仏の一面、修羅の二面 ⑤
2月22日 午後13時22分更新
「リルとカインを救って下さり、心から感謝します」
辛くて苦しくて堪らない筈なのに、彼女は微笑む。
「お金も家も失いましたが…これまでの貴方の慈悲と善行は生涯忘れない……これも神が我々に与えた試練なのでしょう」
「…どこか身を寄せる所はあるのかい?」
ムクロさんが問う。
「それは…」
「心配無用」
口籠るナタリアさんを遮り、毅然とした態度でレイミーさんは告げた。
「孤児院の皆さんの衣食住は我が社で保証します」
「勿論、わっちらが護衛を続けやしょう……看板に泥ぉ塗られて引き下がる腑抜けは居りやせん」
悲嘆とは違う感涙の涙が目尻から溢れる。
「……あ゛りがとう゛……ござい゛ます…」
顔を伏せるも俺は叫びたくなった。
…違う……ナタリアさんと他のシスターが頭を下げ嗚咽する光景も…子供たちが恐怖に怯える姿も……こんなの間違ってるだろっ!?
「む?…何か見つけたっぽいぞ」
ムクロさんの視線の先には、教会の燃え跡に団員と蟻の探検家が集まっていた。
〜同時刻 焼け落ちたベルカ孤児院〜
「……これは」
「材料はニッケル銀で魔法コーティング……ギルドのエンブレムバッジか?それなりに高価な細工技術さね」
「……」
「騎士団の兄ちゃんはこれに見覚えがあるようだね」
彼女の名前はツィツィ・クアッカ。
ムクロと同じ小人族で、『道標』の二つ名で知られるベテラン冒険者だ。蟻の探検家でもムクロに次ぐ古参であり、派閥内では彼の右腕のような存在である。
「…ああ…『ネフカンパニー』のギルドバッジだ」
蜂を模ったバッジを見て呟く。
……ベルカに本部を構える騎士団は各団で違った役割も受け持つ。第三騎士団はワイバーンの機動力を活かし、行方不明者の探索と航空警護……第二騎士団は巡回や派遣任務……そして、第一騎士団は治安維持並び暴動の鎮圧である。
騎士団が冒険者・傭兵に忌避されるのは第一騎士団の存在が大きい。
…それは、時と場合に寄り治安維持を名目に殺人・拷問をミトゥルー憲法で容認されているからだ。正に力には力で対抗を地でいく集団でありその特性上、入団条件も非常に厳しい。
「……やはり、シオン団長が睨んだ通りか」
ネフカンパニーは第一騎士団にもマークされていた。
しかし、複数名の政治家・大貴族に妨害され捜査は難航……歯痒い思いをさせられる。無論、ユーリニスの伝手があってのこと……恐るべきは権力者を顎で使い、犯罪を合法化させる彼の手腕と人脈だ。
「…どうしますか?」
「団長に連絡し、第12区画に部隊を急行させろ」
「はっ」
部下に指示し、立ち上がる。
「必ず黒幕がいる……全員、拿捕し尋問だ。ご協力に感謝するツィツィ殿」
「…あー…こりゃ老婆心で言うけど」
「?」
ツィツィは頰を掻き、ちらっと一瞥する。
「ちゃんと彼にも説明した方が身のためさね」
振り返り息を飲む。自分の背後に立っていたのは、驚くほど無表情の悠だった。
「……」
「『辺境の英雄』……」
「何が見つかった?」
「……君が孤児院に援助してる噂は俺も知ってる。さぞ無念」
「何が見つかったと聞いてる」
「っ…」
話を遮り同じ質問を繰り返す。
自分達と同様に悠がネフカンパニーを疑っていることをヒースフェアは分かっていた。
……しかし、勇名を轟かせる冒険者といえど契約者だ。
犯罪を取り締まるのは騎士団の役目で彼ではない。
「右手に持ってる物を見せろ」
「!」
手首を掴まれたヒースフェアは抵抗するも無駄だった。人外の握力に骨が軋み、指が自分の意思に反して離れていく。
「がっ……くっ…!?」
手の平からバッジが地面に落ちた。
「そのバッジは?」
「……答え、れな…い!」
無言で掴んだ手に力を込める。
「……ネ、『ネフカンパニー』のっ…ギルドバッ…バッジ!…だ」
痛みに耐えかね、ヒースフェアは喋った。
「そうか」
手を離し、バッジを拾う。
「……ま、待て!どんな理由があろうと勝手な制裁は違反だぞ!?」
「……」
「十三翼といえど……いや、誰だろうと遵守すべき法律がある!」
全員が愕然と見上げ、立ち止まった。
顕現した幻影の唸りが響き、大気が震えた。黒い瘴気を漏らし、半壊した面から覗かせる凶暴で獰猛な貌は悠の心情を表現する。
「その通りだな」
静かに答えた。
「……でも、俺には責任がある」
「責任…?」
悠は自分の甘い考えが弊害となり、対処を怠った結果だと悔やんでいる。後手に回った所為でシスターと子供達を危険な目に遭わせてしまったと……。
「後悔は一度で十分だ」
ベアトリクスが言っていた正しさを思い知り、殺人を厭わぬ覚悟を決意させる。
「邪魔するな」
そう告げると、鋼鉄の探究心を発動させ瘴気の軌跡を残しその場から去った。
「……い、いかん…大至急、シオン団長に現場へ急行するよう伝えろ!」
我に帰ったヒースフェアが叫ぶ。
「『辺境の英雄』を抑えられる戦力を集結させなければ……第二と第三の各団長に助力を請え!!」
『は、はっ!』
「『戦慄を奏でる旋律』!…『金翼の若獅子』にもご協力願いたい」
「落ち着きなよ?騒ぎすぎだって〜」
ムクロは暢気に答える。
「…さ、騒ぎ過ぎ!?あなたは状況が」
「わかってないなぁ〜……今のユーを止めたきゃゴウラでも呼ばないと無理さ」
「……え?」
鬼夜叉の面影を彷彿させる姿に懐かしさが込み上げた。
「ま、尻拭いはやらなきゃね〜」
それは年老いて引退の機会を探す、自分の役目だとムクロは苦笑するのであった。
「し、社長?我々はどうすれば…」
「……社に連絡しシスターと子供達が長期宿泊可能なホテルを探しなさい」
レイミーは悠を心配するも、自分の責務を全うすべく指示を部下に下す。
「姉御!俺たちも行きやしょうぜ!?」
「当然でありんす」
「勝手な行動は許さんぞ!」
「……あ゛ぁん?」
ガラシャは呼び止めた団員を睨み、凄む。
「ぐっ…」
迫力に押され、団員は後退した。
「んだっゴラァ!どけや!?」
「…貴様ぁ…捜査妨害で捕縛するぞ!」
「ふざけんじゃねーぞボケェ!」
揉み合いが始まり、騒ぎになる。
「……追いかけなきゃ」
騒ぎに乗じホークは孤児院を後にする。悠が向かったであろう第12区画を目指し走った。




