頷くと彼女は笑う。
「フ、フフ…」
「…何か変ですか?」
「いや失敬……数分前とのギャップの落差が凄過ぎてね…本部へ行くのは逮捕ではなく、聴取に協力して貰いたくてだ」
「……は?」
「身構えずとも宜しい」
隻眼を細め、シオン団長は答えた。




